第64話 交流大使ってなんですか篇2⑧ エンペドクレスさん家のエウローラちゃん
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幼い頃の私にとって、地球という異世界は魔法世界よりも魔法に溢れた世界だった。
より遠くへ、より早く移動できる乗り物がたくさんあり、目には見えない情報が高速でやり取りされる世界。
科学という名の魔法に支配された世界。
それが私が抱いた地球の印象だった。
私の名前はエウローラ・エンペドクレス。
根源27貴族、魔族種龍神族の王、タケル・エンペドクレスの娘だ。
お父さんの治める街――ダフトン市は、ヒルベルト大陸で随一とされる大都会だ。上下水道を完備し、初等部の義務教育があり、さらには上級学校も設立された。
特産品は黄龍石という鉱石で、これを加工したものをドルゴリオタイトという。ドルゴリオタイトは魔法情報を保存する特性を持っており、これに治癒魔法を込めた治癒石による皆保険制度が初めて制定されたり、炎の魔法を込めた魔法花火なんかが有名だ。
そんな大陸中からヒトが集まるような大都会ダフトンであっても、地球の東京の前では霞んでしまう。それくらい地球の都市は桁違いにすごかった。
私の幸福は、魔法世界で唯一、地球に旅行感覚で行けること。
幼い頃は当たり前過ぎて疑問にすら思わなかったが、それはとても異常なことだった。
『ゲート』と呼ばれる魔法がある。
それは隔絶された世界と世界とを繋ぐ特別な魔法。
お父さんは『ゲート』の魔法の使い手。
他には誰も使えるものがいない、特別な固有スキルだった。
どうしてそんな魔法が使えるの、と聞いたとき、お父さんは『神様からぶん取った』などと言っていた。そのうち痛い目に遭うと思う。
とにかくその『ゲート』の魔法のお陰で、私は幼い頃から、日本によく連れて行ってもらった。そんな贅沢が許されているのは魔法世界広しといえど、私の家だけだ。
日本国政府が異世界の存在を公にし、正式に交流を持つより遥か以前の話であり、はっきり言ってしまえば不法入国なのだが……まあそれは地球を救った英雄の特権としてお目溢しされていたのだった。
お父さんの特別はまだまだある。
その最たるものが母たちの存在だ。
父は三人の正室を持っている。
金ママであるアリスト=セレス――セーレスママ。
銀ママであるエアスト=リアス――エアリスママ。
黒ママである綾瀬川心深――ここママ。
私は銀ママことエアリスの娘である。
母親譲りの銀色の髪となめらかな褐色の肌は私の自慢だ。
ある時、家族旅行……というよりも、父も母たちも、それぞれ地球で用事があるため、子どもたちはそれにくっついて遊びに行く……という時があった。
金ママは治癒魔法師として、僅かながら地球でも仕事をしていたので、患者の治療に。銀ママはお料理の勉強をするために、なんとかという有名料亭に修行に出かけ、黒ママはよくわからないけど「すたじおしゅーろく」というのに行ってしまった。
お父さんは……よく知らない。
たまに私たちを置いていなくなるけど、その理由をママたちは頑なに教えてくれない。
でもなんとなくわかる。
お父さんは地球にも奥さんがいるのだ。
多分そのヒトのところに会いに行っているのだろう。
「ねえ、ソーラス。お父さんは今日どこに行ってるの?」
「さあ、どこですかねえ。よくわからないです」
メイドの赤猫族ソーラスに聞いても常にはぐらかされる。
赤い髪に大きな猫耳、スカートの奥には薄いピンク色の体毛に包まれた長い尻尾がある。
現在は地球にいるため、ソーラスはいつものメイド服ではなく、地球人の服装をしている。猫耳を隠すために大きめの帽子を被っていて、下は動きやすいようにスニーカー履きだった。
「ふーん……昨夜はお父さんに可愛がってもらえた?」
「それはもう! 龍神様は若い肉体をお持ちですので、私みたいなおばさんを何度も何度も求めてこられて、それがまた堪らないほど興奮し――」
ハッとしたソーラスは顔を真赤にしてブルブルと震えだした。
涙目になって私みたいな子供を睨んでくるけど全然怖くない。
というかソーラスは言うほどおばさんじゃないし。
確かにここママやレイリィおばさま、パルメニも、年齢的はおばさんなんだろうけど、びっくりするほど若々しい。
というか加齢をほとんどしない金ママや銀ママ、メイドのアイティアが異常なのであって、年齢が青年のまま止まっているお父さんは超異常なのだ。
「……などとというのは冗談で、普通に寝物語を聞かせて、龍神様がお眠りになったのを確認してから、そっと退出いたしました」
「大人って大変だね」
体裁を取り繕うのが。
別に私はソーラスのことも家族だと思っているし、ソーラスが妊娠しても、生まれてきた子供を自分の妹弟として見ることができる。
というかソーラスの年齢で出産したら魔法世界では前例のない超高年齢出産としてダフトン新聞が取材しに来るよ。
「そんなことよりもエウローラ様! 到着いたしましたよ! ここが東京ドームシティ・プリズムホールです!」
「ヤケクソ気味に怒鳴らなくても見えてるから」
冷静に答えつつも、私の心は躍っていた。
私が今日、どうしても来たかった場所。
それは『ふたりはピュアツインズ』の展示イベントだった。
『ふたりはピュアツインズ』とは私が初めて出会った日本のアニメ作品。
家族旅行で日本に滞在したとき、たまたま朝にテレビを点けたらやっていたのだ。
妖精の国からやってきたピュアツーから変身能力をもらった双子の栞と萌が、妖精の国から人間界に脱走してきた悪い妖魔と戦う、という物語である。
私がアニメというものを知った最初の作品であり、なんてすごい絵物語だろうと一瞬で心を鷲掴みにされてしまった。
さらに、魔法世界には存在しない魔法少女という概念に、大きな衝撃を受けた。私とアレスちゃんは本来こうあるべきなんだ、と教えられたのだ。
私とアレスちゃんのお母さんは魔法世界で最も希少な精霊魔法使い。そして私とアレスちゃんも精霊の加護がついており、それに準じた魔法が使える。
私は常々思っていた。
どうして私は魔法が使えるんだろう。
どうして私は風の精霊の声が聞こえるんだろうと。
日常生活では使いようがないこの能力はどう活かせばいいのだろうか。
でも今ようやくわかった。
私は魔法少女となって悪を成敗するためにこの能力を授かったのだ。
「というわけでアレスちゃん、私はピュアウィンダムするから、あなたはピュアセレスね!」
「はあ? どうしたの急に?」
「これよこれ、『ふたりはピュアツインズ』!」
「なにこれ可愛い!」
アレスちゃんに見せたのは、ピュアツインズのムック本だった。
変身前の栞と萌の学校生活。敵の出現から変身バンクを経ての魔法少女登場。
マジカルなステッキを振るっての魔法攻撃と……。
「どうすればこれになれるの!?」
「ちっちっち。私たちはもう魔法少女でしょ!」
「それもそっか! くらえ、キュアシューター!」
ガシャーン、とアレスちゃんの放ったウォーターボールが窓に大穴を開ける。
ソーラスに怒られ、帰ってきたここママに死ぬほど叱られた。
「ローラ、やっぱり魔法少女は世をしのぶものなんだよ!」
「つまり普段はみんなに内緒にしてて、いざというときに変身するんだね!」
「そのとーり!」
私が好きになったものはアレスちゃんも好きになってくれる。
思えばこの頃が、魔法少女をやっていて一番楽しかった時期かもしれない。
それから私たちは『ふたりはピュアツインズ』に夢中になった。
隠れてこっそり変身ごっこをする私たちを、大人たちは暖かく見守ってくれた。
「うわーん、僕もピュアツインズする〜!」
「タケトは男の子でしょ、ピュアツインズにはなれないんだよ」
「というかツインズって双子って意味だし。タケトは魔法使えないし」
弟で末っ子のタケトがよく混ぜてと駄々をこねたが、魔法も使えず少女でもないのでお断り願った。するとますますギャン泣きするので、仕方なく妖精のピュアツー役をさせることにした。
「変身したかったら僕の言うことを聞くツー!」
「タケトはすぐ調子に乗る」
「私たちに何させる気よ」
なんだか目がイヤらしかったので口にウォーターボールを突っ込んでおいた。
大口を開けて鼻呼吸でフガフガしながらも恍惚とするタケトは気持ち悪かった。
「アレスちゃ――じゃない、萌!」
「ロー――じゃなかった栞!」
「私たちは――」
「ピュアピュア〜!」
二人で散々練習した決めポーズ。
ここママのスマホをこっそり拝借して撮影したりした。
「ローラ、私たちはずっとキュアツインズだよ」
「うん、大人になっても、この気持はずっと忘れないでいようね」
そんな私とアレスちゃんの『ごっこ遊び』にも終わりの時が来る。
それは本当に唐突にやってきた。




