第82話 交流大使ってなんですか篇2㉖ 異世界ディベート初夏の乱!
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「それは聞き捨てなりませんわね――」
俺は、今回の騒動の元凶――反異世界同盟の首魁、反町純礼の前へと姿を現す。
エウローラたち――新たな交流大使の形である魔法少女ユニット、マクマティカーズは最高のパフォーマンスを発揮してくれた。
僅か二週間。
曲が仕上がってからの歌唱練習はたった一週間しかなかったというのに、それでも彼女たちは持ち前のセンスと度胸で乗り切ってしまった。
荒削りな部分は多い。
だが完璧じゃなくていい。
むしろその方が等身大の女の子が頑張っている感じがして親しみやすいと思う。
とにかく、彼女たちは期待以上の成果をあげてくれた。
ならば今度は俺の番だ。俺が大人のやり方で、このわからず屋たちをとっちめてやろうじゃないか。
「どうしてあなたがこんなところに……!」
反町純礼は溢れ出る憎悪を隠そうともせず俺のことを睨んできた。
仮面から覗く歯をギリギリと鳴らしながら怨嗟の声音を上げている。
うわ、このヒトめちゃ怖っ。
あの無機質な仮面が般若の面に見えてきたぞ。
「ふ――愚問ですわね。ここにいるマクマティカーズはこの私、カーミラ・カーネーションが手ずからプロデュースした、魔法世界出身の少女たちで結成された初のアイドルユニットです。皆様のお披露目の場に私自身も出向くのは当然のことです」
ざわ――っと、反異世界同盟のメンバーたちに動揺が走る。この時の俺は知る由もなかったが、SNS上は大変な賑わいを見せていたらしい。
『カーネーションの会長キター!』『ふ、ふつくしすぎる……!』『カーミラ会長がPなアイドルってこと!?』『てかこのだせえ仮面の女なに?』などなど、様々なリアクションがあったようだ。
「そう、そうだったのね……あなたが……。でも先程も言ったとおりよ。その三人の中の誰かによって、私たちは魔法による暴行を受けています。その罪の所在を明らかにし、裁きを受けてもらわない限り、あなた達の存在を認めることはできません!」
反町純礼もなかなか、ヒトの上に立てる逸材のようだ。
この場に於いて彼女の味方は僅か数十名の反異世界メンバーたちのみ。
その彼らも、その殆どが消沈している。
孤立無援の状況下においても、臆すること無く実に堂々としたものだ。
ただ、掲げている信条が決定的に間違っている。それが正しい方向に行けば、傑物となっていただろうに……。
「魔法による暴行ですって? それならばこちらも言わせてもらいますが、魔法少女の格好をした少女を、大の男三人で飛びかかって襲うのは暴行にはなりませんの?」
ザワっと、観客たちがどよめく。
俺がそう言った途端、ビクっと反応した仮面の男たちが三人。
反町純礼のすぐ足元にヘタれている者たち――ああ、こいつらが反町純礼の兄貴たちか。
「いいえ、そちらから魔法で攻撃されたから、仕方なく防戦しただけです」
「水掛け論ですわね……というかうちの子がどうして見ず知らずのあなた達をわざわざ魔法で攻撃しなければならないのです?」
「そんなことは本人に聞いてほしいですね。だいたい私たちは、魔法を使う者が夜の十王寺町を徘徊していると、同志達からの通報を受け、自主的に見回りをしていたに過ぎません。であれば、まずはそもそもどうして女の子が魔法少女の格好をして夜に出歩いていたのか、その正当な理由を教えてほしいですね」
フフン、と反町純礼は得意げになって言った。
すでにして勝ち誇っているような有様だが――チラッとエウローラを見れば恥ずかしそうに俯いていた。
やれやれ。そんなのは簡単な理由だ。
『オタク』だからだよ。
魔法少女に憧れすぎて、魔法少女のコスプレをして夜空の遊覧飛行をしていたのだ……などとは流石に言えないだろう。
反町純礼の相手はカーミラに一任してほしいと予め全員に言ってある。
ここは兄として妹の名誉を守るとしようか。
「理由ならあります。それは――私が魔法少女の格好で外を出歩くようにと、彼女にお願いしたからですわ」
『どーいうこと?』『カーミラ様はこんな女の子を夜に歩かせて何がしたいの?』『それってやばくない?』『カーミラ、化けの皮剥がれたな』などなど。SNSを通じてのライブ配信視聴者の感想は主にそのようなものだった。
「ふん……つまりは、あなたがすべて悪い、ということですか」
「原因の所在を求めて言えばそうなりますわね」
ざわざわざわ……少なくない動揺が会場にいる人々に走る。
先程まで項垂れていた様子の反異世界メンバーたちも立ち上がり始めていた。
「魔法少女による暴行事件……その黒幕は世界的企業、カーネーショングループの会長だった、と。実に興味深い。ええ、非常に興味深いネタです。もしもここがどこかの密室だった場合、そう、私の心の中だけに今の真実を仕舞い込むこともやぶさかではありませんが……でも、今は衆人環視の中。例え私が許しても、このライブを見ている日本国民は許さないのでしょう」
反町純礼はことさら饒舌になり、反異世界同盟たちはすっかり息を吹き返していた。正義は自分たちにあり、とでも言いたげなドヤ顔をして、反町純礼を守るように展開している。その仮面といい、悪の組織の女幹部そのものだな。ほんと。
「さあ、カーミラ・カーネーション。釈明があれば聞いてあげるわよ!」
まるで犯人を追い詰める探偵のようなノリだった。
俺は顔面蒼白に……なるはずもなく。
ここまで見事にピエロを演じてくれる彼女に感謝すらしていた。
「私がこのエウローラに魔法少女の姿をして夜の街を歩くように指示していたのは――プロモーションのためですわ」
「はい?」
反町純礼の間抜けな声が響いた。
『プロモーション?』『どゆこと?』とは視聴者やSNSの声だ。
「魔法世界出身の女の子たちを、新たな交流大使兼アイドルとして起用すると決めたときから、魔法少女というコンセプトは決まっていました。活動の中心となるのがこの十王寺町であることも。故に、私の監督の元、魔法少女が現れたという噂を流し、実際に魔法少女が街を闊歩することで話題性を作り、このデビューライブに繋げるという高度な情報戦略――その一環だったのです!」
「なんですって――!?」
ガーン、と目に見えるほどの衝撃を受けた様子で、反町純礼は仰け反った。
「ですが、あなたのご指摘のとおり。夜の街を女の子だけで歩かせるのはよくありませんわ。なにせ凶器を持ったコンビニ強盗と遭遇して、それを魔法で捕縛したり。さらには酔っぱらいの喧嘩を仲裁するような羽目になってしまったのですから」
これはあとから調べた情報だが、エウローラによって気絶させられたコンビニ強盗は懐に包丁を隠し持っていた。この事実により、エウローラが魔法を使用したことは完全なる正当防衛と警察に判断された。
さらにエウローラの風の魔法で全裸の憂き目にあった酔っ払いたちだったが――
「うおおお、そうかあれはプロモーションだったのかー!」
「全裸にされたけど、俺らが先にエウローラちゃんに触ろうとしたのが悪い! だから許す!」
「てかエウローラちゃんマジかわいいー!」
今ではすっかりマクマティカーズ……というかエウローラの熱烈なファンとなって、会場の隅っこを賑わわせてくれている。つまり万事解決だった。
「でもまさか、プロモーションのつもりが、あなた方のような過激な方々まで引き寄せてしまうとは迂闊でした。私にも反省する点はあり、あなた方に誤解を与えたことを深くお詫びいたします。ということで、ここらで互いの非を認め合い、手打ちということにいたしませんか?」
俺はコツコツと歩み寄り、反町純礼へと手を差し出す。
顔を上げる彼女――仮面の下、むき出しの歯茎がギリリっと食いしばられる。
バシっと、差し出した俺の手が弾かれた。
「手打ちですって? それは私に敗北を認めろということ? それだけは絶対にない。特にあなたみたいに地位も名誉も容姿まで優れた女性からの譲歩なんて――!」
あーあ。これが最後のチャンスだったのに。
これにて反町純礼は異世界交流を望む全ての人間を敵に回したことを意味する。
「みなさん、騙されないでください! 異世界人は地球人とは違います! 危険で野蛮な世界で生き、文明レベルも遅れていて、地球人よりも遥かに劣っています! 故に、まだ幼く見えても、魔法という凶器を、いつ私たちに差し向けてくるかわかりません……!」
しーん、と。
会場中を沈黙が降りた。
だがそれは、彼女の言葉に聞き入っているからでは断じてなかった。
『マクマティカーズ、だっけ。なんか可哀想になってきた』『これは間違いなく基地の外』『この女、純粋にやべー』『話が通じないとはこのこと』などと、視聴者やSNSの人々でさえドン引きしていた。
「その上で、カーミラ・カーネーション、あなたに問います! アイドルだか交流大使だか知りませんが、もし万が一にでも、そこの子たちが魔法で誰かを傷つけたとしたら、あなたどう責任を取るつもりですか!」
「…………こいつ」
俺の背後から苛立ちマックスな声が聞こえた。
アレスティアだった。振り返れば瑠依も涙目になりながら反町純礼を睨んでいた。
「カーミラさん……」
俺の傍らにいるエウローラはギュっと俺の服の裾を掴んでくる。
大丈夫だ。こんな女の極論と暴論になんて負けない。
俺はエウローラの頭をそっと撫で、再び反町純礼と対峙する。
「もし万が一、この子たちによる不測の事態が起こった場合は…………私の首を差し出しましょう。それはカーネーションの会長の座を辞するという意味ではなく、文字通り命を差し出します」
ザワッ――!
会場に一瞬で緊張が走る。
『おいおいおい』『マ?』『なんか男前だなー、いや女だけど』とは以下略。
俺の本気の覚悟をぶつけられた反町純礼はポカンとしていた。
グイっとエウローラの肩を抱き寄せる。
「皆様にも宣言しておきますわ。カーネーション・グループは、今後の事業戦略として魔法世界との交流を促進させ出店を目指します。マクマティカーズはそのためのイメージキャラクター兼交流大使となってもらいます!」
日本国内のカーネーション支社、そのトップである支社長たちしか知り得ない情報を、今解禁した。
異世界へのカーネーションへの進出。
異世界での材料調達、製品製造。販売。
とても気の遠くなるような遠大な仕事だが、そこに住むヒト達へ、地球の優れた商品を販売することは、双方の大きな利益になるはず。
これもまた異世界交流の新たな形。
そしてそこで得られた利益を日本へとしっかり持って帰る。
カーネーション会長である俺の生涯のライフワークとなるだろう。
「そ、そんなおぞましいこと、絶対に許さない……!」
哀れになるくらい、反町純礼は狼狽えていた。
会場中からは「カーミラ! カーミラ! カーミラ!」という声援が聞こえ始める。
沸き立つ観客たちの中にあって、異質すぎる反異世界同盟のメンバーたちは、その声に追い詰められるよう、身を寄せ合い、小さくなっていく。
「み、認めない、私は、私は――どんな手を使ってでも、あなたの思い通りには――」
「いい加減にしてくれ!」
言いかけていた反町純礼を遮るよう、大きな声が轟いた。
驚いたことにそれは小山田勇三さんだった。
「あ、あなたは商店会長の……」
ザッザッ、と芝生のグラウンドから進み出てきた小山田商店会長は、反町純礼の前に立つ。
「反町さん、もういい加減にして欲しい。十王寺商店会は停止していた異世界交流事業を再開する。商店会と地域住民からは十分な理解を得ることができた。これは賛成多数による民主的な手続きを踏んだ総意なんだ。あなた達が反異世界活動をするのは自由だが、俺たちの邪魔をするなら、う、訴えることも視野に入れる……!」
おおおお……。観客が一斉に感嘆の声を上げた。
小山田さん。最初は頼りなく見えたが、実際には今回の件で、地道な住民へのヒアリングを行ってくれた影の功労者だ。マクマティカーズ誕生の一翼を担っていたと言っても過言ではない。
「あ、あなた方に、私の活動を止める権利は――」
そこまで言いかけたところで、カンッ、と反町純礼の足元に空き缶が投げつけられる。それと同時に「引っ込めー!」と、誰かが怒声を発した。
それからはもう止まらなくなってしまった。
観客全員がブーイングし、「帰れ! 帰れ! 帰れ!」というコールの嵐。
やがていたたまれなくなったのか、反町純礼を庇うよう、メンバーが立ちはだかり、三人の兄貴たちによって逃げ出すように会場をあとにする。
反異世界同盟の姿が完全に見えなくなったところで「わッ!」っと喝采が上がった。
「カーミラ!」
「カーミラさん!」
「こ、怖かったー!」
アレスティア、エウローラ、そして瑠依が俺ことカーミラへと抱きついてくる。
瑠依など本当に震えて泣いていた。アレスティアも震えていた。多分に怒りのためだった。
「ホント腹の立つ女だったわね。いい加減魔法でぶっ飛ばしてやろうと思ってたのに……あんたがあんなこと言うから何もできなくなっちゃったじゃない」
頼むぞ。本当にそういうことはしないでくれよ。
俺マジで死ぬことになっちゃうからね。
「ほ、本当に一時はどうなることかと……! わ、私、ずっと怖くて……!」
「よしよし、よく耐えてくれたわね」
感極まって涙を流す瑠依の目元をハンカチで優しく拭ってやる。
俺も正直何度かチビリそうになるくらいビビってたよ。あのヒトマジ怖かったよね。
「カーミラさん……改めて、私のせいで――」
そっと、謝罪を口にしそうになったエウローラの唇を塞ぐ。
あ、唇でじゃないぞ。唇を人差し指で塞いだんだからな。誤解しないように。
「もう終わったことよ。それよりもお客さんに応えてあげて」
会場からは「アンコール!」の声が上がり始めていた。
まばらだった声は、やがてひとつとなり、大きなものへと変化していく。
暗かった雰囲気を払拭するため、今こそマクマティカーズの歌が必要なときだった。
「みなさーん、応援ありがとうございますー! ではもう一度聞いてください、『スライト・ラブ』!」
こうして、デビューイベントは大盛況のうちに幕を閉じた。
ライブ視聴者数は同接20万人を越え、SNSトレンドランキングでも『マクマティカーズ』関連のキーワードが上位を独占。一時、世界ランキングのトップテンにも食い込んだりした。
多少の波乱はあったものの、俺たちの異世界事業は最高のスタートを切ることができたのだった。




