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第95話 ライバルと嫉妬と初恋篇⑤ 遠い国から来た使者

 *



「なんか誰かに見られてる気がするな……」


 池袋駅東口。信号を渡って対岸に到着したところで、タケオくんはそのようなことを言い出した。


「見られてるって誰に?」


「わからん。でも複数の視線を感じる」


 私は全くそんな気配を感じ取ることはできなかった。

 仮にも獣人種で、赤猫族(せきびょうぞく)なのに。


 獣人種は各種獣の特徴を引き継いでいるらしい。

 つまり野生の勘とも言うべきものが優れているはずなのに、私に関してその機能は完全に失われているようだ。


「うーん……なんか嫌な感じだな」


 そう言ってタケオくんは再び私の手を握ると、強引に歩き出した。

 わ、わっ、タケオくん歩くの早っ! というか今までは私に合わせて遅く歩いてくれていたんだね。


 右に左に次々と角を曲がり、そして唐突に止まる。

 タケオくんは空を見上げるように、ゆっくりと辺りを見渡した。


「入るぞ」


「え!?」


 手を引かれ、目の前のビルに入る。

 そこは――


「いらっしゃいませー」


「学生二人。とりあえず二時間で」


「ありがとうございます。三階の302号室です。そちらのエレベーターからどうぞ」


「えっ、えっ!?」


 私はわけも分からずエレベーターに乗り、そしてタケオくんと一緒に薄暗い部屋へと入室する。


「はあ……やっと視線が切れた。まったく」


 ブツブツいいながらタケオくんは、室内の灯りを点け、ソファにドッカと腰を下ろした。


「なにしてるんだよ。お前も座れ」


「う、うん、え? えと、あの……」


 私の心臓はこの部屋に入ったときから急激にバクバクし始めていた。

 い、いきなりこんな……。もしかして視線を感じるっていうのはタケオくんの嘘で、本当は私をここに連れてくるための口実だった?


「し、失礼します」


 私は勇気を出して、拳一個分だけ空けてタケオくんの隣に腰を下ろした。


「どうして敬語なんだ? あと近いし」


「ど、どうしてと言われましても」


 そりゃあ、いきなりこんなところに連れてこられたら驚きもする。

 でもタケオくん、そういうことなんだね(・・・・・・・・・・)


「や、優しくしてください」


「は?」


 私は目尻に涙を溜めながら覚悟を決める。

 いつか経験することなら、最初の相手はタケオくんがいい。

 というかタケオくん以外なんて考えられない。

 なら多少強引でもこれでよかったのだ。


「い、いや、お前は一体なにを言ってる?」


「だ、だってここ、薄暗いし、なんか音楽とか流れてるし、だ、男女がそういう、ゴニョゴニョなことをする的な場所なんでしょ……?」


「バッ――おまえなあ!」


 そこから私はマジ説教をされた。

 ここは男女がエッチなことをする場所ではなくカラオケスタジオ。

 みんなで大声出して、スッキリする場所なのだった。


「いきなり連れてきた俺も悪いが、お前はモノを知らなすぎる!」


「ごめんなさい! すみません!」


「俺がお前にそんなことするはずないだろう!」


 ガーン! それって私に魅力がないってこと?


「で、でもタケオくんなら――」


「口答えするな!」


「ごめんなさいいい!」


 あうう、あうううう……。

 は、恥ずかしすぎる。

 穴があったら入りたい気分。


「しかもさっきの態度はなんだ、お前強引にナンパとかされたらほいほいそういう場所にもついていくんじゃないだろうな――」


「タケオくんじゃなかったらそんなところ行かないもん!」


 確かに常識がない私が一番愚かだ。

 でもその言いぐさは看過できない。


 誰でもいいわけないでしょう。

 タケオくんじゃなかったら相手の手を振りほどいて、なんなら顔を引っ掻いて、悲鳴をあげて全力で逃げるもん! この瑠依さんを舐めないでよね!


「お、おう、そうか……悪い。言い過ぎた」


「い、いえ、私もなんかアレで……その……」


 私が逆ギレをしたことで、タケオくんも勢いを削がれたようだ。

 憮然としながら明後日の方を向いて、頬を掻いていたりする。


「と、とにかく飯にしよう。今どきのカラオケはレストランみたいなもんだ。好きなもの頼めよ。俺が連れてきたんだし、全部おごる」


「ホント? わあい!」


 テーブルの隅にあったメニュー表を開く。

 そこには油たっぷり、ギトギト料理が並んでいた。


「タケオくんはどれにする?」


 タケオくんはざっとメニューに目を通す。

 そして頬を引くつかせながら言った。


「あー……悪い、俺のことは気にしないで瑠依だけ食べてくれ」


「え、それって……タケオくん食べないってこと?」


「ああ、まあ。ちょっとここのメニューは脂質が多すぎる」


 またそれだ。

 タケオくんの実家でも、そして荘厳荘でも、私はタケオくんが甘いものや脂っこいものを食べているのを見たことがない。


 そのくせ私には体重を増やせと言って、それらを積極的に勧めてくるのだ。

 商店会長の小山田さんが差し入れといってケーキを持ってきてくれたときも、必ず自分の分を私にくれる。


「どうして? どうしてそこまでダイエットするの? タケオくんの方がちゃんと食べないと身体によくないんじゃない?」


「こっちには色々事情があるんだよ」


「どんな事情?」


「それはお前には関係ない」


「――ッ!?」


 なんだろう、この突き放された感じは。

 それと同時に思い知る。


(私、タケオくんのこと全然知らない……)


 彼の家庭の事情はある程度知っている。

 でもそれだけだ。タケオくん自身が好きなこと、嫌いなこと、そんなごくごく当たり前のことを私はなんにも知らない。


「タケオくんが食べないなら私も食べない!」


 私はメニューを元の場所に戻し、デンと腕を組んで座り直した。

 すると何故かタケオくんの方が慌て始める。


「ダメだ、お前は食べろ」


「ダメってなに? タケオくんが食べないのに、私だけその横でパクパク食べてろってこと? 私にデブになれって言いたいの?」


「そうだ。お前は元々がヒトよりマイナスなんだから、太るくらいで丁度いい」


「ちゃんと太りましたー! おかげさまでもうすぐ48キロですー!」


 ほぼほぼ10キロ弱くらい太らせていただきましたともええ。

 それもこれも全部タケオくんのおかげですー。


「本当か? そうか、でもあと2キロ……50キロ台になれば安心なんだが」


「なんで50キロ台で安心なの?」


「女の子は過度なダイエットをしがちだからな。でも痩せすぎるのはよくない。あんまりこういうことは言いたくないけど生理不順だったんじゃないかお前?」


「――ッ!?」


 そのとおりだった。

 私の初潮が小学校5年生のときで、でも叔母さんの家に来てからはあったりなかったりしていた。


 でもタケオくんに食育指導してもらってからは毎月ちゃんとくるようになってホッとしたのは記憶に新しい。


 そうだ……タケオくんのこと、なんにも知らないなんてことはなかった。

 こういうヒトなんだ。初めて会ったときから私のことを本気で心配してくれてるんだ。


 そこにイヤらしい気持ちなんて微塵もなくて、もしかしたら私のことも妹みたいに思ってるのかも知れないけど、それでも心の底から気遣ってくれる優しいヒト。


 私、ちゃんとタケオくんの大事なところは知ってたや……。


「女の子に生理のこと言うなんて、それってセクハラだよタケオくん」


 私はわざとそのような意地の悪い言い方をする。

 するとタケオくんは面白いように慌て始めた。


「い、いや、ちがっ、俺は純粋にお前の身体を気遣ってだな――」


「でも私がセクハラって感じたらそれはセクハラだよね?」


「う。まあ、そうだな。すまなかった」


 タケオくんは素直に頭を下げた。

 こういう潔いところも好感度高い。

 自分のプライドよりも私のことを優先してくれてる証拠だ。

 なんかそれ、すごく嬉しいんですけど。


「どうしよっかなー。アリスさんにタケオくんにセクハラされたって言っちゃおうかなあ」


「それはッ、マジでごめん! どうしたら許してくれる?」


 そうそう、年上好きなんだよねタケオくんは。

 そして縋るように許しを求めてくるこの感じ。

 ああ、ちょっぴりゾクゾクするなあ。


「じゃあタケオくんも食べられるご飯、一緒に食べてくれるなら許す」


「俺も食べられる飯? ……うーん。この近辺だと、蕎麦くらいしかないなあ」


「お蕎麦! 私、お蕎麦好きだよ!」


 お蕎麦ならお祖母ちゃんの好物だった。

 ニシンそばとか、年越しそばで豪華な具が乗ってるやつとか、ほうれん草に削ったゆずを落とした香り蕎麦とかも好きだった。


「おお、そうなのか。蕎麦はいいぞ。低GI値は50で、食べても血糖値の上昇が緩やかなんだ。蕎麦に多く含まれるビタミンB1はブドウ糖からエネルギーを作るのに必要で、さらにビタミンB2は発育ビタミンとも言われ、髪や爪、細胞の再生を促してくれるんだ」


 そうそう、タケオくんは健康博士だった。

 こういう知識を披露しているときのタケオくんは実に楽しそうだ。


 馬鹿だな私。

 タケオくんのこと、結構知ってるのに。


「じゃあ、ここを出て蕎麦、食べに行くか」


「うん!」


 私とタケオくん一緒に立ち上がる。

 でも――


「いや、ちょっとその前に……」


 そう言ってタケオくんは、テレビの前にある大きなタブレットを操作しだした。これも後で聞いたけど電子目録……略してデンモクと言うらしい。


「おお、あったあった。さすが麗子さんだな」


「え? なになに?」


 麗子さんがどうしたの?

 私を置いてけぼりにしてタケオくんがデンモクを操作をする。

 すると、部屋の四隅にあるスピーカーから聞き慣れたイントロが流れ始めた。


「マクマティカーズの曲、カラオケに入ってた。ぜひ歌ってくれ」


「ええええッ!?」


 タケオくんはものすごい笑顔でマイクを差し出してくる。

 間違いない。この曲はマクマティカーズのデビュー曲「スライト・ラブ」だ。

 でもこれは三人の歌であって、私一人で歌うのは――


「ほらほら、始まっちまうぞ」


「うう〜! タケオくんの意地悪!」


 こうして私はタケオくんの前で、タケオくんのためだけに「スライト・ラブ」を歌った。散々なクオリティでタケオくんに笑われたのは言うまでもない……。



 *



「会計しておくから先に外出ててくれ」


「うん」


 一曲歌ったあと、何故か続けて何回か歌う羽目になってしまった。

 でも結構楽しかった。タケオくんは「マイク使わないで地声で歌ってみ?」などと色々無茶を言ってきたけど……。


「はあ、でもスッキリした」


 カラオケって楽しいかも。

 もちろん、タケオくんと一緒だったから楽しかったのだろう。


 これが例えばアレスティアちゃんやエウローラちゃんと一緒だったら、間違いなく私が一番下手だから楽しいどころじゃなくなるだろうけど。


 と、その時だった。

 私がお店の入り口近くでタケオくんを待っていると、不意に声をかけられる。


「ルイス・ヴァレリアさんですね?」


「え?」


 私が今まで生きてきた15年間で、その名前で誰かに呼ばれるのは初めての経験だった。


 振り返った先には――真っ赤な髪に大きな猫耳、腰の後ろからは赤銅色に包まれた長い尻尾が見え隠れする男の子が立っていた。


「お迎えに上がりました。ヴァレリア家の姫よ」


 あまりの事態についていけず、私は呆然と立ち尽くすのだった。

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