第62話 交流大使ってなんですか篇2⑥ 異世界交流大使へのオファー(二度目)
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「あ、あの、よろしいですか」
ひとしきりお茶を堪能したあと、再びエウローラが口上を述べる。
俺はお茶をテーブルに置き、「もちろんです。なんでも聞いてください」とにこやかに返した。
「先程カーミラさんは私たちを御社専属のティーンモデルにするとおっしゃいました」
ほう、言葉遣いがキチンとしてるじゃないか。
しかも相手の会社のことを「御社」と言い直したところが素晴らしい。
エウローラの日本語は高いレベルにあるとわかるな。
「ええ、間違いなくそういいました」
「ですがその直後に、地球と異世界との利益のために、ともおっしゃいました。これは矛盾しませんか。私たちがカーミラさんの会社でモデルとして働いて、利益を得るのはカーミラさんの会社だけでは? 大きく見て、それが地球側の利益というのは納得できますが、どう考えても異世界側の利益が見えてきません」
「…………」
この子本当に中学生?
いや、地球換算で中学生というだけで、魔法世界ではもう立派な大人の年齢だった。
アレスティアはウンウンと腕を組んで妹の言葉に頷き、瑠依は「ほえー」と感心を通り越してポカンとすらしていた。
うん、今後は基本エウローラメインで話を進めれば問題なさそうだな。
「ふふ、エウローラちゃんはあわてんぼうさんね」
「え、ど、どういう意味ですか?」
俺は余裕の笑みを浮かべながらソファに身体を預け、力を抜く。
わずかに感じる人の気配。麗子さんは俺の左斜め後ろに控えてくれていた。
その気配を心強く感じながら言葉を切り出す。
「それは私がまだ、異世界側の利益のお話をしていないからだわ。ティーブレイクで中断してしまったけれど、エウローラちゃんが指摘してくれたから、それを今からお話します」
「そ、そうでしたか、でしゃばったことをしてすみません……」
エウローラは恥じ入るように小さくなった。
ふ――、なるほど、エウローラは頭の回転はいいが早とちりもすると。
恥じ入る姿も可愛い。ああ、うちの妹可愛いじゃあ!
「さて、異世界側の利益は何か、というお話でしたね。あなた達は『異世界交流大使』という言葉を知っていますか?」
「それは――」
弾かれたように瑠依、アレスティア、そしてエウローラが顔を上げた。
うん、知ってるよね当然。何せまだ一週間前のことだし。
「実は私はいずれあなた達の生まれ故郷――魔法世界にカーネーションを出店させたいと考えています」
「えッ!?」
「嘘ッ!」
「本気ッ!?」
エウローラ、瑠依、アレスティアの順番だ。
やっぱり異世界出店はそれくらいインパクト強いよな。
そのリアクションを異世界人と地球育ちの異世界人から得られただけで出店する価値はあると思う。
「その第一歩として、まずは地球で低迷している異世界のイメージを向上させる必要があります」
「…………」
「…………」
エウローラとアレスティアが黙り込んだ。
瑠依だけは「え? え?」と左右の二人を交互に見ている。
やっぱり異世界組は自覚あったんだな……。
「そのイメージを向上させる役目を担うのが、交流大使となったあなた達自身なのです」
「えええッ!? そ、そうなんですか!?」
瑠依はようやく気付いたようだ。
他の二人はもうとっくに理解していて、今更驚きもなにもないようだった。
「では、もしかしてモデル云々というのは――」
「ええ、カーネーションがあなた達を全面的にバックアップするための方便に過ぎません。もちろん多少はお仕事をしてもらいますが、あくまでメインは交流大使の方です」
なんなら交流大使九割、モデルは一割でいい。
最悪交流大使として仕事をする時の衣装をカーネーションのものしてもらい、その活動写真をモデルの実績とすることでもオッケーだ。
「あなた達は東の異世界玄関口、十王寺町で活動をしてもらいます。そのために必要な衣装、メイクなどはこちらが全てご用意いたします。何も気負わず、身体一つでお仕事をしてくださって結構ですよ」
瑠依は顔面が蒼白になっていた。
ようやく自分がとんでもないこと――人前に立つ仕事を依頼されているのだと理解したようだ。
「そ、そんなこと言われても――あ、あの、私たちタケオくんが、その、断って、だから――」
「タケオはあくまであなた達の私生活に支障が出ることを懸念して断ったのです。もちろんあなた達の本分は勉強。中学生ということを考慮すれば、お仕事をする時間もごくごく短いもので構いません」
それは本当に気をつけなければならないことだ。
もしも交流大使の仕事のせいで学力が下がった、なんてことになったら、クソ親父はともかく、アレスティアたちの母親に申し訳がないからな。
「えっと、大変ありがたいお話だとは思いますが、その交流大使は……」
再び口を開いたのはエウローラだった。
彼女は奥歯にものが挟まったように言いにくそうにしている。
瑠依は「エウローラちゃん?」とまだ気付いていない。
アレスティアは腕を組んだまま黙している。
ふう、やっぱり話さないといけないだろうな。
「もう一つ。弊社があなた達のバックアップにつくのには理由があります。それは異世界交流の妨害者からあなた達を守るためです」
「ぼ、妨害者ッ!?」
瑠依は初耳、と言った感じで目を見開いている。
彼女は田舎から上京してきて情報的な格差がある。
今まで知らなかったのだろう。
逆に異世界事業と関わっているクソ親父から、エウローラ、アレスティアは初代交流大使の顛末を聞いているのだろう。
「最初の交流大使が発足した当初は出来すぎなくらい全てが順調だったそうです。ですが、異世界事業に反対するヒト達の妨害工作が始まり、やがては解散してしまいました」
「…………」
「…………」
「…………」
俺は当事者ではないが、話しているだけで悔しい気持ちになる。
間接的に関わっているエウローラやアレスティアも同じ気持ちだろう。
ましてや当事者だったアリスさんなどは、どれほどの心の傷を負っているのか。
「あなた達が交流大使となることで、同じような勢力が再び現れるでしょう。ですが私があなた達を全力で守ります」
テーブルの上に身を乗り出し、拳を握って力説する。
小細工なんてない。守ると言ったら絶対に守る。
ここは誠心誠意まごころでぶつかるべきところだ。
カーネーションがどんなに力を尽くしたところで、当事者である三人からの信頼がなければ守るものも守れない。
まずは三人に、俺が本気なのだと信じてもらうことが大事なのだ。
「異世界事業反対派は言うでしょう、地球から出ていけと。ですがそれは心無い誹謗中傷に過ぎません。あなた達は政府の認可を得て、正式に地球にいるのです。出ていけというのは単なる暴力的な感情論に過ぎません」
それは自分の町に住んでいる善良な外国人を排斥することと同じだ。
外国人であっても、異世界人であっても、それが不法滞在者ではなく、正式な手続きを踏んでそこに暮らしている者に、出ていけというのは横暴である。
見ず知らずの世界から、知らないヒトがやってきて、いつの間にか自分の町に住んでいる。常識では考えられないような迷惑行為をするかもしれない、暴力を振るわれて、最悪自分の家族や自分自身が死んでしまうかも……。
少し極端ではあるが、そのように己の中だけで拡大された恐怖心から、攻撃される前に攻撃をするものたちがいる。
そんな彼らに足りないのは相互理解。
よく知らないのなら知る機会を多く作り出せばいい。
そのような機会は最初の交流大使のときにもたくさんあった。
では何が問題なのか。
異世界事業に反対することで利益を得るものたちの存在だ。
それはビジネスとして反対運動をする活動家たち。
彼らは中立的な立場のものたちの恐怖心を煽り立てる。
どこどこに住んでるあのヒト、異世界のヒトだよ。
いつの間に居着いたんだろうね、怖いね。
知らない間に私たちの町に勝手に住んで、あなたや私の仕事を奪うかもね。
異世界だから知らない文化や価値観のもと、何か私たちにとって迷惑なことを始めるかもしれないよ。嫌だよね、などなど。
そんな根拠のない憶測だけで、人心を掌握し、扇動する者たち。アジテーター。
これと対峙するため、カーネーションが彼女たちをバックアップするのだ。
「ま、いいんじゃない。私は賛成」
真っ先に声を上げたのはアレスティアだった。
態度こそふんぞり返って不遜ではあるが、その目は俺より以上に燃えていた。
「最初の交流大使……私たちの同胞がイジメられたのもムカつくし、それのリベンジって感じで面白そう。うだうだ文句言う奴らなんて私がねじ伏せてやるわ」
随分と攻撃的ではあるが、今はその姿勢が頼もしい。
俺は「ありがとう」と万感を込めて頭を下げた。
「わ、私は……正直そういうのはよくわからない、です」
こちらは瑠依だ。
膝の上に両手を置き、ギュっと握った拳を見つめていている。
「でも、私はお祖母ちゃんに、地球のヒトに育ててもらった異世界人だから、そのどちらにも恩返しできるのなら、やってもいいのかな、と思います」
おおお……俺は心の中で感嘆の声を上げた。
最悪瑠依は断るかも、なんて思っていたが、まさかそんな考え方をしていたとは。
「ちょっと前までの私なら、誰かと関わったり争ったり、人前に出たりすること自体を極端に嫌ってたんですけど、タケオくんが立ち向かう勇気をくれたから、頑張ってみようかなって……えへへ」
やばい、ちょっと俺泣きそうなんですけど。
目立たず生きて、誰とも争わないように立ち振る舞う。
そんな少女はもうどこにもいない。
容姿が変わって、瑠依の心の中も少しずつ成長していたようだ。
「それに、何かあってもカーミラさんが守ってくれるんでしょ? なら大丈夫かな……」
「もちろんです。私に任せてください」
俺は力強く頷いてみせた。
瑠依はホッとした表情で微笑んでくれた。
守りたいこの笑顔、と強く思う。
「エウローラさん、お二人はこうおっしゃってくれていますが、あなたはどうでしょうか……」
最後に残ったエウローラを見つめる。
彼女は固く口元を引き結び、テーブルの一点を凝視していた。
あれ、この雰囲気、もしかして……?
「申し訳ありません。私はお断りします。理由は言えませんが、ご迷惑をおかけしたくないので」
「え?」
「は?」
「どういうこと?」
俺、瑠依、アレスティアの声が重なる。
それでもエウローラは目を合わさず、硬い表情のまま、それ以上は黙して語らない。
こうして、第二回目の交流大使はデュオでのスタートとなったのだった……?




