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第76話 交流大使ってなんですか篇2⑳ 幕間・アマァーカス家の人々のタケオの印象は?

 *



「ど、どうして兄さんがここに――!?」


 見知らぬ部屋。おそらく女の子の部屋。

 これまた見知らぬベッドから身を起こしたエウローラは悲鳴にも近い声を上げた。


 うむ。それは俺自身にとっても疑問だ。

 何故俺はここにいて、しばらくの間エウローラの寝顔を眺めることになったのかというと――



 *



 アリスさんから情報を得た俺は、アマァーカス家へと向かった。

 とはいえ、いくら妹が心配とはいえ、そこはあくまで常識的な時間――午前十時にピンポンをしたのだ。


 なんともはや、高層マンションの屋上にペントハウスとは洒落ている。

 屋上の扉の前には頑丈そうな鍵と、大きな画面付きインターホンがあり、俺は相変わらずの黒髪&瓶底眼鏡姿ではあるものの、ある程度髪を整え、服装は学校指定の制服をシワ無くビシッと着こなしている。


 ピンポーン、とインターホンを押せば、モニターにはなんと、羊角を持った極上美人が『はい、どちら様でしょう』と現れた。


『あのー、もしもし?』


「はッ――おほん。突然の訪問申し訳ありません。俺――私、タケオ・フォマルハウトと申しまして、エウローラ・エンペドクレスとは異母兄妹の関係にある者なのですが――」


『あらまあ。アリスさんから聞いてるわ。どうぞ入って』


 なんと。まあそりゃあそうだよな。

 できるメイド・アリスさんなら当然先方にお伺いを立てて、俺がお邪魔することも伝えてあるよな。さすがだ。有能すぎて秘書の麗子さん共々右腕にしたいくらいだ。


「ようこそ、いらっしゃい。私はクイン・アマァーカス。ここのお母さんです!」


 玄関を開けた途端、自己紹介をしてくれたクインさんは、両手を腰に当て、人好きする笑みを浮かべてそう言った。


 なんてチャーミングな方なんだろう。

 こんな女性と結婚できる男性が羨ましいと心底思ってしまった。


「ご丁寧にありがとうございます。改めましてタケオ・フォマルハウトです。この度はうちのエウローラがお世話になったようで、誠にありがとうございます」


 俺は一瞬だけカーミラスイッチを入れる。備えあれば憂いなし。カーネーションが大不祥事をやらかして、謝罪会見を行わなければならなくなった時用に練習していた最上級のお辞儀を披露する。そしてスッと頭を上げ、申し訳なさそうに力なく微笑んだ。


「タケオくん、だっけ。キミ、今いくつかしら?」


「え、15歳ですが……」


「うそ、アイビーと同じ? はー……なんかすご。大人っぽ」


 ぽ? 本当に砕けた感じのお母さんだ。

 でもなんとなくわかる。アリスさんとはかなり相性がよさそうな感じがする。


「あの、こちら詰まらないものなのですが」


「まあ! そんな気を使わなくていいのに。あら、これ駅前のコージーコーナーの箱ね! もしかしてアリスさんから聞いた? うちって子供が多くて……」


「はい、もちろん。ご主人の分も含めて10人分を――」


「申し訳ないわあ! お土産だけで樋口さん一人分なんて! でも嬉しい! みんなすんごく喜ぶわあ! 上がって上がって!」


 グイグイっと手を引かれる。すごいなこのクインさんってヒトは。

 女性は子供を生むたびに強くなる……って昔誰かが言っていたっけ。一人産んだら小結、二人産んだら関脇、三人産んだら大関、四人も産めば横綱級のパワーが宿るものなのだと。


 8人もお子さんがいるクインさんは、もはや比肩するものなどいない魔王クラスのタフさを身に着けている可能性がある。


「お邪魔します――うわ」


 リビングに入った途端、視線が突き刺さる。

 そこには朝食を終えたばかり(食器の量がすごい)の8人もの獣人種の子どもたちがいた。


 下は乳幼児から上は俺と同い年くらいまで。

 特に上の子――俺と同い年くらいか、ちょい下くらいの男の子は俺のことを訝しんだ目で見ているが――


「へいキッズ! こちらはエウローラちゃんのお兄さんのタケオくんよ。なんと、お土産にコージーコーナーのケーキセットをいただきました。はい拍手!」


 わーッ、パチパチパチ! と乳幼児と幼児以外が一斉に拍手する。

 俺を怪しんでいた男の子も、おざなりだが一応拍手していた。


「ケーキ、ケーキ!」


 三男と思われる子がぴょんぴょんとその場で飛び跳ね始める。

 おんなじ顔の女の子が「お兄ちゃんありがとー」と素直にお礼を言ってきた。


「あの、それでエウローラは?」


「あ、ごめんね。実はまだ寝てるみたいなの」


「そうなんですか」


 もう十時半過ぎてるぞ。

 さすがに寝すぎではないだろうか。


「何度か声はかけたんだけど、随分と疲れてるみたい。自然と起きるまで寝かせてあげようと思って……」


「何から何まですみません」


「いいのよ、気にしないで。昨日は色々あったみたいだから……」


 どうやらクインさんも商店街であった出来事は知っているようだ。

 異世界人であるクインさんと、その血を引く子どもたち。心配だろうな。せっかく地球に来てくれたのに、このヒト達も今、不安の渦中にいるのだろうか。


「さて、これから我が家はお茶タイムに入ります!」


 わー、やんややんやと子供たちは大喜びする。

「ああ、でも!」とクインさんは大げさに頭を抱えた。


「我が家は十人家族。タケオくんの分のケーキがないわ。しょうがないから、私たちがお茶している間、タケオくんにはエウローラちゃんがいる部屋にいてもらいましょう」


「え、ちょ、それは……」


「母さん、それはちょっとどうなの!?」


 俺以外に異を唱えたのは長男と思われる、一番身体の大きな男の子だった。


「なあにエビネったら、タケオくんとエウローラちゃんは兄妹なのよ。お兄ちゃんのタケオくんは妹の寝顔を見たって変な気持ちになったりしないわよ。ねえ?」


「も、もちろん、そのとおりです」


 いかん。即座に返答するつもりがどもってしまった。

 やめろ、下の子たちよ。そんな無垢な瞳で俺を見上げるな。


「まあ、龍神様のことだから、問題になっても大丈夫……なんて思ってそうだけど」


 ヒッ――このヒト、うちの事情詳しい!?

 しかも龍神様(オヤジ)の知り合い!?


「? 母さん、それってどういう――」


「じゃあ、お言葉に甘えようかな! エウローラはどちらで休んでるのでしょうか!?」


 突っ込まれる前に俺はこの場から逃げることにした。

 どうやらエウローラは長女さんの部屋で寝ているようだった。



 *



 タケオがいなくなったあと、アマァーカス家の人々はティーブレイクと洒落込んでいた。


「私ざくざくシュークリーム!」


「俺チョコレートケーキ!」


「私はいちごのショートケーキがいい!」


「お母さんはモンブランがいいなあ」


「チーズケーキおいしー!」


「あ、まだ食べるなよ、いただきますしてからだぞ!」


「わーん、兄ちゃんがフルーツケーキ取ったー!」


 ケーキ一つでまるで戦争のような大騒ぎだった。


 当然と言えば当然だが、乳幼児であるアンズはケーキがまだ食べられない。つまり一つ余るのだが、それを考えてはいけない。何故なら本気で戦争が起こるから。


 ちなみに3歳のスノウは、「これがいい」と自分で選んだプリンアラモードを、当然のように口周りをホイップクリームで汚しながら食べていた。


「それにしても……エウローラちゃんの兄貴があんなモッサリした男だなんて……」


 一人用のブッシュドノエルを食べながらそう言ったのはエビネだった。

 異世界で一位二位を争うとさえ言われるほどの美しさを持つ風の精霊魔法使いエアスト=リアス。


 その娘であるエウローラはなるほど、母親譲りの銀髪になめらかな褐色の肌をしていて実に美しい女の子だった。


 その兄貴というからどんな美男子がくるかと身構えていたのだが――期待ハズレもいいところだった。


「チッチッチ。わかってないなあエビネは。しょせんはお子様か」


「なんだよ姉ちゃん。あいつの肩を持つのか?」


 長男のエビネが姉ちゃんと呼ぶ人物はこの家に一人しかいない。

 長女であるアイビーだ。彼女はベイクドチーズケーキをフォークで綺麗に切り分けてからガフっと頬張る。


「んぐんぐんぐ……あれは擬態ね。多分。だってアウトラインとか、あと顔立ち、骨格、立ち振舞。全部が綺麗。完璧だもんあのヒト」


「はあ? なんだそれ?」


 骨格って。エビネにはとても理解できない。

 だがこのアイビーは、将来父と同じ芸術家を志している。

 物の形や構造を捉え、そのものの本質を見抜く観察眼は、父をも唸らせるほどだった。


「エウローラちゃん豊葦原だっけ学校……お兄さんも同じでしょ。ってことはあんたと同い年か、私とタメか。今まであんな綺麗なヒトがいるなんて噂にもなってないから、よほど上手に隠してるんだろうね」


 いやー、あのメガネの下にはどんな顔が隠れてるのか気になるわーと、アイビーは最後の一切れを口に入れ、紅茶をごくごくと飲み干した。


「訳わかんねえよ。そんなわけねえだろうが……あんなのがエウローラちゃんの……」


 納得できずグチグチ言う弟を見ながら、アイビーは「若いねえ」と中学生らしからぬ達観した感想を抱くのだった。

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