第92話 ライバルと嫉妬と初恋篇② 初イベント成功の裏で〜瑠依の気持ち
*
皆さんこんにちは、ルイス・ヴァレリアこと黒森瑠依です。
突然ですが……今私はとんでもない状況に置かれています。
「ではルイス・ヴァレリアさん、一番好きな食べ物はなんですか?」
「えッ!?」
司会進行役のお姉さん――棚牡丹麗子さんが聞いてくる。
いけない、ボーッとしていた。私は慌てて質問内容を反芻してから答える。
「えっと……白いごはん、です」
あははっ、と会場から笑い声が漏れる。
でもそれはかつて私が味わった馬鹿にしたような笑いではなく、とても好意的な笑い声だった。
「白いご飯というと、好きなごはんのお供も気になってしまいますが、ついでに好きなおかずも教えてもらえますか?」
「あ、はい、えっと……塩焼きにしたお魚が好き、です」
おお〜、というため息。
私が何かを答える度に、みんな感心したり、笑ったり、拍手をしたりと……。
どうして私なんかにみんな興味があるんだろう。
――ここは十王寺町の隣にある王寺町。
そこにある区民会館で、目の前には500人ものヒトが私を見ている。
いや、正確には私たち、だ。
私は一番左側で、真ん中にはエウローラちゃん、その隣にはアレスティアちゃんが座っている。
今日は私たちのデビュー・イベント。
なんと私とエウローラちゃんとアレスティアちゃんは『マクマティカーズ』というアイドルユニットを結成して、歌ったり踊ったりすることになってしまった。
でもそれはあくまで交流大使という枠組みの中でのお話。
私たちは異世界出身者ということで、異世界と地球との文化交流を目的としたアイドルユニット兼交流大使なのです。
どうしてそんなことになったかというと――
「宴もたけなわ。楽しい時間も残すところあと僅かとなりました」
えーっ、とノリのいいお客さんが不満を口にする。
とは言っても嫌な雰囲気ではなく、心から楽しんでいたからこそ、この時間が終わることを惜しんでくれているようだった。
「最後に、今回のマクマティカーズ結成の経緯と、今後の展望について、ゼネラルマネージャーであるカーミラ・カーネーションよりご挨拶があります」
シン……先程まで騒がしかった会場が静寂に包まれる。
舞台袖からものすごくキレイなヒトが現れる。
今までにない緊張が、会場から伝わってくる。
その空気は舞台にいる私たちにも伝染する。
エウローラちゃんとアレスティアちゃんも、自然と立ち上がる。
私も慌てて立ち上がった。
「皆様、本日はマクマティカーズ結成記念ソロイベントにようこそおいでくださいました。私はカーミラ・カーネーション。彼女たちマクマティカーズをプロデュースしております。普段は学生兼会社員をしております」
ふふふっ、と零れ笑いが漏れる。
緊張していたお客さんが一気にリラックスした感じになる。
す、すごい……私の発言で笑われるのとは違う。
計算してわざと笑わせているんだ。
「異世界交流事業は長らく停滞をしておりました。それは突然見知った異世界という異質の存在に対して、人々の忌避する反応や、世論の抵抗があったからです」
カーミラさんの言う通りだ。エウローラちゃんは異世界事業に反対するヒト達のせいでとんでもない目に遭ったと聞く。私もマクマティカーズをやっていてそれがちょっぴり不安だったりする。
「ですが、それはむしろ当然のこと。人々が健全で高潔な証拠であると考えています」
え、と私はカーミラさんを見た。
人々に拒絶されることが当然ってどいうこと……と。
「異質なものを上から言われて押し付けられれば、それに対して反感を覚えるのは当たり前です。政府の発表は、何か意図があるのかもしれませんが、かなり唐突なものであり、ハリウッド女優などを盾にした強引なものだったと言わざるを得ません」
な、なるほど……。
私もあとになってからタケオくんに動画を見せてもらった。
それは初代交流大使が世に出てくる切っ掛けとなった二年半前動画――日本が初めて魔法世界の存在を公表した時のものだ(ちなみにお祖母ちゃんの家にはテレビが無かったので私は知らなかった)。
会見では日本の総理大臣のヒトと、さらに異世界の女王様、そして日本人でありながらハリウッドで活躍する女優さんが出ていた。
この女優さんが、なんと異世界のヒトと結婚していて、出産のために芸能活動を休止していたことを発表したのだ。
それを聞いた私は、そんなに前から異世界と地球は関わりがあったのか、と驚いたものだ。リアルタイムで見ていたヒトはもっと驚いただろう。
「ですが、十分な冷却期間を置くことができたと私は判断いたしました。そして、異世界との交流――すなわち地球は異世界の資源を、異世界は地球の技術を、相互に欲しています。そのためには政府間ではなく、民間レベルでの交流を促進させていく必要があります。何故ならこと地球に於いては、優れた技術は民間企業が握っているからです」
カーミラさんすごいなあ、カッコいいなあ。
あんなに堂々としていて、会場のみんなの注目を浴びて。
素敵だなあ……と思う。
「停止していた時計の針を動かすのは私たち自身。私たち一人ひとりが異世界の方々と友達になり、手をつなげて大きな輪にしていくことが大切です。そのための二代目交流大使。そのためのマクマティカーズなのです」
わっ、と歓声が起こり、次いで会場を大きな拍手が包む。
カーミラさんはその拍手と歓声に浴すように目をつぶり、口元には微笑みを湛えている。スッと、彼女が手を挙げると、自然と静かになっていく。す、すごい、お客さんを完全にコントロールしてる。
「交流大使は主な活動場所を東の異世界玄関口である十王寺町に固定しています。メンバー全員が異世界人であることを考慮すれば、異世界の法律が適用される十王寺町が最適だからです。その分、全国津々浦々の皆様の元へお邪魔することは難しいでしょうが、幸いにして今は発達した通信技術があります。現在このイベントを配信にてご覧になっていらっしゃる方が大勢いるように、今後も積極的に配信ライブ、トークイベントも行っていくつもりです」
おおお……という声。
これは多分だけど、配信ライブへの期待と、生でイベントに来られてラッキー、という二つの意味があるような気がする。
「そして、交流事業を発展させていき、ゆくゆくは、民間企業による異世界への進出――その一番槍を、私どもカーネーショングループが務めさせていただきます」
おおおおお――!
今まで最大のどよめき、そして歓声。
会場全体が震えている。私はびっくりして、その場にへたり込みそうになってしまう。
「我社の利益は日本国民の利益。我社を皮切りに、日本中の民間企業――食品、製造、通信、インフラ整備などなど……様々な企業が異世界に参入できる事業展開を推進して参ります」
わッ――!
爆発が起こったのかと思った。
それは会場のヒト達が一斉に歓声を上げたものだった。
スタンディングオベーションだった。
誰もが自分から立ち上がり、カーミラさんを絶賛していた。
カーミラさんはそれでも泰然としながら口元に笑みを絶やさず、手を上げたりしながら、人々の声に応えている。
これは――私はもしかしたら、歴史的な瞬間に立ち会っているのかも知れない、と思った。
このヒトは――カーミラさんはやっぱりすごい。
私は……私たちはとんでもないヒトに見いだされてしまった。
長らく止まっていたという異世界事業も、きっとカーミラさんを中心に進んでいくことだろう。
「皆様、本日は誠にありがとうございました。今後のマクマティカーズの活躍にご期待ください」
締めの言葉を麗子さんが発して、カーミラさんは舞台袖に下がっていく。
私たち三人もまた、会場にたくさん手を振りながら舞台をあとにした。
拍手がまだ止まない。「カーミラー」「マクマティカーズ」のコールがずっと続いている。イベントは大成功と言えるだろう。
私たちは控室に戻り、今日の手応えを感じながら帰り支度をしていた。
と――
「初イベント成功おめでとう、お前ら」
ノックと共に控室にやってきたのはタケオくんだった。
その手には大きな花束を三つも持っている。
「タケオ!」
「兄さん!」
「おっと」
アレスティアちゃんとエウローラちゃんが一斉に飛びつく。
あ、いいなあ。こういうとき兄妹って羨ましいなあと思う。
「お前ら、よく頑張ったよ偉い」
「そう言うなら、妹をもっとちゃんと労ったらどうなの?」
「そうです、言葉だけじゃなく、キチンと行動で示してください」
二人からツインスピーカーでそう言われ、タケオくんは随分迷ったあと、二人に花束を渡しながら、金色と銀色の頭をナデナデした。
「よく頑張った。アレスティア、エウローラ」
「ふぁ」
「ふぅ」
アレスティアちゃんとエウローラちゃんが借りてきた猫みたいに一瞬で大人しくなる。私はその光景を見ていることしかできない。だって私はタケオくんの妹でもなんでもないから……。
「ほら、瑠依もお疲れ様」
タケオくんが花束を私にもくれる。
わあ、とっても綺麗。これを花瓶に生けてお部屋に飾ったら素敵だと思う。思う……けど。
「うん、ありがとう。あのね……」
「どうした?」
私はフッと、目をつぶり、じっとする。
そのまま数秒。なにも起こらなかった。
「どうした? もしかして気分でも悪いのか?」
「う、ううん。なんでもない。でもちょっと疲れたかな」
「そっか。もう少ししたら麗子さんも来るだろうから、それまで待機な。もしよかったら何か飲み物を買ってくるぞ」
「あ、私炭酸がいい!」
「私は甘い紅茶を」
「はいはい、瑠依はどうする?」
「えっと……冷たい緑茶を」
「おっけー。少し待ってろ」
そうしてタケオくんは控室を出ていく。
私の頭も撫でてくれないかな、と期待したけど、妹さんじゃないから無理だよね。
なんかそれってすごく寂しいな……と私は感じるのだった。




