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第75話 交流大使ってなんですか篇2⑲ 超有能メイド・アリスからの報告

 *



 趣味じゃない。

 全く女の子の寝顔を眺めるなんてのは趣味じゃない。


 なんて無防備。

 あどけない。無垢。


 銀色の髪。

 カーテンの隙間から注ぐ陽光を浴びてキラキラと輝いている。


 眉毛、当たり前だがここも銀色だ。

 まつげも同じく、そして長い。


 鼻梁はスッと通っていて、鼻は若干日本人より高め。

 かと言って西洋人ほど彫りが深いわけではなく、どちらかというと日本人に近い顔立ち。


 唇。小さな花の蕾のようだ。

 下唇がプルンとしていて実に瑞々しい。


 これが女の子。

 若く瑞々しい。

 男とは何もかもが違う。


(リップ無しでこの保水力は何か秘密があるのか?)


 もしかしたら異世界由来成分の化粧水やリップクリームを就寝前につけているのだろうか。それならばこの質感も納得なのだが、まさか何もケアしないでこれだったらショックだ。こんな生き物がいたら、うちの商売が上がったりになってしまう……。


「いや、なにやってんだ俺は……」


 気がつけば延々とエウローラの唇を至近距離から見つめている自分がいた。これじゃあまるっきり変態じゃないか……などと自嘲しながら離れる。


 昨晩――昨晩は、例の交流大使のレッスンのあと、麗子さんの運転する車にアレスティアと瑠依を乗せて荘厳荘まで送ってもらった。送迎完了の連絡をもらったあと、麗子さんには直帰してもらい、時間差を見計らって俺も電車で帰社した。


 荘厳荘に帰ると、なんと驚いたことにアリスさんがまだ残っていた。

 時刻は22時近くになっており、織人はすでにグッスリと眠っていた。


「どうしたんですか、こんな遅くまで?」


 彼女がこんな時間まで残っていることは珍しい。

 俺の実家に通っていた頃は最低でも20時には帰宅していた。

 織人がおねむになるので、あんまり遅い時間に連れて帰ると可哀想だからだ。


「実は、至急お知らせしなければならないことがありまして……」


「何かあったんですか?」


 アリスさんは織人を抱っこしたまま、真剣な表情で口火を切った。

 それは、今日、友人の子供を保育園まで迎えに行ったその帰り、商店街アーケードの中で、異世界事業反対派が演説をしているのに遭遇したのだという。


「その演説の近くで、エウローラ様が、尋常ではないご様子でいまして……」


「尋常ではないって、どういうことですか?」


 俺はテーブル越しに身を乗り出して聞いていた。

 一瞬アリスさんがビクっとなり、その途端「ほぎゃあ、ほぎゃあ」っと織人が泣き出してしまった。


「す、すみません」


「いえ……ですが時間も時間ですので」


「ええ、わかりました」


 俺はエウローラを心配するあまり、声のボリュームを上げてしまった。

 落ち着け。少なくともアリスさんがこんなに冷静でいるのだ。

 エウローラがどうこうなってしまった、ということはないだろう。


 やがて泣いていた織人が静かになり、再び「すうすう」と寝息を立て始めた。なんとまあ、寝付きがいい子だ。正直子供の泣き声くらいなんでもないが、織人が泣き止まなくて困ったなんてシーンにはお目にかかったことがない。


「タケオさん、少し、織人をお願い出来ますか」


「え、ええ……」


 眠っている織人を慎重に受け取る。

 うわ、熱い! とびっくりしてしまうほど、織人の体温は高かった。

 赤ちゃんってこんなに熱くなるのか。すごいな。


 アリスさんはシステムキッチンの方へと向かい、お茶を淹れてくれる。

 コンロで湯を沸かすのではなく、電気ポットに常備してあるお湯を使うようだ。


「すみません、お夕飯もまだなのに、時間を取らせてしまって」


「いえ、俺の妹のことですから。それを報告するために遅くまで残っていてくださったんでしょう。感謝しかありませんよ」


 アリスさんに織人を返しながら、淹れてもらった緑茶を飲む。

 ふう。空きっ腹に熱いお茶が美味い。


「異世界事業反対派の方がいたのは、とあるご婦人が店主をしているお店の前でした。……それで、タケオさんはご存じないと思うのですが、実は最近商店街では魔法少女が現れて、悪者を退治するという事件がありまして……」


 ははあ。なんか話がつながってきたぞ。

 小山田さんから電話で聞いた話のことだな。


 小山田商店会長から聞いたのは、最近十王寺町界隈において、魔法少女のコスプレをした女の子が現れ、コンビニ強盗を捕まえたり、酔っぱらい同士の喧嘩を仲裁したりしているのだという。


 小山田さん曰く、それ自体は別に構わないと。

 コンビニ強盗はそもそもが犯罪者だし、むしろ十王寺警察署が感謝状を送りたいと言っているくらいだと。


 そして酔っ払って店外で喧嘩をしていた者たちは、その褐色の(・・・)魔法少女にすっかり心酔してしまい、今ではわざと喧嘩をするフリなんかして、また叱りに来てくれないかなあ……などと公言しているらしい。


『とにかく、そのコスプレしてる女の子は銀髪に褐色の肌をしていたらしいんだよね』


「へ、へえ、そうなんですか……」


 身内の特徴をズバリと言われ、俺はカーミラの格好をしたまま、天井を仰いでいた。


『それで、去り際、空を飛んだみたいなんだよ』


「は、はあはあ、なるほどなるほど……」


『あとなんか小鳥を侍らせて会話してたって』


「…………」


 間違いない。俺の妹のエウローラじゃあーりませんか。

 何をやってるんだよあの娘っ子は。


『いや、まあいいんだけどね。悪いことしてるわけじゃないし』


 いいの? 随分と寛大だな十王寺商店会長。さすが交流大使発祥の地というべきか。


『でもね、うちの界隈には厄介なのがいるんだ。異世界人を目の敵にしてるとんでもないのがいてさあ……だからもしもその魔法少女がキミの関係者だった場合、気をつけるように言っておいてほしいんだ』


「お話の内容はわかりました。お気遣いいただきありがとうございます」


 軽い別れの挨拶をして通話を終える。

 どうやら本当に心配をして電話をかけてくれたらしい。


 ただ俺の方も学校やらレッスンやらで忙しくて、エウローラに確認を取るのが遅れてしまっていた。


 そして今日のアリスさんの話へと繋がる――


「お店の営業を妨害されたと、ご年配の店主が抗議をしたところ、反対派の女性が暴力を振るいまして。それでエウローラ様が……」


 アリスさんが言葉を濁す。

 エウローラが何をどうしたというのだろう。

 俺は沈黙を以て先を促した。


「私が止めなければ、エウローラ様は反対派の方を傷つけていたかもしれません……実際にそうしたわけではないのですが、でもとても怖い顔をされて、飛び出そうとしていましたので……」


「そうですか……」


 よくぞ報告してくれたというべきか。

 どうやら交流大使を断った妹の方が大きな問題を抱えていたようだ。


 俺はそんなことも知らず、アレスティアや瑠依にかかりっぱなしになっていたことを反省する。


 さらにアリスさんは、今現在、エウローラを彼女のママ友のところに預けているのだという。


「その方はアマァーカスさんと言って、奥様が異世界の方なんです。とても信頼できる方です。お子さんたちが8人もいて、とっても明るくて元気の出る家庭なんです。なので――」


「ええ、何から何まで、お気遣いありがとうございますアリスさん」


 俺は立ち上がり、深々と頭を下げた。

 彼女がエウローラを止めてくれなければ、交流大使どころではない。

 もっととんでもない事態になっていたかもしれない。


「いえ、私も異世界のヒト種族ですし、やっぱり地球の方とは仲良くしていきたいので……」


「ええ、そうですよね……」


 そうだ、そのとおりだよ。異世界事業の発展はアリスさんと、そして小さな織人の未来にも直結しているんだ。俺はなんとしてでも交流大使の件を成功させなければならない。そのためにもまずは――


「タケオさん、どうかエウローラ様のこと、よろしくお願いします」


「任せておいてください。俺の大事な妹でもありますからね」


 俺は翌日、菓子折りを購入してから、そのアマァーカスさんの家へ、エウローラを迎えに行くのだった。

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