第74話 交流大使ってなんですか篇2⑱ 黒く染まりし風のこころ
*
「さ、全員座ってー、では、いただきます!」
――いただきます!
この家のお母さん、クインさんの号令により、子どもたち全員が唱和する。
小さなスノウちゃんも「いたらきます!」と舌っ足らずに言っている。可愛い。
私たち――私を含めたクインさんと、八人の子どもたち。
長女のアイビーさん、長男のエビネくん。次女で私と同い年のカザニアちゃん、一つ下の次男コリウスくん。双子の兄妹ジャガくんとダリアちゃん。そして三歳のスノウちゃんと、生後半年のアンズちゃんが勢揃いしていた。
旦那さんであるアマァーカス氏は、しばらく仕事から手が離せないらしく、本日も遅くなるようだ。
そしてアリスさんと織人くんは今この食卓にはいない。
彼女は荘厳荘に兄さんたちの夕飯を作りに行ってしまった。
そこで、私がアマァーカスさんの家でご飯を食べてくることを上手く伝えてくれるという。
今の私は空元気も出ないような状態だ。
荘厳荘に帰れば、アレスちゃんを心配させ、何があったのかと問い詰められてしまうだろう。
そんな面倒な私を突然受け入れてくれた、アマァーカス家の皆さんには感謝しかなかった。
「うおお、うまそー!」
三男のジャガくんが悲鳴のような声を上げた。
本日のメニューはカレーだった。
カレーはカレーでもただのカレーではない。
なんと巨大チキンカツとタルタルソースがたっぷりと乗った、超豪華ボリューム満点カレーであり、付け合せは福神漬と細かく刻んだらっきょう、さらにはたっぷりマヨネーズのマカロニサラダだった。ゴクリ。これはすごい。カロリーもすごそう。
男の子たちの食欲は凄まじく、ガツガツととんでもない勢いで食べていく。
「さあ、エウローラ様、遠慮せずに食べて食べて。あ、でもアリスさんの料理と比べたらダメよ〜。あっちは料理のプロ。私は単なる主婦ですからね〜」
そう言ってクインさんが、にこやかに食事を勧めてくれる。
獣人種白羊族の女性で、とっても立派な羊角が頭の両脇から生えている。八人(!)もの子供を産んだ女傑であり、元獣人種共有魔法学校の先生だったという。
獣人種共有魔法学校とは、中立緩衝地帯であるナーガセーナ領にあるアーク巨樹の中身をくり抜いて作られた魔法学校のことだ。
獣人種社会では、魔法を学ぶためには長らく私塾に通わなければならなかった。秘匿性が高く、一族や親兄妹よりも私塾の教えを優先せよという強硬な考え方を植え付け、さらにはとても高い学費を取ることで有名だった。
そんな私塾は、各獣人種列強氏族たちの支援を受けて運営されており、卒業後は列強氏族たちの兵士となることが決まっている。
要するにどの私塾に入学したかによって、将来自分が所属する就職先が決定し、列強氏族同士のパワーゲームの駒として使われてしまうのだ。
そんな列強氏族たちの思惑を崩そうと、心ある列強氏族たちにより設立されたのが共有魔法学校だった。
私が生まれる以前、お父さんもそこで教鞭を取っていたことがあり、魔法教育に革命を齎したことで、後年には勲章を与えられていたりする。
クインさんはそんな魔法学校の元先生であり、私のお父さんとも一時期同僚という立場だったというが――
「同僚だなんてとんでもない。立場上はそうでも、私はあの頃メチャクチャ尖っていたので、エウローラ様のお父様には思いっきり楯突いてたんですよ」
「とがってたってなーに?」
スノウちゃんが無邪気に質問する。
クインさんは自嘲気味に笑いながらも、カレーまみれのスノウちゃんのお口を拭いてあげる。
「うーん、そうねえ。ちょっと前のエビネみたいだったってことかなー」
「嘘、お母さんがッ!?」
カラン、とスプーンを取り落しながら驚いたのは、長女のアイビーさんだ。
今聞いた言葉が信じられないという風に、眉間にシワを寄せ、ゆるゆると首を振っている。
「や、やめろよ母さんも姉さんも! エ、エウローラ様の前で言わなくてもいいだろ……!」
言われた本人、エビネくんは赤くなりながら私の顔色を伺っている。
次女のカザニアちゃんと、次男のコリウスくんが「兄ちゃん顔赤いー」とからかっている。エビネくんは俯いて縮こまった。
「正体を知らなかったとはいえ、龍神様にも随分突っかかってたっけ……あ、でももう時効だから勘弁してくださいね、エウローラ様」
「いえ、時効もなにも……」
お父さんはデリカシーに欠けるところがあるから、クインさんに失礼なことを言って怒らせていたのではないだろうか。もしくはお父さん特有の飄々とした態度が気に触ったのかもしれない。それよりも――
「ここは魔法世界ではないので、どうか様付けはやめてください」
「あ、そう? じゃあエウローラちゃんって呼ぶわね!」
ガクっと、私は椅子に座りながらずっこけそうになる。
クインさんはあっさりと、私に対する敬称をやめた。
いや、いいんだけど。それを望んだのは私だし。
でもそんな簡単に態度を翻されると戸惑っちゃうよう。
「あんた達も、エウローラさんでもエウローラちゃんでもエウローラお姉ちゃんでも好きに呼びなさい。ただし、魔法世界に行ったら『様』付けすること。このヒト王女様だからね。しかも精霊魔法使い様だから。その辺よーく理解しておきなさい」
子どもたち――赤ちゃんのアンズちゃんと、まだ三歳のスノウちゃんを除き、全員が「はーい」と返事する。途端、気安い態度になった長女のアイビーさんが話しかけてきた。
「ねえねえ、エウローラちゃんってどんな魔法が使えるの!?」
突然の質問に私は食べかけていたカレーを口端から零しそうになる。
いきなりちゃん付け。まあ、様付けで呼ばれ続けるよりかはいいけど……。
「えっと、私のお母さんもお姉さんも風の魔法使いなので――」
「エアリス様とアウラ様よね! ああ、思い出すなあ、子供のときに行ったダフトンの龍王城。謁見の間にいたエアリス様、とっても綺麗だった。アウラ様もとっても愛らしくて、最後は私に風の精霊の祝福をくださったのよねえ」
アイビーさんはスプーンを持ったまま手を組み、うっとりとした。
そうか、お母さんたちには会ったことあるんだ。
「風の魔法かー。色々できそうでいいよなあ。夏とかエアコンいらないし。母ちゃんの魔法は焼くことしかできないしなあ」
こちらは次男のコリウスくんだ。
彼は早くも一杯目を平らげ、クインさんに山盛りでご飯を装ってもらっている。
「なーに言ってんのよ。そのお蔭でキャンプのときに火種忘れても問題なかったでしょう?」
「火ぃ強すぎて松阪牛が真っ黒焦げになっちまったじゃねーかよ!」
あはははッ、と家族全員が笑った。
私も釣られて少し笑ってしまう。
温かいな。うちとは違った雰囲気だけど、とっても温かい。
そうだ、私は地球にきて、アレスちゃんと兄さんと、こんな感じの食事がしたかったんだ……。
そう思った次の瞬間、私の頭上――アマァーカス家のリビングの天井付近を「ピピピ!」っと小鳥が羽ばたく。
それは私の頭の上に止まると、まるで自己紹介でもするように「ピーッ!」と甲高く鳴いた。
「あ、紹介します。この子は私の精霊獣でピピっていう――」
「すげえッ!」
真っ先に叫んだのは三男のジャガくんだった。
アイビーさんやエビネくん、カザニアちゃんにコリウスくん、ダリアちゃんも、あんぐりと大口を開けていた。
「本当にすごいわ。これは精霊獣……純粋な魔力と風の魔素で編まれた高次元の生き物よ。あんた達、拝んどきなさい! 絶対ご利益があるから! 特にアイビー、あんた今年受験なんだからね!」
さすがクインさん。純粋な獣人種として、四大精霊信仰がしっかりと彼女の中に息づいているのがわかる。
そして手を合わせたお母さんに習うよう、子どもたち全員が私の頭上のピピを拝み始めた。
「ピッ!」
ピピもなんだか偉そうにふんぞり返ってる――見えないけどそんな気がした。
「あー、とり、しゃん、とり」
スノウちゃんは再び口の周りをカレーでベタベタにしながらも、私の方へと手を伸ばしてくる。
「ねえ、ピピ?」
私が一声かけると、意図を察したピピがパタタっと飛び立ち、そして音もなくスノウちゃんの頭の上に止まった。おお……っとアマァーカス家の人々から感嘆の声が上がる。
「あー、キャッキャ!」
スノウちゃんは大喜びだった。
なんとか頭の上のピピに触れようとしているのだが、ピピは絶妙にホバリングしながらその手を躱している。そりゃあね、カレーでベタベタだもんね。さすがに嫌だよね。
その後、ピピはまるで祝福を与えるかのように、アマァーカス家の人々の頭や、肩の上に順番に止まった。
そして最後には私の手の中に収まり、「ヒト仕事終えてきたぜ」みたいな風味で胸を張った。
「ありがとう、お疲れ様」
私はピピを再び頭の上に乗せ、残りの食事を片付け始める。
妙に静かだった。ふと顔を上げれば、全員から注目されていた。
「あの、何か……?」
「いい……」
目を向ければ長男のエビネくんが、ポーッとした顔で私を見つめていた。
彼はしばらくそうしていたあと、ハッとして、慌てて自分の口を塞いだがもう遅かった。
「なにこいつ、エウローラちゃんに惚れたか〜!?」
「バッ、ちげーよ!」
アイビーさんが肘でエビネくんを強めに突いている。
「私知ってるよ、ふけーざいって言うんだよ!」
「だから違うって!」
ダリアちゃんに指摘されるとエビネくんはムキになって否定した。
彼は散々家族全員から誂われたあと、コップの水を一気飲みしてから「ふう」と息を吐き、口を開いた。
「ただ、さっきまでずっと暗い顔してたから、そうして笑ってたほうがいいなあ、って思っただけで……」
「え」
言われてから気づく。
私、いつからそんな顔を……?
「そ、そんな大したもんじゃないよ、ただちょっと落ち込んでるのかなあって私も心配にはなったけど、ねえ?」
こちらはアイビーさんだ。
彼女からみても、私の様子はあからさまに変だったらしい。
「今は元気」
「元気。だから大丈夫」
「ありがとう……」
カザニアちゃんとコリウスくんが励ますように言ってくれる。
私はなんとか、笑いながらお礼を言えた……と思う。
*
その日、私はアマァーカス家にお泊りすることになった。
アイビーさんとカザニアちゃん、そしてダリアちゃんの四人でお風呂に入った。
そして今私は、アイビーさんの部屋のベッドを借りて、暗い天井を眺めていた。
夕飯を食べていたとき、ピピが現れたタイミングを思い出す。
アマァーカス家の人々の、楽しい雰囲気に触れ、兄さんたちとの団らんを頭の中で思い描いたとき、ピピは唐突に現れた。
ピピは精霊獣だ。
精霊とは愛の意志力によって生まれる存在である。
魔法の行使には、『愛の意思』と『憎の意思』という二つのアプローチがある。
わかりやすく言えば、誰かを癒やす治癒魔法は愛の意思力で、誰かを傷つけたい、害したいと放つ攻撃魔法は憎の意思力で放つのだ。
初めてのことで気づかなかったが、私は反町純礼さんの演説や、その後の長好さんへの暴行を見て、本気で『殺意』を抱いたのだと思う。
故にピピはしばらくの間、顕現しなかった。
私の心が憎悪に染まって真っ黒になっていたから、精霊は現れてはくれなかった。
私の黒く染まった心に気づき、危うんだからこそ、アリスさんは愛の意志力で溢れる、このアマァーカス家へと連れてきてくれたのかも知れない。
私は寝返りを打つフリをしてそのままベッドの上に丸まった。
爪が食い込むほど強く、己を掻き抱く。そうしていると、ブルブルと、身体の奥から震えが沸き起こってきた。
――魔法を使って誰かを害したいと思ったのは初めてだった。
怖い。こんな黒い感情を抱く自分が。
そのせいで誰かを本当に傷つけてしまったら。
そして精霊に見捨てられ、もう二度とピピに会えなくなってしまったら。
「嫌だ、怖い、怖いよ……!」
生まれてから13年。
私は初めて、恐怖に震えながら眠りについた。
悪夢は見なかったけど、でも、胸の奥がシクシクして、ずっと痛かった。
痛いよ……助けてお父さん、お母さん、お姉ちゃん、アレスちゃん……。
「…………兄さん……」
「ああ、起きたか?」
「えッ――!?」
まさかの声。
自分が今誰の名を口にしたのか遅れて気づく。
ガバっと起き上がれば、タケオ兄さんがベッドの端っこに座って、私のことを心配そうに見つめていた。




