第69話 交流大使ってなんですか篇2⑬ 夜の逃走劇・その果ての邂逅
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「な、なんだいお前さんは!?」
老婆が私を見た途端、ギョッとした顔をする。
しまった。姿をくらませるために風を纏ったままだった。
「あ、あの、すみません、私は……」
身体の周囲に張り巡らせていた風の渦を解く。
中から現れたのはピュア・ウィンダムのコスチュームを着た私。
老婆は眉間にシワを寄せ、「ふん」と面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「けったいな格好だね。お嬢さんの年頃じゃ、最近はそういう服が流行ってるのかい?」
「い、いえ、そういうわけでは……」
「ピピッ!」
店の中で羽ばたいていたピピが私の肩に止まりながら警告を発する。
すると――
「ちくしょー、どこ行ったー!」
「ひッ!?」
外から聞こえてきたのは、あの女の金切り声だった。
追いつかれた。この辺りで灯りがついてるのはこのお店だけ。
不味い、見つかっちゃう――
「はあ……店の奥に行きな」
「え?」
「早くおし。まったく、仕入れのために店を開けてただけだってのに……」
老婆はブツブツと言いながら店の外の方へと歩いていく。
私は言われたとおり、お店の奥――住居スペースと思われる扉を開け、その場にしゃがみ込んだ。
「おい、ババア! 今変な格好した女が来ただろう!」
「ああ、来たよ」
嘘ッ――!?
ドクン、と心臓が跳ね上がる。
だが、次の瞬間、老婆は言い放っていた。
「あんただよあんた。そんなけったいな仮面なんか被って。今あたしの目の前にいる女が一等変だよ」
「なッ、なんだと〜!」
ダダダ、っと舗装路を踏みしめる複数の足音。
男三人も集まってきたのだとわかった。
「確かにこっちの方に来たはずなんだ、この辺で開いてる店はここだけなんだ! 隠すとためにならないよ!」
「どうためにならないのか是非とも聞きたいもんだが、一体誰が来たっていうんだい?」
「魔法世界人だよ! さっき私たちは魔法を使って攻撃されたんだ! なあお前ら!」
「そうだそうだ!」
「肘擦りむいたぞ!」
「いてーよー!」
違う、私は直接あのヒト達を攻撃したわけじゃない。
勝手に飛びかかってきて、勝手に転んで怪我をしただけなのに。
「どこを擦りむいたっていうんだい、見せてみな」
「え、いや、この辺……」
「たいしたことないさね。大の男がこれっぽっちで騒ぐんじゃないよ」
老婆……おばあさんは静かだが迫力のある声で言い返す。
騒いでいた男たちはシン、と黙り込んだ。
「てめえ、やっぱり魔法世界人を庇ってやがるなあ?」
黙り込んだ男たちの代わりに、女がドスの効いた声を出す。
ドア越しに聞き耳を立てている私ですら、ゾクリとするほど、憎悪に満ちた声だった。
「魔法世界人は侵略者だ! 私たちの平和な生活を脅かす邪魔者なんだ! それを庇い立てするなんて、お前それでも日本人かよ!」
その言葉は、私の胸にグサリと刺さった。
確かに私はこの世界の住人ではないけど。
でも、日本のヒトたちの平和を脅かそうとなんてしてないのに。
それとも私が……私たちがいるだけで、不愉快な思いをするヒトがいるのだろうか。もしかしたら学校の中にも、早く出ていけって思ってるヒトたちがいるのかな?
「やかましいねえ、お前みたいな小便臭い小娘が勝手に日本人の代表者面するんじゃないよ!」
「――ッ!?」
ものすごい剣幕だった。
離れて聞いてる私ですら肝をつぶすほどの。
目の前で聞いてる女も、さすがに黙り込んだようだ。
「あたしゃ生まれも育ちも十王寺町だ。とうの昔に亡くなった父親も母親も日本人だよ。お前さんの物言い、戦後間もなくの、進駐軍がやってきたばかりの頃に、似たようなのをよく聞いたよ。で、どうだい、それから何十年も経ったが、実際外国人が日本にやってきて、侵略されたかい?」
「そ、それは――」
「侵略ってのはね、ある日突然あんたの家に見知らぬ誰かがやってきて、我が物顔であんたの財産も家も全部奪って行って、それでも罪にならないことをいうんだよ。あんたは実際そうされたのかい?」
「う、ううう……」
す、すごい、あのおばあさん。
あんなに話の通じなさそうな女のヒトを完全に言い負かしてる。
「う、うるさーい、実際私たちは魔法で攻撃されたんだ! これが証拠映像だ!」
そうだ、私が魔法で男のヒトたちのボディスラムを防ぐとき、風の壁で受け止めているんだった。それが攻撃と言われたら何も言えない――
「暗いしブレブレだし、それになんか姿が歪んでいて、男か女かもわかりゃしないじゃないか」
「うがあああッ、なんなんだよこのクソスマホ!」
ガンッ、という鈍い音。
多分スマホを地面に叩きつけた音だった。
「あんた達、今日はもう帰んな。これ以上騒ぐなら警察に通報するよ」
「なんだとこのババア――」
おばあさんが危ない!?
だが、何か揉めるような声がする。
男のヒトたちが女のヒトを抑えている?
「絶対許さない! また来るからなクソババア!」
その怒鳴り声を最後に、ガラガラガラっとシャッターが閉まる音がした。
「ふん、今どきの若いのはどうしてこう……捨て台詞なんて吐いていきやがって……」
店内が完全におばあさんだけの気配になってから、私はガチャっとドアを開けた。
「あ、あの……私っ!」
ダメだ。胸がいっぱいになって全然声が出てこない。
お礼を言わないと。いや、それよりも私が出ていかないと迷惑がかかってしまう。
「…………ま、茶でも飲んでいきなよ。うちはお茶だけは売るほどあるからね」
言われてから初めて気づく。
そこかしこに並んだお茶の葉が入ったパッケージ。
急須や湯呑などが綺麗に陳列された店内。
ここは日本茶を専門に扱うお茶屋さんだった。
「可哀想に。あんなのに追いかけ回されて。温かいものでも飲めば少しは落ち着くだろう」
「は、はい、お邪魔します……」
ホッとした途端、その場に崩れそうになりながらも、私は笑みを浮かべ、心からのお礼を言うのだった。




