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第91話 ライバルと嫉妬と初恋篇① 不意に恋の花咲くこともある?


 ――霞が関・総務省内。第七特殊地域・統括対策室にて。


 薄暗い部屋の中、一人の男がモニターを食い入るように見つめている。

 男――とは言ったが、彼は見た目こそ成人男性だが、その実まだミドル・スクール通う年齢――つまりは15歳という年齢だった。


「アーサー、まだ残っていたのですか」


 パチっと室内全体の灯りが点く。

 入り口から現れたのは秋月楓――総務省・第七特殊地域・統括事務次官だった。


 事務次官とは文官のトップであり、国家公務員がなれる一番上位の役職のことである。そんな肩書を持つ彼女は、モニターを見つめる青年……いや、まだ少年の母親だった。


 ちなみに第七特殊地域とは魔法世界(マクマティカ)のことであり、異世界の存在が公にされる以前から使用されていた政府内部での名称で、あまり一般的ではない。


「…………」


 少年――アーサーは無言だった。母の呼び声に答えようともせず、未だに顔もあげない。


「アーサー?」


 コツコツ、と机の間を縫うように、一番奥にある席へと楓は向かう。


 室内は普通のオフィスであり、事務机が整然と並んでいる。お役所らしく、少し型の古いデスクトップPCが使われているようだ。


「一体さっきから何を見て――ああ、なるほど」


 アーサーが見ていたもの。

 それは先日都内の某所にて行われた人外殲滅の戦闘記録だった。


 場所は高架線の真下に作られた自転車置場。

 その目の前には大きなビルが建っており、辺りは暗く、街灯の光のみが二人を照らしている。


 いや、二人というのも不正確だ。

 何故なら片方は正真正銘の化け物――故に一匹と一人、と言った方がいい。


反町純礼(そりまちすみれ)。元人間。24歳。反異世界同盟のリーダーで、被害者は今の所三名。全員彼女の年の離れた兄たちでした」


 反町純礼の自宅からは、成人男性三人分の遺体が見つかった。顔も判別できないほど滅茶苦茶に食い荒らされた(・・・・・・・)肉片は純礼の兄――長男のタカシ、次男のレンタ、三男のコウジであることが判明した。


 一人だけ行方不明だった反町純礼は、犯人に拉致された可能性があるとして懸命な捜索がされていたのだが――まさか化け物になった妹が犯人だったとは。


 反町純礼は何らかの要因により、突然人間ではなくなってしまった。顔面からは複眼がせり出し、背中からは三本の前脚(・・)が生え、さらに全身の皮膚が外骨格化していた。


 それらは地球でいうところの昆虫によく似た生物を模しており、多くの者にとっては16年前の悪夢の再来とも言えた。


「サランガ……地球近傍に出現したブラックホールから現れた外宇宙の生物たち」


 16年前、突如として空に黒い太陽が昇った。

 それはブラックホールに似せたゲートだったという説が有力だ。


 太平洋のど真ん中へ飛来した化け物たちは、そこから西と東に分かれ、日本とアメリカへ上陸した。


 16年が経った今でも、正確な数は判明していないが、犠牲者は50万人以上と言われるほど、甚大な被害を人類へと齎した。


「しかしまさか……サランガを生体兵器に転用しようなどと考えている勢力があるとは」


 人間の犠牲者は50万人以上と言われているが、サランガの死骸はざっとその100倍以上だった。


 災害後に一番問題となったのは、それら膨大な死骸の処理だった。

 沿岸部を埋め立ててゴミ処理場を作ったり、サランガのキチン質にも似た殻などを分解処理する新たな技術も開発された。


 そして死骸の一部は日本やアメリカといった当事国以外の第三国が手を上げ、処理を引き受けてくれることとなったのだが――


「おそらくそれらの死骸からDNAサンプルを採取、培養、遺伝子操作などを経て人間による人体実験を行ったのでしょう……」


 未だ大きな声では言えない事実。

 以前から秋月楓などは、第三国への死骸処理委託をやめるべきだと言ってきた。


 しかし日本政府からの答えはノー。

 第三国からの支援を受けた議員たちの働きにより、大災害で被害を受けなかった外様の国々が利益を得る結果となってしまった。


 魔法世界(マクマティカ)の存在公表は、そのような第三国への牽制であり、非合法な生体兵器によらない真っ当な利益を目の前にチラつかせる意図があった。


 と同時に、異世界シェアはあくまで多くの犠牲者を出し、身銭を切り続けてきた日本やアメリカが最優先で得るべきであるという内外へのアピールの意味もあったのだ。


「しかし……失敗したとはいえ、すでにここまでのモノが作られていたとは……」


 楓はアーサーが見つめるモニターに目を落とす。

 そこには陸自によって封鎖された区画内での戦いが映し出されている。


 化け物となった反町純礼の相手をするのはカーミラ・カーネーション。表の世界では知らないものはいないビューティーカンパニーの若き四代目会長であり、その正体は吸血鬼の神祖の子どもである。


 戦闘はまるでサムライムービーのようだった。

 肉薄した反町純礼と接触する瞬間、カーミラは目にも留まらぬ速さで(たい)を躱しつつ腕を振り抜く。振り抜いた右腕からは、真紅の光の刃が生えていた。


「驚きましたか。これこそ彼女が持つ吸血鬼としてのアビリティです。この紅い光の刃は、おそらく彼女の血によって形成されたもの。そしてその刃に触れたものは例外なく分子崩壊を起こすのです」


 16年前の大災害で、御堂百理と共に戦った三代目カーミラ・カーネーション。その時の彼女もまた紅く輝く光の蝶を無数に作り出し、それを意のままに操りながら、サランガたちを屠っていた。


 その蝶に触れたものは分子間の結合をほどかれ、文字通り消滅する。そして回収された反町純礼の遺体もまた、切断された箇所から分子崩壊が体内で進み、全身に張り巡らされたはしご状神経系が破壊されたことで絶命に至ったのだ。


「ふふ、アーサー。さっきから夢中になって見つめて……あなたも武人としての血が騒ぎますか」


 アーサーは秋月楓の息子だから総務省に出入りしているわけではない。

 彼は優秀なボディガードであり、元々は軍属に身を置いている。


 その所属はアメリカ統括軍I.E.A特殊部隊。

 I.E.Aとはインファントリー・エクスパンション・アーマーの略であり、直訳すれば歩兵拡張装甲と呼ばれるロボット兵器を運用する部隊である。


 元々はカウンターテロ用に歩兵の戦力を拡張するという概念から生まれたI.E.Aは、現在世界各国に配備されている。


 残念ながら大災害時には配備が間に合わず、日本でも試験小隊が運用していたのみだ。


 だが、町中でのサランガとの偶発的な戦闘――主に避難する市民の盾としての役割を果たし、多大な人命救助に貢献していた。


 アーサーは若くしてI.E.Aパイロットのライセンスを持ち、体術もまた優れるため、出向する形で母に同伴し、日本での警護任務についていた。


「ですが、そうですね……今後このような不測の事態があるかもしれません。あなた用のP.E.A――パーソナル・エクスパンション・アーマーを用意しておく必要があるでしょう」


 個人拡張装甲。

 それはカウンターテロよりもさらに特定の個人とのCQB(近接戦闘)を想定した真の歩兵拡張装甲。人間を容易く超人たらしめる現代科学技術の粋を凝らした強化戦闘服のことである。


 素手、ナイフ、拳銃と、いずれに於いても並のプロを寄せ付けない強さを誇るアーサーが、その強化服を着用することにより、いかなる事態であっても即座に対処可能な状態にしておきたい……という狙いが楓にはあった。だが――


「アーサー? さっきから黙っていますが、聞いているのですか?」


「…………」


 アーサーは呼びかけられても無言だった。

 というか楓が入室してきてからずっと、一言も発していない。


 もしかして寝ているのか……? いや、起きてはいるようだが……。


「アーサー、お母さんを無視するとは感心しませんね。これ以上無視されると拗ねちゃいますよ?」


 抱き、っと、可愛い息子を後ろから羽交い締めにする。省内とはいえ、業務はとっくに終わっている時間だ。プライベートタイムになれば、このように母子でのスキンシップくらいする。


 というか楓にとってアーサーはいくつになっても、見た目がゴリゴリマッチョになっても愛すべき息子なのには変わらない。


「アーサー?」


 それでもアーサーは答えなかった。

 ただひたすらカーミラの戦闘映像のダイナミックスクロールバーを同じポイントに戻し、同じシーンを再生している。


 そこには残心とも言うべき所作で、油断なく倒れ伏した相手を見下ろす凛々しきカーミラの姿が映っていた。


「アーサー、まさかあなたは――!?」


「………………ふつくしい」


 息子の顔を至近距離から観察すれば、それは完全に恋する乙女……男の表情になっていた。


 ガダダっと、膝から力が抜けてしまった楓は、その場で尻もちをつく。


「え、えらいこっちゃ……!」


 ほんまほんま。

 息子は自分が惚れた相手が男だという事実を未だ知らない。


 楓は敢えて正体を知っていたが、知らないふりをしてカーミラ……タケオと接触していた。


 そんな彼……彼女は新たに異世界人のみで構成されたアイドルグループを起ち上げ、十王寺商店街とカーネーションの宣伝に利用するという画期的かつ斬新な手法を取り、連日メディアに取り上げられてる。


 そんなカーミラに、まさか息子が惚れてしまうとは――


「マム、お願いがあります」


「おおう、な、なんでしょう」


「俺……いえ、僕は、カーミラさんと同じ学校に通いたいです」


「ええ〜……」


 ホントにどうしたものかと、楓は頭を抱えるのだった。

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