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第77話 交流大使ってなんですか篇2㉑ 兄妹の絆、それを今ふたりは越える…!

 *



「あー、エウローラ。ちょっと話があるんだけど……」


 俺はベッドの上に起き上がったエウローラ……寝乱れている彼女から目を逸しながら話を切り出した。だが――


「や、やだ、私ったら、こんな――ちょっと待っててください!」


「え?」


 エウローラはものすごい勢いで部屋を飛び出していく。

 そしてリビングの方から「あの、洗面所を貸してください!」という声が聞こえてくる。


 ああ、まあ……顔くらい洗ってきた方がいいよな。うん。


「お待たせしました兄さん……」


 数分後。エウローラは恥ずかしそうに縮こまりながら、再び入室してくる。


 顔を洗って、あれは化粧水を付けているのか。しっかりと保湿がされている。

 寝癖があった髪もキチンと整えられている。多分クインさんと長女さんが色々手を貸してくれたのだろうと思われる。


「あ、あの、昨日はすみませんでした、連絡もなしに外泊なんてしてしまって」


「それは構わない……いや、連絡がないのがいいって意味じゃなくて、アリスさんが信頼できるお宅にお前を預けたって聞いてるから。それに、何があったのかはアリスさんから色々聞いてる。昨日の商店街の事件、お前も関係があるんだろう?」


「――ッ、…………」


 エウローラは息を呑み、沈黙した。

 辛そうに俯く姿がなにより雄弁に俺の言葉を肯定していた。


「でもエウローラ、俺はお前の口から聞きたいな。辛いことを思い出すことになるかもしれないけど、大切なことなんだ。お前が何を考えて、その時どんな感情を抱いたのか、俺に教えて欲しい」


 エウローラは伏せていた顔を上げた。

 その表情には不安と恐怖が入り混じっていた。


「に、兄さんは……それで私のことを嫌いになったりしませんか」


「ない。それだけはない」


 ポンポン、とベッドの隣を叩く。

 エウローラはポフっとそこに座った。


「あの、私……魔法少女なんです」


 うん? そうなのか? もうすでに?


「あ、いえ、違う、私、えっと……地球のアニメが好きで、特に魔法少女ものが大好きで、それで私は魔法が使えるので……空も飛べるので、その……」


 つまりは自分が魔法少女と呼ばれる存在になるしかない……と、そう考えるようになった、ということでいいのかな。


「そうですそうです、私にピッタリだと思いませんか!?」


 終始落ち込んでいたエウローラが元気よく迫ってくる。

 俺の腿の上に手なんか置いちゃって。ダメだよ、そういうの男は勘違いするからね。お兄ちゃん以外のヒトにしちゃダメよ。


「うん、まあ……似合うか似合わないかでいえば、似合ってるな。エウローラ可愛いし」


「ッ、に、兄さん……!」


 エウローラは突然下を向いてモジモジとし始めた。

 あら、ごめん。ちょっとキモかったかな。でも美醜の評価を求められたら……って、魔法少女が似合うか似合わないかの話だったな。可愛いは事実だが余計なことだったか。


「それで、その、私、魔法少女だったら、こんなときどうするか、という気持ちに囚われすぎて、目の前の悪い人を見過ごすことができませんでした……」


 エウローラは素直に告白する。

 コンビニ強盗に魔法を使用したこと。

 酔っぱらいたちに魔法を使用したこと。


「それ以外にも、魔法を使って空を飛んでて……憧れの魔法少女たちが駆けた地球の空を今私は飛んでるんだ……そう思ったら、なんだか心まで舞い上がってしまって」


 俺はしたことがないからよくわかないけど、聖地巡礼っていうんだっけ、そういうの。その作品の舞台になった場所や、縁の地を訪れること、だったか。


 何度も地球を訪れているはずの彼女だが、実際その地域に住み、学校に通ったりすると、見えるモノもまた違うのだろう。エウローラにとっては、日常生活で垣間見える光景の全てが聖地と言えるのかもしれない。


「私が悪いってことはわかっています。本当に楽しくて、嬉しくて……でも、そうしていたら怖いヒト達に見つかっちゃって」


 商店街の界隈では、魔法少女の噂はまたたく間に広がっていた。

 そのせいで反異世界事業を掲げるヒト達にも目をつけられてしまう。


「写真や動画を撮られて、私に魔法を使わせるために、わざと暴力を振るってきたりして……本当に怖かった」


 ギュっとエウローラは自らの手を強く胸元に抱いた。

 俺は彼女の肩に手を置く。


 大丈夫だよ、と。何があっても俺は味方だと、そう知って欲しくて自然と触れていた。「あ」と呟いたあと、エウローラは肩に置いた俺の手を握ってくる。


「必死に逃げて、その先で助けてもらったんです。商店街のおばあちゃんに……」


 魔法を使えば相手の思うつぼ。走って逃げるしかなかったエウローラは、精霊獣ピピの導きにより、その時間、商店街でたまたま店を開けていた園町お茶店へと飛び込んだ。


「店主の長好(ながい)さんは本当にいいヒトで、私をかばってくれて。それなのに――ああっ、どうしよう、私のせいで長好さんに迷惑が! 暴力まで振るわれて……!」


 静かな口調が、突然激しいものになる。

 ブンブンと(かぶり)を振るエウローラを止めるため、俺は彼女を強く抱きとめた。


「エウローラ。大丈夫だから。ゆっくり落ち着いて話してごらん」


「に、兄さん……」


 抱きしめてから驚く。

 エウローラは冷たかった。

 そして身体が小刻みに震えていた。


 一瞬で体温が下がり、これほど震えるとは。

 自分が受ける恐怖よりも、恩人が暴行される方が何倍も恐ろしいのか。


「お願い兄さん、もっと強く……私のこと抱っこしてください」


「ああ」


 エウローラの身体は小さかった。そして細かった。

 冷たくなった肩に手を回し、さすさすと体温を分けるように撫でてやる。


 こわばっていたエウローラの全身から力が抜けて、ふうっと、こちらへと寄りかかってくる。


 俺の首元に頭を乗せてたエウローラは、ピッタリと密着した状態のまま、話を続ける。


「昨日、長好さんのところに行ったんです。この間のお礼をしようと思って。でも、あのヒトたちが、長好さんのお店の前で、異世界人は悪者だって、私たちの敵なんだって、大声で言ってて……」


「ああ」


 エウローラは真っ白になるほど強く、己の拳を握りしめていた。

 俺はその拳に手を重ねる。エウローラは手を開き、指を絡めてきた。


「兄さん、私あのヒトたちが憎い……! 私を助けてくれたヒトを傷つけるあのヒトたちが許せない……! あのヒトたちを私の風の魔法で、め、滅茶苦茶にしたいって、そう思う……思ってしまう……!」


 思ってしまう、か。

 エウローラはただ憎悪に駆られているだけではない。


 それが抱いてはイケない類の感情だと知りつつも、拳の振り下ろし先を見つけられないでいる。


 仕方がない。エウローラは異世界の実力者の娘とはいえ、まだまだ子供。

 おそらく、大事なヒトが傷つけられ、それを助けることができない己自身にも苛立っているのだろう。


「私、どうしたらいいんですか兄さん。地球のヒト達が怖い……でも長好さんみたいにいいヒトだっている。私の大好きな町を嫌いになんてなりたくない。でも憎いの、怒りで全身が震えるの。でもこんな感情持つこと自体も怖くて……!」


 カオスだ。

 今エウローラの心はグチャグチャだった。


 いいことと悪いこと、全てをわかった上で、それでもどうにもできず、どうしたらいいのかわからない。このままではエウローラの心は千々に乱れ、最後には砕け散ってしまうだろう。


「エウローラ、落ち着け」


「私がこんなんだから、ピピも、精霊獣だって消えちゃうかも……!」


「エウローラ、一旦考えるのをやめるんだ」


「こんな私を知ったら、アレスちゃんにも嫌われちゃう! 私は、私は……!」


「エウローラッ!」


 俺は、負の感情を吐き出し続けるエウローラの口を塞いだ。

 両の頬を掴み、その唇に己の唇を押し付ける。


 エウローラが息を飲む。

 俺の唇ごとヒュっと息を吸い、そしてフぅと全身の力を抜いた。


「落ち着いたか?」


「……はい」


 エウローラの瞳は潤んだものになっていた。

 目尻に溜まった涙を指先で拭ってから、ポンポンと頭を撫でる。

 そして――


「てい」


「痛ッ――兄さんがぶった!?」


 俺は撫でていた手のひらを縦にして、ズビシっとチョップをお見舞いする。

 エウローラは途端涙目になった。


「まずは勝手に魔法を使用したこと。十王寺町内だったからよかったようなものの、他の場所だったら一発アウトだぞ」


 十王寺町内では、異世界人保護のため、魔法世界(マクマティカ)の法が適用される。あくまで自衛手段として『やむを得ざるにおける反撃行為』として魔法による正当防衛が認められるのだ。


「まあ、凶器を持っている可能性のある強盗を確実に制圧するために魔法を使ったのはいいとしよう。でも、本来そういうときは警察に通報すること。そしてそもそも、強盗をやっつけて捕まえてやろうとなんて思っちゃいけません」


「はい……ごめんなさい」


 エウローラはシュンと項垂れた。

 この子は頭のいい子だ。本来なら言われずともわかってるんだろうけど……。


「それから、異世界事業反対派に対して危害を加えること。これも絶対NG。暴力に対して暴力はダメ。それは一番短絡的で泥沼に陥るぞ」


 むしろやっかいなことに反対派はそれが狙いだったりする。

 エウローラを過剰に挑発し、追いかけ回したりするのも、あわよくば我慢の限界を迎えたエウローラが、自分たちを攻撃する画を撮影するのが目的だ。


 異世界の重鎮である龍神の娘が魔法で一般人を攻撃する。そんな動画が拡散されれば、異世界と地球との間には絶対に消えることのない溝が生まれてしまう。


「じゃあどうすれば、どうしたらあのヒト達を止められるの? 私たちは頭を下げ、目をつぶり、見て見ぬフリをするしかないんですか!?」


「もちろん違う」


 俺の腕の中、エウローラが必死な表情で見上げてくる。

 月の光を閉じ込めた琥珀の瞳を見つめ返しながら、俺はニヤリと不敵に笑った。


「そのために交流大使が必要なんだ。交流大使は異世界事業反対派への憎悪の象徴なり、それと同時に異世界に好意的なヒト、または中立的な考えを持つヒトを肯定派に鞍替えさせることもできるはずだ」


「ほ、本当に? 本当にそんなことが……!?」


 エウローラは二度、交流大使の話を断っている。

 一度目は俺が断った。二度目は自らの意思で拒否している。


 だが今思えば二度目のそれは、ちょうど彼女が反対派に狙われた時期であり、ターゲットにされている自分が交流大使を引き受ければ、きっと迷惑がかかると思ったのだろう。


「実は俺も方針を転換してな。交流大使は引き受けてもいいんじゃないか、って思うようになった」


「そ、そうなんですか……?」


「ああ、俺は確信している。お前とアレスティア、そして瑠依なら、きっと異世界人の希望に、そして地球人の憧れになれるってな」


 そうだ、何もアイドルみたいにチヤホヤされるだけの存在が交流大使ではない。この地球に住むすべての異世界人たちの希望に……そして地球の人々が憧れる存在にだってなれるはずなんだ。


 そのためには俺たちだけではダメだ。

 カーネーションだけでも、商店街だけでもダメなのだ。

 すべてが手をつなぎ、協力しあわなければ、成し遂げられない。


「エウローラ、もう一度お願いする。交流大使になってくれ。そしてお前を助けてくれたヒトを一緒に救おう」


「……わかりました、私やります……!」


 彼女の瞳には強い決意が宿っていた。

 反対派をやっつけてやりたい、などという小さな目的のためではない。

 もっと大きな、地球と異世界の未来のために交流大使になるのだと、そう決意した目だった。


「兄さん」


「なんだ?」


「私、地球に来て、兄さん出会えて本当によかった……!」


 琥珀色の美しい瞳には、まっすぐに俺が写っていた。

 そのセリフは流石に早くないか、と思ったが、言われて悪い気はしないのだった。

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