第70話 交流大使ってなんですか篇2⑭ その町に住んで長いヒトのお話
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私が通されたのはお店の奥、住居スペースだった。
畳張りの和座敷で、まんまるの蛍光灯の真下にはテーブルと座布団。奥の方にはお仏壇があり、遺影が飾られている。部屋の隅には柱時計があり、コッチコッチと振り子が規則正しく揺れていた。
「あたしゃね、『そのまちながい』って言うんだ」
「え?」
おばあさんは私に座るよう促しながらそう言った。
この町に住んで長いんですか――という言葉を飲み込む。
あ、園町っていう名字か、と思い至り、誤魔化す意味でも私は聞いた。
「ながいさん、ってどんな字を書くんですか?」
「普通の長いに好きって書くんだ。それで長好だよ」
「へえ、長好ではないんですね。織田信長の大甥の名前と同じ字なんですね」
「なんでそんなこと知ってるんだいこの子は」
長好さんはギョっと目を剥いたあと、ジロジロと私を見つめてきた。
日本のことは好きなので色々勉強したのだ。その国のことを知るためには歴史の勉強をするのが一番だった。
ちなみに現在の魔法世界には全種族共通の歴史書が存在しない。なのでそれらを作ろうと今必死になっている。
編纂者は我が家の家族の一人であり、お父さんとは別の魔族種のヒトだ。
その方はとても長い寿命と記憶を有しておられるので、今懸命に己の古い記憶を紐解いて文字に書き起こしているところである。
「あ、申し遅れました。私はエウローラ、エウローラ・エンペドクレスって言います。先程は助けてくださってありがとうございました」
「ああ、それはいいけど……えんぺどくれす、ねえ。なんだか舌を噛みそうだよ」
「あはは、呼びづらかったらエウローラでも、ローラでも結構ですよ」
「悪いね、じゃあローラちゃんって呼ばせてもらうよ」
「はい」
おばあさん……長好さんは、電気ポットからお湯を急須に汲み、温めておいた湯呑に緑茶を注ぐ。
「お飲みよ」
「いただきます」
私は遠慮なく長好さんの好意に甘えることにした。
やっぱり今外を歩くのは得策ではない。
またあのヒトたちと鉢合わせになるかも知れないし、少し時間をおいてから荘厳荘に戻った方がいいと判断したからだ。
ピピも同意見のようだ。私を引き止めるよう、お店の奥に率先して飛んでいき、今は私の頭の上で羽休めをしている。
それにしても――
「あの、あれって……」
居間の中で一点だけ、すごく違和感を感じる部分がある。それは――
「ああ、あれかい。かれこれ二年と少し前かね。あんたらの同胞には随分と稼がせてもらったよ」
柱時計があるのとは反対側の襖には、色あせたポスターが一枚貼られていた。
それは交流大使……初代のポスターだった。
あそこに写っている方たちとは、私も少々縁がある。
彼女たちは公的な立場として、初めて地球に根付いた異世界人であり、それを支援していたのが私のお父さんだったからだ。
彼女たちは全員、それぞれの事情で地球の方に援助をもらい、その返礼という形でその方のお嫁さんになることが決定していた。
私の実家――お父さんの居城である龍王城には、日本語学習のために二ヶ月ほど滞在していたのだ。
どなたもとても優秀な方で、僅かな期間で日本語をマスターしていたが……。
「だから、私を助けてくださったんですか?」
交流大使のおかげでお客さんがたくさん来て、その御蔭で商店街が儲かったから。だから同じ魔法世界人である私を助けたのか。
「まあ、それも理由の一つだ。おかげで孫の入学祝いに何十万もするランドセルを買ってやれたよ」
ズズズっと熱いお茶を飲みながら、長好さんは答えた。
私も彼女にならって、ふーふー、と少し冷ましてからお茶を啜る。
清廉で爽やかな風味。そして僅かな苦味。
その奥からくる甘み。これはかなりいい茶葉なのではないだろうか。
「それにしても災難だったね。あの連中に追いかけ回されて」
「あ、いえ……」
私は自重するように視線を自らに落とした。
今の私はピュア・ウィンダムの衣装を着ている。
追いかけられるなりの理由が私にもあるのは事実だった。
「お前さん、あれだろう。最近コンビニ強盗や酔っぱらいを成敗して回ってる子だろう?」
「ご存知なんですか?」
長好さんは「まあね、知り合いに警察関係者がいてね。噂になってたよ」となんでも無い風に言った。
「で、ローラちゃんはなんでそんな格好して、そんなことしてるんだい?」
「それは……」
私が地球に憧れる切っ掛けになったアニメ。
その中に登場する魔法少女。
強くてカッコいい彼女たちに大好きで、魔法が使える自分なら彼女たちみたいな魔法少女になれると思った。だから夜な夜なこんな格好をして、誰にも見られないよう、空を飛んでいた……ということを正直に話す。
「あんた空が飛べるのかい!?」
「え、ええ……私は風の魔法が得意なので」
「へええ」
長好さんは目を丸くして驚いたあと、感心したように頷いていた。
魔法世界でも空が飛べるというと驚かれるけど、やっぱり地球でも驚かれるようだ。
「まあ、ローラちゃんの方の事情はわかった……でも、あの連中に目をつけられたんだ。悪いことは言わない。今後は控えることだね」
「あのヒトたちを知ってるんですか?」
あんな、仮面を被って顔を隠し、魔法世界のヒトを追いかけ回すようなヒト達のことを……。
「ああ、最近じゃおとなしかったんだけどね。少しでも目立つ行動を取る異世界のヒトをああやって吊るし上げるのさ。元々は交流大使にしつこく絡んできてね。私たちも散々苦労させられた」
それは今から二年と少し前。
交流大使が発足してからしばらくあと、イベントごとに現れては『異世界交流はんたーい! 日本人の権利を守れー!』とカウンター抗議をするようになったという。
「そ、そんな……私たちは何も日本のヒト達の権利を侵害してないのに……」
ショックだった。私たちが存在しているだけでそんな風に思われているだなんて……。
「ああいや、それは『おためごかし』てってやつさね。そうは言うが、自分たちの本当の目的を隠すためのでまかせなんだよ」
「そ、そうなんですか?」
長好さんは「冷めちまったね」と言って、お茶を淹れ直す。
今度は違う茶葉のようだ。なんとも香ばしい匂いが漂ってきた。
「あの連中のこともね、私たちの間じゃあ有名なんだ。反町っていう兄妹でね。兄貴が三人、末に歳の離れた妹がいてね。昔は可愛かったんだが、あることが切っ掛けで妹があんな風になっちまったのさ……」
長好さんはポツポツと、彼らのことを話し始めた。




