第65話 交流大使ってなんですか篇2⑨ 敵の罠にハマる魔法少女
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「今日も行くよピピ――」
「ピー!」
風の魔素で編まれた精霊獣ピピが変身をする。
手のひらサイズだったピピは大鷲くらいのサイズになると、私の背中と合体。
翼を広げた私は重力から解き放たれ、大きく夜空に舞い上がる。
私はピュア・ウィンダム。
姉のピュア・セレスを永遠に失った悲しき魔法少女。
眼下に見下ろすのは夜の十王寺町。
キラキラと輝いて空の星星が地上に降り注いでいるかのようだ。
地球に来て、しばらく鳴りを潜めていた私の魔法少女願望が再燃した。
アニメに登場したのとそっくりな日本の町並みを歩くだけで胸がドキドキしてしょうがなかった。
今まではお母さんたちのスマホを借りたりしていたが、自分専用のスマホを持たされた。なので私が一番最初にしたことは、ピュア・ウィンダムのコスチュームを通販することだった。
部屋でこっそり着替えようとしたのに、アレスちゃんが壁に大穴を開けたので困ってしまった。結局、特に鍵もかかっていなかったので、他の空き部屋で着替えを行うことにした。
やっぱり東京の夜景は圧倒的だ。
今はこの景色は私だけのもの……。
そんな陶酔感に身を任せながら空を泳ぐ。
……このまま兄さんと結婚すれば、ずっと地球にいられる。
そうすればピュアツインズの舞台となった世界にずっといられるかも……。
頭の片隅でそんなことを思った時だった。
「ピピッ!」
私の翼になっているピピが警告を発する。
遥か真下、豆粒ほどになったヒトが裏路地を大急ぎで走っている様子が見えた。
「また悪いヒト……?」
右手には包丁、左手にはお札の束を握りしめている。なるほど、強盗さんだ。
この魔法少女になっての夜間フライト自体がもう何度目かになるのだが、十王寺町の街もそれなりに治安に問題があった。
以前にも喧嘩をしている人々を目撃したことがあった。
もちろん、私は異邦人としてトラブルに関わらないよう心がけているのだが、この時、私の中に眠る幼き日に封印した魔法少女が叫んだ。
「汝、義を見てせざるは勇なきなり」と。
ピュアツインズ14話、「サムライ・リバティ危機一髪」という回で出てきた言葉だ。うん、そうだよね。見て見ぬ振りなんてできないよね。
「とう! そこのあなた、強盗さんね! 手に持っているお金を返しなさい!」
「な、なんだこのガキ、突然降って来やがって……!?」
衝撃波を伴いながら降り立った私を、強盗さんが戸惑いと共に訝しむ。
なんだと問われて名乗る名前は一つしか無い。
「私はピュア・セレスを失った魔法少女、ピュア・ウィンダム!」
とっさに出てきた口上で、ちょっぴり悲しくなっちゃう。
もう二度とアレスちゃんとこんなことできないんだろうなって思ったから。
「頭がおかしいのか。家帰ってクソして寝ろ!」
私の横を強盗さんがすり抜けようとする。
私はとっさに上昇気流を起こして、強盗さんを空中に持ち上げた。
「なにぃいぃぃぃぃ!?」
宙に浮いた強盗さんの身体を一回、二回、三回……十回二十回と高速で回転させる。ものの十秒ほど、百回転ほどさせてから地面に優しく下ろす。強盗さんは失神していた。
「当分起きそうにないねピピ」
「ピー」
精霊獣のお墨付きをもらったので放置。
盗んだお金と包丁をこれみよがしに置いて立ち去る。
ヒトの気配が近づいてきているので、気付いた誰かが通報するでしょう。
その次は酔っ払い同士の喧嘩だった。
お互いに襟首をつかみ合って、今にも殴り掛かりそうだったので仲裁する。
「待ちなさい、喧嘩はダメ!」
「なんだぁ、このコスプレ女は!?」
「お嬢ちゃん、大人同士の会話に割って入るもんじゃにゃーよ」
前回着地したときはアスファルトが割れてしまったので、今回はふんわり着地。すると当人たちは気付いてくれないので、凛とした声で告げる。
男のヒト達はろれつが回っていない。
お酒は飲んでも呑まれるな。
いい大人なのに情けないです。
「双方お酒の席での出来事です。水に流しましょう。もしくは酔いが覚めてから、第三者を交えて冷静な話し合いの場を設けるべきです」
「しらねー……けど、まあなあ」
「だにゃあ、お嬢ちゃんがお酌してくれるなら喧嘩なんかやめにゃーも」
「なんですってッ!?」
男たちはイヤらしい笑みを浮かべながら、手をワキワキとさせてにじり寄ってくる。
「ヒッ――こ、この身体に触っていいのは兄さんだけです!」
私は一瞬で竜巻を起こすと、それを男たちへと叩き込んだ。
「なにぃぃぃぃ!?」
「むにょおおおおお!?」
髭面の男性と、太った男性とが竜巻のなかでくんずほぐれつする。
竜巻の強さと回転力を操作しながらちょちょいのちょいと。
「はいッ!」
じゃーん、とばかりに竜巻を解除すれば、なんとそこには、服が脱げて全裸になった男性二人が、互いに身体を絡めあっていた。
「なんじゃこりゃああ!?」
「むほーッ、う、動けない! 手足が絡まって――」
「そこのあなた、写真撮ってください写真」
「え、ああ」
パシャリ、と、野次馬の男性が写メを撮ったのを確認してから私は言い放つ。
「喧嘩はおやめなさい。そうじゃないと、こちらの男性が写真をばらまくと言っています」
「えッ!?」
巻き込まれた男性が驚愕の声を上げたが、構わず続ける。
「これに懲りたらお酒は楽しく飲むのです。では――」
翼を広げ、地面を蹴る。
私の身体は容易く民家の屋根を飛び越えた。
「私はピュア・ウィンダム。悪意のあるところに再び現れるでしょう」
真下に向けてそう言い残し、再び夜のフライトに戻る。
…………などということをしていた。
どうにもこうにも、ああいう諍いを見つけると黙っていられない。
お父さんもお母さんも正義の味方という感じでは全然ないのに。
やっぱりこれもアニメの影響なのだろうか。
――このときの私は、自分がどれだけ不味いことをしているのかという自覚はなかった。
思ったよりも治安が悪い。
そんなのは当たり前だ。
都会的で洗練された地球だって、いいヒトと悪いヒトがいて当然。
自分でもそれはわかっていたはずだったのに。
その日の夜も、私は夜の空を散歩していた。
頭の中は今日の出来事――兄さんが交流大使のお話を断ったことでいっぱいだった。
以前交流大使をしていたヒト達のことを、私は知っている。
幸せそうだった。楽しそうだった。何もかもが上手くいっていた。
でも、異世界事業に反対する悪意あるヒト達のせいで唐突にすべてが終わってしまった。
交流大使は地球の人々に異世界のことを知ってもらう大事なお仕事。
それはわかってる。
でも、悪意ある人々に攻撃されるのは正直怖い。
大好きな地球だからこそ、そこに生きるヒト達を嫌いになんてなりたくない……。
「ピピッ!」
ピピの警告で思考が引き戻される。
また地上でトラブルが起こっている?
普通の学生のときなら見て見ぬ振りもできるが、今の私は魔法少女。
熱き血潮がそれを許さない……なんちゃって。
「とう! あなた達、女性が嫌がっているでしょう、おやめなさい!」
また酔っ払いだった。
顔を赤らめた男性三人が、女のヒト一人を強引にナンパしようと詰め寄っている。
場所は路地裏。辺りにヒトはいない。
こんなところで男性三人に囲まれて怖かっただろうに。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
私が警告を発した瞬間、男性三人と女性一人が唐突に黙り込む。
そして微かな風に乗って、三人と一人の声が私の耳に届いた。
「本当に来たな」
「噂は本当だったのか」
「空を飛んできたな」
「間違いないな……」
「あなた達、何を――ひッ!?」
三人と一人――いや、最初から彼らは四人組だったのだ。
そして私はまんまと罠にハマってしまった。
四人が四人とも、ヘンテコなお面をつけていた。
顔の上から半分だけを多い、口元だけが顕になっている。
そして彼らは全員がスマホを構え、撮影をしてきた。
ババっと、四つのフラッシュが焚かれる。
「おい、お前ッ――魔法世界人だろ!」
私は未知の恐怖に震えることしかできなかった。




