第72話 交流大使ってなんですか篇2⑯ 力の暴力と正論の暴力
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なんだこれは。
一体、何が起こってるの!?
『皆さん、異世界人――魔法世界人に心を許してはなりません。彼らは侵略者です。私たちの隣人のフリをして、いつか牙を剥いてくるでしょう!』
それは数日前の夜と同じ、仮面を被った反町純礼さんだった。彼女は私が行こうとしていたお店――長好さんのお店の前で拡声器を使い、マイクパフォーマンスをしている。
今は夕食前。
学校帰りや仕事帰りの人々で商店街が最も混雑する時間帯。
アーケードには様々なお店――食べ物屋さんが並び、人々は足を止めて、夕食のおかずを買い込んでいく。
そんな中、一際異色を放つのが彼ら――反異世界事業を掲げる純礼さんたちだった。
『私たちは日本国民の権利を守るために日夜活動しています。先日も不当に魔法の力を行使し、一般市民を傷つける異世界人の追跡をしていました。ですが、このお店の主人はそんな異世界人を匿い、擁護したのです!』
みんな純礼さんとは目を合わさず、素通りしていく。
だが、話自体には耳を傾けているようで、通り過ぎたあと、何人かは振り返り、また歩き始めるを繰り返している。純礼さんのボルテージはまだまだ上がっていく。
『異世界人は悪しき敵です! 私たちはその行動を注視し、監視し、抑制していかなければならない! そしてそれを庇い立てする日本人は非難されるべきです!』
「そうだー」
「そのとーり」
「いいぞー」
純礼さんの後ろに並んでいるお兄さんたち――こちらも仮面を装着している――が同意の声を上げている。
私は、ブルブルと身体の奥から震えが沸き起こるのを感じていた。
怒りと悲しみ、そしてどす黒い感情が自分の奥から溢れ出てくる。
あのヒトたちを止めなければ。
そもそも私は、あのヒト達の言うような暴力は振るっていない。
全部嘘だ。私は自分の身を守るために魔法を使っただけで、あなた達を攻撃なんてしてないのに――
「かきいれ時だってのにうるさいね。一体何の騒ぎだい」
お店の中から、腰の曲がった老婆が現れる。長好さんだ。
長好さんは、店の前を不当に占領する純礼さんをジロリと見上げ、その後ろにいるお兄さんたちにはことさら睨みを利かせた。
「店の前で演説なんかされたら迷惑だよ。さっさと帰っとくれ」
『皆さん、この方です! この方が暴力的な異世界人を庇ったのです! この方のお店でお買い物をするということは、引いては異世界人の利益になります! 心ある日本人の皆さんは、別のお店を利用するようにしましょう!』
純礼さんは拡声器を使い、ことさら大きな声で叫んだ。
さすがの大音声に何人かが足を止め、遠巻きに様子を伺っている。
(なんてことを――!)
事情をよく知らない第三者に悪い印象だけを与えて、長好さんのお店の営業を妨害している。
長好さんは私を助けてくれただけで、異世界事業とはなんのつながりもない。それなのに、これはあんまりすぎる。
あなた達は正義のつもりでも、私たち異世界人からすればそれは暴力。
とても許容できるものではなかった。
「やれやれ、みっともないねえ」
私が飛び出そうとする直前、長好さんは大きなため息をつき、仮面の女性――純礼さんを見上げる。小柄な純礼さんよりも、腰の曲がった長好さんの方がずっと小さかった。
「あんたはいつまで嘘をつき続けるつもりだい」
「嘘? 私は真実を話しているにすぎませんよ。先日の異世界人は私たちに魔法を使った攻撃を――」
「違うよ。いや、それも嘘っちゃあ嘘だが、私が言ってるのはあんた自身のことさね」
「私自身のこと……?」
純礼さんは自分の肩くらいまでしかない長好さんを至近から見下ろす。
相手は純礼さんだけではない。彼女のお兄さん三人もまた、長好さんを取り囲むように見下ろし、圧を放っている。
4人を向こうに回し、それでも長好さんは臆すること無くハッキリと言い放った。
「もう個人的な憂さ晴らしは終わりにしたらどうだい。もう三年近くが経つんだ。いい加減、異世界反対を隠れ蓑して、世の中のめんこい女に憎悪を向けるのはやめな」
ビシっと、何かひび割れる音が響いた。
いや、それは幻聴だ。だが、確実に今の言葉で、純礼さんの中の何かが壊れた。
「この――――ババアッ!」
瞬間沸騰した純礼さんは拡声器を放り出し、まるでケダモノのように長好さんへと飛びかかった。
全ては瞬きの間だった。
三人のお兄さんたちの手が伸びて、純礼さんの服や肩を掴み、お腹に手を回し、なんとか取り押さえることに成功したはいいものの、わずかに遅かった。
突き飛ばされた長好さんが、固い地面に尻もちをつく。
――あんなに小さな、腰の曲がったおばあさんが、勢いよく腰を打つ。
それだけでひょっとすれば、致命傷にもなりかねないほどの怪我を負ったかもしれない。
プツン、と。
私の中で何かが切れた。
……許さない。絶対に許さない!
魔法を使った暴力が本当はどんなものなのか、彼女たちにわからせてやる――
「――ッ!?」
目の前に大きな胸が立ちはだかった。
バイン、と弾かれる。顔を上げれば、そこには――
「アリス、さん?」
メイド服姿のアリスさんが、厳しい表情で、残酷な言葉を言い放つ。
「エウローラ様が出ていってもなんの解決にもなりません。むしろ相手の思うつぼです」
「――ッ、それでも――!」
それでも、アリスさんを押しのけようとした次の瞬間、ギュっと後ろから制服を掴まれる。え、と振り返っても誰もいない。
いや、下だ。
あまりにも小さすぎて視界に入らなかった。
「だめ、だめなの……」
小さな女の子だった。
幼稚園前くらいの年齢だろうか。
女の子は異世界人だった。
頭の両脇には小さな羊の角が生えていた。
「うう、うええ……」
小さな小さな女の子が、懸命に泣くのを堪えていた。
どんなに幼くても、自分たちが非難の対象に――悪意を向けられていることがわかるのだろう。
こんな小さな女の子ですら、同胞のことを思い、泣きたいのを我慢しているというのに私は――
「スノウちゃん……」
アリスさんは小さな女の子を優しく抱えあげる。
ヒックヒックと、女の子はアリスさんの胸元に顔を埋め、声を殺して泣き始めた。
私の中にあった激情は完全に消えていた。
「はい失礼、十王寺警察署です」
「こちら、道路使用の許可は取っていますか?」
振り返れば、制服を着た警察官が場に介入してきたところだった。
「大丈夫ですか? 暴行を受けましたか?」
「いや、なんでもないよ。年寄りだから足元がふらついてね」
警察官の手を借りることもなく、長好さんはスックと立ち上がった。
私はその姿に心の底から安堵した。
「私が通報しておきました。あとは彼らに任せて行きましょう」
どうやら私が行動を起こすより前に、アリスさんが匿名で警察を呼んでいたらしい。警官が到着するより早く、長好さんが突き飛ばされ、私が動き出したので、慌てて止めに入ったそうだ。
「行くって、どこに……?」
「エウローラ様次第です。荘厳荘に戻りますか?」
「――ッ!?」
ダメだ、今の私はひどい顔をしている。
きっとアレスちゃんに気づかれる。
もしもアレスちゃんが、私の気持ちを理解してしまったら。
必ず私と同じ行動に出る。いや、私よりも過激な報復をするだろう。
だから荘厳荘には戻れない。
私は無言で首を振っていた。
「わかりました。私の友人の家に行きましょう」
コクリと頷き、足早に歩き始めたアリスさんの背中を、私は追うのだった。




