第8話 迷い猫をプロディース⑧ 朝食と特訓宣言
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朝の目覚めは嫌いだった。
いつも必ずお腹が空いて目が覚めるからだ。
祖母と暮らしていたとき――まだ瑠依が幼いときはそんなことはなかった。
朝目覚めれば、必ず祖母がご飯を作ってくれていた。
祖母のお味噌汁が大好きで、何杯もおかわりをした。
でもある時、祖母が起き上がれなくなった。
ごはんを作るのが瑠依になった。
でも祖母のようになかなか上手くは作れなかった。
それでも祖母は「美味しいよ。ありがとう、ごめんね……」と言ってくれた。
「ごめんね」は余計だよお祖母ちゃん……。
しばらくして祖母が亡くなり、村役場からヒトが来て、東京からも祖母の子供だというヒトたちが来た。
そのヒトたちは瑠依の存在に驚いていた。
自分の母親がこんな子供を養子にしていたなんて知らなかったと。
祖母の葬儀の最中も、家をどうするか――とか、遺影は誰が――とか、見ず知らずの瑠依をどうするか――などなどを話し合っていた。
結局瑠依は末の娘さんに引き取られることになった。
旦那さんの稼ぎが一番良くて、子供がいないから、というのが理由だった。
叔母は元々子供が嫌いなヒトだった。
旦那さんとも子供を作らない約束をして結婚したそうだ。
だから叔母の家に瑠依の居場所はなかった。
部屋として与えられたのは、小さな庭にある物置小屋。
食事は叔母の目につかないように、台所から少しごはんを貰うだけ。
いつしか空腹が当たり前になり、お風呂にもろくに入らず、家の残飯を漁るようになっていった。
「お祖母ちゃん……」
祖母は最後の最後まで瑠依を心配していた。
瑠依が化け猫の子供だから。
正体がバレたら人間の世界では生きていけないと。
『だから絶対にその耳や尻尾を見せてはいけないよ。きっと怖い目に遭ってしまうからね……』
祖母ちゃん。猫耳を見られなくても怖い目には遭ったよ。
死んでしまいたくなることもあったよ。
でもね、タケオくんが助けてくれたよ。
必死に私を掴んで支えてくれたの。
そして本気で怒ってくれたの。
猫耳も尻尾も見られたけど、怖いことにはならなかったよ。
タケオくんは、とっても優しいんだから――だからもう心配しないで、お祖母ちゃん。
「――おい、いつまで寝てる。さっさと起きろ!」
カーンッッ、と甲高い音が目の前で炸裂した。
瑠依は「ぴゃッ!?」と叫びながら跳ね起きる。
「起きろ。飯だ」
「タ、タケオくん……朝から酷いよぅ」
目の前には、エプロン姿のタケオの姿があった。
そして両手にはお玉とフライパン。
先程の音はこれを思いっきり打ち合わせたのか。
「ふん。何度起こされても目覚めないお前が悪い。愛理が俺にさじを投げてきたぞ」
どうやら最初に瑠依を起こしてくれていたのは愛理だったらしい。
だが叩いても抓ってもくすぐっても、瑠依は一向に目を覚まさず、諦めてしまったとか。
「どうやらぐっすり眠れたらしいな」
「え、あ、うん……あれ、私、どうしてここに……?」
部屋を見渡せば、そこは絨毯が敷かれた綺麗な洋室だった。
窓の向こうにはテラスがあり、眩しい朝日が燦々と降り注いでいる。
「お前……覚えてないのか。昨日、風呂から上がったら倒れるように眠っちまったんだぞ」
「そ、そうだったの……?」
確かに久しぶりにまともにお風呂に入ったことは覚えている。
その後、お風呂から上がったところで記憶は途切れていた。
それにしても、と瑠依は思う。妙に頭の中がスッキリしている。
思い返せば、こんなにぐっすり眠ったのは祖母の家にいたとき以来ではないだろうか――
「起きたら顔を洗って歯を磨け。部屋の奥にトイレと洗面所があるから」
「う、うん……あの」
「なんだ?」
「なんか、タケオくん怒ってる?」
「…………別に。怒ってない」
「嘘、すごく怒ってる……感じする」
タケオがぶっきらぼうなのは昨日僅かな時間でよくわかったが、今朝は明らかに不機嫌な様子だった。
「それは昨夜瑠依さんが寝てしまったせいです」
「愛理ちゃん!」
タケオの影からひょっこりと愛理が現れる。
瑠依たちも通う豊葦原学院、その初等部の制服を着ていた。
ひとしきり「おはよー!」「おはようございます」と挨拶したあと、愛理は続けた。
「お兄様が瑠依さんのためにお夕飯を用意していましたのに、速攻で爆睡かますんですもの。せっかくのお料理が無駄になってしまいました」
「えええッ!?」
ガーン、と瑠依は顔面蒼白になり、シーツを両手で掴んで戦慄いた。
「ごめんなさい! 私そうとは知らず、なんてもったいないことを……!」
「い、いや、もういい。昨日はあんなことがあったんだ、お前も疲れてたんだろうし――」
「昨日作ったお夕飯、まだあるよね? 私カビて固くなったお米も、床にぶち撒けられたお味噌汁も食べられるよ! 虫がわいてるのだって頑張って食べたことが――」
「朝から悲惨な食生活を暴露するな! 昨日作ったメシは俺と愛理で処理したからもうない!」
ご飯がない、と言われ、瑠依は再びガーンとなった。
それを見たタケオが「朝飯は朝飯でちゃんと作ったから」と言ってくれたので瑠依は嬉しくなる。
しっかり顔を洗い、歯も磨いた瑠依は、昨日のリビングへと向かった。
「しゅ、しゅごい、これ全部タケオくんが作ったのッ!?」
食卓の上にはとても美味しそうな和食が並んでいた。
真っ白いホカホカごはんにお味噌汁。焼き鮭に納豆、卵焼き、ほうれん草のおひたしと。そのラインナップは瑠依が田舎で祖母と一緒に食べていたものとそっくりだった。
瑠依は「いただきます」をしてから真っ先に味噌汁が入ったお椀に口をつける。フーフーとしてからゆっくり啜る。ごくん、と小さく喉を鳴らしてから「はあ」と溜め息。
「美味しい。とっても美味しいよタケオくん……!」
祖母の味とはもちろん違う。
でも美味しい。とても。
こんなに美味しくて温かい食事は本当に久しぶりだった。
「さっさと食べろ。それを食べたら始めるぞ」
「? 始めるってなにを?」
瑠依は納豆をまぜまぜしながら首を傾げる。
タケオは焼鮭を「はぐッ、あむッ!」と、二口で食べ、ご飯を豪快にかっこんでから、ごくんと飲み込んだ。
「なにって特訓だ。お前が二度と学校の連中にナメられないよう、徹底的にお前自身の心と身体を改造してやる。覚悟しろ――!」
瑠依はタケオが何を言っているのかまるで理解できなかった。




