第71話 交流大使ってなんですか篇2⑮ 仮面をつけても自分は自分
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反町純礼。
彼女は幼くして両親を亡くしてしまう。
でも純礼には三人の歳の離れた兄がいた。
タカシ、レンタ、コウジ。
長男のタカシとは20歳以上。
三男のコウジとも9歳も年齢が離れていた。
純礼は両親がいなくて寂しいと思ったことは一度もない。
何故なら兄たち三人が彼女の親代わりだったからだ。
大切に大切に。それこそ目に入れても痛くないほど、三人の兄たちに溺愛されながら成長した純礼は、我がままに育つこともなく、とても慎ましく、真面目で頭のいい女の子に成長した。
ご両親がいなくて大変ね、可哀想ね。
そんなことを言ってくる大人たちもいたが、純礼は生まれてから一度も、大変だと思ったことはないし、辛いと思ったこともない。
「兄さんたちがいるから全然平気です」
兄たち三人はそんな妹を自慢にしていたし、純礼もまた兄たちを誇りに思っていた。
「私らもずっと気にかけてはいたんだ。でも本当に仲の良い兄妹でねえ。苦労を苦労とも思わず、実にたくましく生きていたよ」
仲のいい兄妹。それは素直に羨ましい。
私は兄さんのことが好き、だと思う。
でもその気持ちに自信が持てない。
それは兄妹という関係よりも、お嫁さんになることを第一に考えているからだ。
物心ついたときから一緒に暮らしていて、気心の知れた関係だったら、魔法少女になりたいという願望も、素直に兄さんに相談することが出来ていただろうか……。
「でね、ある時、純礼に恋人ができたんだ。将来を誓い合っていたそうだよ」
「わあ、おめでとうございます」
私は祝いの言葉を口にしていた。
でも長好さんは渋い顔をした。
「めでたい結果にならなかったから、あんな風になっちまったんだよ」
「あ、そっか。そうですよね……」
言われてみれば当たり前のことだ。
もしもその純礼さんが結婚して幸せに暮らしていたら、さっきみたいに私のことを追いかけ回したりはしていないはずだ。
「子供相手にこんなこと言うのもアレだけどね。寝取られたそうだよ、フィアンセの男を別の女に……」
清く慎ましい純礼さんとは正反対の女性……だったそうだ。
とても綺麗で派手で、スタイルもすごくいい女のヒトに、婚約者を奪われてしまった。
元々純礼さんの婚約者は資産家の息子で、そんなヒトが真剣に純礼さんを幸せにします、と言っていたからこそ、お兄さんたちも可愛い妹さんをお嫁にやる決意をしたのだ。でも反町さんは兄妹揃って裏切られてしまう。
「それから純礼は変わってしまった。テレビ、雑誌、ネット……目に映る綺麗な女たち全てに憎悪を向けるようになったそうだよ。家の中をメチャクチャに荒らして、兄貴達が持っていたグラビア写真ですら破り捨てたそうだ」
「…………」
笑いが絶えなかった理想の家庭は消滅した。
末の妹が絶望し、狂い、憎悪にまみれてしまったため、兄たちはそんな妹を刺激しないよう、妹の要求のすべてを飲むイエスマンに成り下がった。
上の兄にもまた、婚約間近な女性がいたそうだが、妹がヒステリーを起こすため、結局は破談になってしまったそうだ。
「それだけで済めばよくある一家庭の不幸で終わったんだけどね」
「ど、どういうことですか……?」
それだけって……私からすればかなり重い話なんですけど。
でも、何十年も人生経験を積んでる長好さんからすれば、よくある不幸の一つに過ぎない、ということなんだろうか。
「それがアレだよ」
新しく淹れ直したお茶(香ばしい香りがする)を私にも勧めながら、長好さんは顎をシャクった。
それは襖に貼られた一枚の色あせたポスター。
交流大使。とても綺麗な異世界の女性たち。
まさか――
「たまたま目についたんだろうね。でも気付いちまったら無視できるはずがないんだ。あんなべっぴんな子たちばかりなんだから」
案の定、純礼さんのターゲットが交流大使になった。
日本人の権利を守るためとか、地域の安全を守るためとか、そんなことは単なる『おためごかし』で、本当は綺麗な女性が憎いだけ……。
綺麗な女性がたまたま異世界のヒトだったから、もっともらしい言葉でコーティングして誤魔化した。
故に全ては私怨。
いや、私怨ですらない、個人的な憂さ晴らし。
さっきはその標的にエウローラがされてしまった。
「でも安心おしよ。目立つ行動さえしなけりゃ、自分から積極的に絡んでいったりはしない。なにせ相手は素人に毛が生えたようなもんだからね。スマホの写真も動画も、あんただってよくわからなかったし、個人なんて特定されないよ」
長好さんは、私の不安を打ち消すよう、優しい笑みを浮かべた。
そうすると顔中にシワが走ってクシャクシャになる。
私は、胸の奥がジンっと熱くなった。
「……はい。ご迷惑をおかけしました。今日はこれでお暇します」
そう言って私が立ち上がると「お待ち」と呼び止められる。
「そんな格好で帰る気かい? まさか飛んで帰るつもりじゃないだろうね?」
ギクリとなった。
そのとおりだ。
姿を消して飛んで帰るつもりだった。
「はあ。賢いんだか抜けてんだかわからないね。ちょっとお待ち。娘の浴衣があったからそれを着て帰りな」
「い、いえ、助けていただいただけでなく、そこまでご迷惑は――」
「そんな魔法少女のこすぷれ? のまま帰られて、またあの連中に見つかる方が迷惑だよ。十王寺商店街でこれ以上問題は起こさないでおくれ」
「はい……」
私は何も言えなくなった。
長好さんはタンスの奥から綺麗に折りたたまれた浴衣を取り出し、私に着付けてくれる。淡い紺色の浴衣で、風鈴の絵柄がとても可愛らしい。
「かー、何着ても似合うね。異世界人はみんなそうなのかい? それともあんただけ特別なのかねえ」
「ありがとうございます。でも私より、私のお姉ちゃんの方が綺麗ですよ」
この柄なら、私の銀色の髪よりも、アレスちゃんの金色の髪の方が映えるだろうな、と思った。
「こんな夜中に浴衣姿もないだろうが、さっきのよりかはマシさね」
「あの、長好さん、本当に今日は――」
「早くお行き。夏前だ。夜は冷える。暖かくして早く寝るんだよ」
「はい……」
そうして私は、僅か5分ほどを浴衣で歩き、荘厳荘へとたどり着いた。
「ピピ、周りに誰もいない?」
「ピッ」
「うん、じゃあここだけ」
玄関は戸締まりがされていたから、仕方なく風の魔法で飛び上がり、鍵が開いたままになっている自室の窓から帰宅した。
そーっと隣室の様子を伺う。
大きな壁に穴が開いていて、そこにはカーテンがかけられている。
私は音を立てないよう、窓から出たり、戻ったりする際は、遮音の魔法を使っている。
それを解除して耳をすませば、「すー、すー」っと、アレスちゃんの寝息が聞こえてきた。ほっ、バレてないみたい。
再び音を遮る魔法を部屋中に張り巡らせ、スマホで検索をする。
「浴衣のたたみ方ってどうすればいいんだろう」
長好さんは娘さんの浴衣と言っていた。
とても大切なものだろう。
後日クリーニングして返しに行かなければ。
私はハンガーを横に重ねて広げたものを自作し、壁際に浴衣をかけ、その日は就寝した。
ベッドに横になりながら思い出す。浴衣の着付けをしながら、長好さんは言っていた。「仮面を被って正体を隠しても自分は自分。自分以外の誰かになんてなれやしないのにね」と。
それは反町さんのご兄妹に向けて言った言葉。
彼らは何故か反異世界を訴えるとき、あのような仮面を被って現れる。
ご近所で顔が割れているから、反町純礼以外の何者かになって――なったつもりになって、別の誰かを攻撃しているのだろうと。
でもそれは私もそうだ。
私は魔法少女になりたかった。
魔法少女と同じ格好をすれば、ピュア・ウィンダムに――違う誰かになれる気がした。
でも結局自分は自分なのだ。
長好さんの言ったとおり、私は私――エウローラ・エンペドクレスなのである。
強盗を捕まえたのも、酔っぱらいを仲裁したのも、ピュア・ウィンダムではない。エウローラ・エンペドクレスなのである。
「アリスさんに、浴衣のお洗濯の方法聞かないと……」
それから数日後。
私は綺麗に畳んだ浴衣を紙袋に入れ、お土産のお菓子を持って長好さんのお店へと向かった。
あの日以来、私は魔法少女にはなっていない。
学校の行き帰りで商店街は通るが、反町純礼さんたちを見かけることはなかった。
やっぱり、おとなしくさえしていれば害はないのだろう――
『ご通行中の皆様方ッ! こちらの園町お茶屋店は、不当にも異世界人を擁護する悪しきお店です! 決してお買い物などなさらないようお願い申し上げます!』
そこには、お店の前で拡声器を片手に唾を飛ばす、仮面をつけた純礼さんがいたのだった。




