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第93話 ライバルと嫉妬と初恋篇③ 超有能メイドの導き・にゃんこ娘は可愛いんです!

 *



「瑠依ー、タケオ見なかった?」


 リビングにいる私にアレスティアちゃんが聞いてくる。

 金色の髪をツインテールにして、可愛らしいリボンで留めている。


 緑色のストライプが入ったタンクトップにホットパンツ姿の彼女は、リビングの中――奥のキッチンから、手前のテレビやソファーのスペースまでグルリと見渡し、そして再び真ん中のダイニングテーブルに座る私に視線を戻す。


「えっと、タケオくんなら、自分のお部屋だと思うよ」


「そっかそっか……」


 言いながらアレスティアちゃんは、キッチンに買い置きしておいたポテトチップスと缶ジュースを二つ持って出ていく。


 廊下の方からトントントン、と軽快に階段を上っていく音がする。

 そして「タケオー!」とものすごく大きな声のあと「ノックくらいしろ!」というタケオくんの声が微かに聞こえてきた。


 これからタケオくんとお茶をするのか。

 一緒にお菓子を摘みながらジュースを飲んで、そして楽しいおしゃべりをするのだろう。いいなあ……。


 ちなみに私は現在勉強中。

 今日は自室ではなく、気分を変えてダイニングテーブルで現国と数学と化学の勉強をしている。


 メイド服姿のアリスさんはキッチンの方で私たちの昼食の作り置きをしてくれており、織人くんは実家のお母さんが見てくれているということで、後ほど家に戻り、そしてまた夕食のときに来てくれるそうだ。


 アレスティアちゃんがタケオくんの部屋に行ったあと……なんとなく、私は勉強が手につかなくなった。私はヒトより頭が悪く、学校の勉強も赤点スレスレだったり、中には赤点の科目がある。


 以前は勉強なんかまったく出来ない家庭環境だった。でもタケオくんと出会い、私の生活は劇的に変化した。


 キチンと三食食べられて、毎日お風呂にも入れる。

 そして清潔なベッドで安心して眠ることができる。


 叔母さんの家にいた頃にはなかったもの。

 それが今十全(じゅうぜん)に与えられている。


 だから環境のせいにして勉強をおろそかにしてきた私は、今こそ本腰を入れて頑張らないといけないのだ。


 なのに……何も不満なんてないはずなのに、この心のモヤモヤは何なのだろう。

 私は何かを焦っている……? 一体何を焦っているというのか――


「兄さーんただいまー――ってあれ? 瑠依さん、兄さんは?」


 たった今、玄関から帰宅したのはエウローラちゃんだ。

 リビングの扉を開けてキョロキョロしたあと、私を見つけて聞いてくる。


 今日の彼女は銀色の髪をポニテールにしていて、彼女が動く度にシャランシャランと音がしそうなほど綺羅びやかに揺れている。


「えっと、タケオくんなら自分の部屋にいるかと――」


 とそのとき、二階の方から「きゃはははっ」と楽しそうな笑い声が聞こえてきた。アレスティアちゃんの声だった。


「むう。アレスちゃんったら抜け駆けしてるな……」


 抜け駆け。もしかして二人の間にはタケオくんに甘える上での協定のようなものがあるのだろうか。


「あ、アリスさーん、これ園町のおばあちゃんにもらったんです。二個もらったんで、一個はアリスさんの家で召し上がってください」


「まあ、これは宇治の玉露ですね。ありがとうございます。今度私もお礼を言っておきますね」


 エウローラちゃんは先日仲良くなったという商店街のおばあちゃんのところに遊びに行っていて、お茶の葉をお土産にもらったようだった。玉露って、私は飲んだことないけど、すごく高級なお茶だったような……。


「さて……」


 エウローラちゃんはわざわざ洗面所の方に行き、「ガラガラ、ぺっ」と、うがいと手洗いをしたあと、キッチンの方へ行き、冷蔵庫から麦茶のボトルとグラスを三つ、お盆に載せてリビングを出ていく。


 なんとなーく耳を澄ませてみると――「兄さーん、アレスちゃーん」という声が上の方から聞こえてきた。


「…………」


 私はますます勉強に集中できなくなった。


 なんだろう、何なの私は……。

 どうしてこんなに心が落ち着かないんだろう。


 もしかして変な病気なのかな。

 だからこんなイライラ、カリカリ、モヤモヤしてるのかな。


 私が一人、ダイニングテーブルの上で頭を抱えていると、コトン、と眼の前に湯呑が置かれる。


「瑠依さん、少し休憩されてはいかがですか?」


 アリスさんだった。その優しい笑みに私はホッとした気持ちになる。


「い、いただきます」


 湯呑を両手で持つ。

 あれ、もっと熱いかと思ったけど(ぬる)い……。

 スススっと啜ると、清廉な渋みの中に強い甘さを感じた。


「美味しい……」


「よかった。今淹れてみたんです玉露」


 そっか、これが玉露の味なんだ。

 とっても飲みやすいお茶だと思った。


「ときに瑠依さん、ちゃんと髪を()かしていますか?」


「え、あ、一応……」


 毎朝起きると、私の頭は爆発していることが多いので、梳かしてはいるのだが……。


「そうですか……マクマティカーズのときは多分スタイリストさんがやってくれているのかな。ちょっと待っててくださいね」


 アリスさんはそう言うとリビングを出ていく。

 しばらくすると何故か蒸しタオルとブラシを持って帰ってきた。


「ちょっと失礼しますね」


「え、あ……」


 熱々のタオルが私の頭を包み込む。

 気持ちいい……ふわあ〜ってなっちゃう。


 さらにアリスさんは私の髪全体を蒸しタオルで湿らせていくと、サッサッっと髪にブラシを入れ始めたので、びっくりする。


「アリスさん!?」


「ごめんなさい、せっかくキレイな御髪なのに、少し寝癖がついていたものですから」


「ほ、本当ですか?」


 しまった。気づかなかった。

 というか朝ごはんを食べているときはずっとそうだったのか。

 タケオくんにも寝癖見られちゃったかも。恥ずかしい。


「もしかして瑠依さん、髪を梳くとき、こういうのじゃないの使ってます?」


 アリスさんが手に持っているブラシを見せてくるので頷く。いつも私が使っているのはプラスチックの(くし)だった。


「やっぱり。瑠依さんは毛量があるので、櫛よりもブラシの方が向いていると思いますよ。お風呂上がりにドライヤーを当てるときも、ブラシの方がブローしやすいので、髪に艶も出ると思います。よければこれ、私の予備なので使ってください」


「あ、ありがとうございます……!」


 そうだったのか。そう言えばタケオくんのお屋敷で使っていたのはブラシだった。荘厳荘に住むようになってから自分で一通り揃えたのだが、櫛の方が安いのでそっちにしてしまったのだ。


「どうですか、痛くないですか?」


「は、はい……というか私、誰かに髪を梳いてもらうの初めてです」


「まあ、そうなんですか。お祖母様がご存命のときは……?」


「お祖母ちゃんは、とにかく私が猫耳を晒しているのを嫌がったので……」


「そうだったんですか」


 スー、スッスー……と、先程まで感じていたブラシの抵抗がなくなり、滑らかな感触になっていく。そうすると、なんだかとっても気持ちがいい。


 絡まっていた毛先がほどかれていく感触に、毛根が僅かに引っ張られる感触。

 さらにブラシの先が頭皮に当たる感じも心地よくて、ささくれていた私の心はすっかりリラックスしたものになっていた。


「はい、綺麗になりました。とっても可愛くなりましたよ」


 アリスさんが手鏡を向けてくれるが、そこに映っていたのは髪が綺麗になっただけのいつもの私が映っているだけだ。自分が可愛いだなんてとても思えない。


「あ、ありがとうございます。でも私なんて、アレスティアちゃんやエウローラちゃんに比べたら全然で……」


「あら、そんなことありませんよ。あのお二人にも全く引けをとらないと思いますけど?」


 それだけは絶対にない。

 クラスメイトに最低限イジメられない容姿にはなったけど、それはようやく人並みになったということだ。


 アレスティアちゃんやエウローラちゃんは、さらにその遥か上の上に存在する超絶美少女なのだ。私なんか足元にも及ばない。


 そうだ。私がアレスティアちゃんやエウローラちゃんほど可愛かったら、もっとタケオくんにも積極的に話しかけたり、勉強を教えてもらったり、あ、甘えちゃったりできるのかもしれない。


 でも私は可愛くないから、だから自信がない。タケオくんも私なんかよりアレスティアちゃんやエウローラちゃんと一緒にいた方がずっとずっと楽しいはずだ。


「瑠依さん」


「はい?」


 ――パシャっとシャッターが切られる。

 なんと、いつの間にかスマホを構えたアリスさんが私の写真を撮っていた。

 かあああ、っと私は急速に自分の顔が赤くなるのを自覚した。


「け、消して、消してください……!」


「どうして、こんなに可愛らしいのに」


 そう言ってアリスさんが見せてくれたのは「嘘……」と思わず零してしまうほど、本当に可愛いにゃんこ娘の姿だった。


 涙目になってる私の写真。

 赤毛は猫耳も髪もつやつやしていて、目も大きく、そして潤んでいる。

 私は思わず食い入るように自分の写真を見つめてしまっていた。


「というか割といつもこんな感じですよ瑠依さんは。マクマティカーズで自分が歌っている映像とか、取材を受けている雑誌とか、ご覧にならないんですか?」


 私はブンブンと首を振った。

 自分が映っているメディアなんて見たくもない。

 絶対ブサイクな顔になっているはずだから……と勝手に決めつけていた。


 でもこれは……こんな風に映ってるなら、つまりタケオくんもこんな風に私を見てくれている、ということで。もしかしたら、タケオくんも可愛いと思ってくれているのかも……。


「ああそうか、瑠依さんはまだスマホをお持ちじゃないんでしたね。それじゃあ動画とかも見られないですよね。うん、ちょっと待っていてください」


「ふえ?」


 アリスさんはまたしてもリビングを出ていく。

 たっぷり五分ほど経ってから戻ってくると――


「瑠依、スマホが欲しいんだって?」


 なんと、やってきたのはタケオくんだった。

 あれ、なんか服が乱れてる。

 慌てて着替えてきたみたいだけど、アレスティアちゃんたちと何かあったのかな?


「よかったですね瑠依さん、タケオさんが一緒にスマホを買いに行ってくれるそうですよ」


 タケオくんの背後から現れたアリスさんが、パチっと意味ありげにウィンクしてくる。私はますます顔を赤くしながら、でもコクリと強めに頷いた。


「よし、昼も近いし、飯でも食いがてら行ってみるか」


「ええッ!?」


 そ、それってもしかしてデート!?

 ヤバイ、嬉しすぎて心臓が止まっちゃいそう……!


 アリスさん、本当にありがとう!

 と、私は心の中で超有能メイド・アリスさんにお礼を言うのだった。

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