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第59話 交流大使ってなんですか篇2③ 鴻鵠の志を察する生徒たち

 *



 所変わってここは三年生の教室が並ぶフロア。タケオの教室。

 クラスメイトたちは、自習となった一時間目の残り時間、先程あった衝撃的な出来事を興奮しながら話し合っていた。


「――マジぱねーッ、やっぱカーミラ様よねー! 私のセンパフローレンス様!」


 大河ねねが自分の席にふんぞり返りながら、腕を組んでいる。

 まるで子供が自分の親を自慢するかのように饒舌になっていた。


「もう、ねねちゃんったら、センパフローレンスは社長さんの方でしょう?」


「いいのよ! カーミラ様と言ったら真っ赤な色のお花ってイメージなんだから。薔薇は棘があるけど、あの方にはそんな毒なんてないの。正に聖女よ聖女!」


 大河ねねは英才教育を受けたカーネーションマニアである。

 というのも彼女の母親が、カーネーション小売店で月間営業成績の記録保持者だったりする。


 自分で売る商品は自分も普段から使っていいところを知っておかなければ、と身銭を切って自社製品を購入し、「あら、これいいわねえ!」と少しずつ沼にハマっていく母親の姿を幼い頃から見ているうちに、彼女もカーネーション大好きっ子になっていった。


 ねねはカーネーションへの就職を希望している。


 そんな大企業のトップが、表敬訪問という形で学校に来てくれたことは非常に嬉しく、さらには、将来自分の上に立つヒトを間近で見ることができて、興奮しないわけがないのだった。


「それにしても、どうしてあんなすごいヒトがうちの中学に来たんだろうね?」


 相馬千代が言う通り、我が校とカーネーショングループには、一切の接点はなかったはず。一体どんな魔法が働いたのか……。


「おっほ、さっそくお母さんから返信来た!」


 ねねはこっそり写メしておいた壇上のカーミラを添付し、母親にメールしたようだ。ちょうど出勤前だった母親は『どういう事!? 生カーミラ様なのッ!? ねえねえ!』とすかさずメッセージが返ってきたらしい。


「あー、さっきお千代が言ってたことだけど、多分うちの教頭がオファーしたんじゃない? あのヒトも相当カーネーション好きでしょ。なんてたって自慢するみたいに普段から全身カーネーションで固めてるもんね」


「いつもなら鼻につくけどね、今日だけはでかした教頭!」とねねは手を叩いて絶賛した。一方――


「はー……」


「どうしたんだこいつ?」


「人生は二度来る、の一度目が来たらしい」


「なんだそりゃ?」


 教室に戻ってから――いや、正確にはカーミラの演説を聞いているときから、梶原桂樹は心ここにあらずと言った様子だった。


 再び整列してクラス単位で教室に戻る際も、ずーっと立ちっぱなしで動こうとせず、塩谷が背中を押して連れてきたほどだった。


「梶原」


 笠間はスマホの画面を掲げる。

 スピーカーから流れるのは先程の玉音。

 凛としたカーミラの姿がそこには写っていた。


「カーミラ様ッ!?」


 梶原の反応は劇的だった。

 だが、口を半開きにして天井を向いていたことが災いし、首を引いた途端舌を噛んでしまったようだ。「つーッ!」と両手で口元を抑えている。


「どうやら重症のようだな」


「おまえ、惚れるにしても無謀すぎるだろ。悪いこと言わねえから相馬あたりにしておけ」


「うるふぁいなっ! ぼ、僕が誰を好きになろうと勝手だろう!」


 笠間と塩谷に窘められるも、梶原は頑なだった。


 得てして初恋とはそういうものだ。

 不完全燃焼ではとてもいられない。

 当たって成就するか砕けるかしないと収まりがつかない。


「でもなあ、相手は正真正銘、高嶺の花だぜ?」


「カーミラ・カーネーション(四代目)。世界的ビューティーカンパニー、カーネーショングループの元最高経営責任者兼モデル。年齢は18歳とされ、都内の超お嬢様学校に通う高校三年生という話だが……」


「くうぅぅ、世界的企業の最高経営責任者……! あまりにも遠い世界の女性……! でもそんなところも素敵だぁ……!」


 一人、肩を抱いてモジモジとし始めた梶原に、塩谷と笠間は顔を見合わせ「ダメだこりゃ」と頷いた。


 だが、よくよく教室を見渡してみれば、梶原と同じ病に罹っているものの姿がちらほらと。


 しかもたちが悪いことに、男女関係なく発症しているようだ。

 症状は先程の梶原と同じく、天井を向いたまま焦点の合わない目をして、ポケーっとしていることだ。おそらく先程のカーミラの姿を脳内再生しているものと思われる。


「まあ、なんにせよ、面白いサプライズだったな」


「まったくだ。早速この動画は編集してアップしよう」


 笠間は自前のノートパソコンを取り出し、スマホにケーブルを刺してデータの取り込みを開始する。忘れていたが彼は学生ユーチューバーなのだ。毎日校内をウロついては、動画のネタがないか探し回っている。今日は期せずして極上のネタが手に入り、ホクホクと満足そうだった。


「ふ――」


「どうした?」


 塩谷が一人鼻を鳴らしたのを、笠間はパソコンから顔を上げずに問いかける。

 塩谷は「いやなに」と前置きをしたあと、本日教室内で唯一の空席にドッカと腰をおろした。


「こいつもつくづく運がねえと思ってな」


「ああ、フォマルハウトか」


 遅刻かと思いきや、今日は休みらしい。

 こんな十年に一度のビッグイベントがあった日に欠席するなど、間が悪いにもほどがある。


「どうだろうな。あいつはこういうのに興味がないんじゃないか」


「はあ? そりゃあないだろう。あんなとんでもねー美人だぞ。眺めるだけで楽しいだろうが」


「いや、そういうことではなくてな……」


 チラっと笠間は少しだけ塩谷の顔を見たあと、再び手元の画面に視線を落とした。


「あいつの場合、プライベートで美人を見慣れてるだろうから、カーミラ会長を見ても何も思わないんじゃないかと思ってな」


「はッ、贅沢な話だぜ。美人は三日で飽きるってやつか――」


「そんなことないよッ! カーミラ会長なら、一生かかっても見飽きない自信があるよ僕ッ!」


 ようやく再起動を果たした梶原が会話に入ってくる。

 熱量がすごい。あと唾も。塩谷と笠間は嫌そうな顔をした。


「きっとカーミラ会長はスカウトに来たんだよ!」


 その声は教室の一角から。

 見てみれば大河ねねを中心としてクラスメイトの輪ができていた。


 どうやら「カーミラ会長、あなたは何をしに豊葦原に?」というテーマで大盛りあがりをしているらしい。


「そっか、モデルのスカウト! それなら納得できる!」


「やだー、どうしよう、私実は演説中に、カーミラ会長様から熱い視線を感じてたの!」


「ばーか、それは私を見ていたのよ!」


「はあ?」


「なによ?」


 女子同士が醜い争いを始める。

 それを相馬千代が「まあまあ」と取りなしている。


 ありえない話ではないな、と梶原、塩谷、笠間は思った。

 と――


『校内放送、校内放送……えー、1年2組のアレスティア・エンペドクレスさん、1年4組のエウローラ・エンペドクレスさん、それから3年3組の黒森瑠依さん。至急学院長室に来てください。繰り返します――』


 ああ〜、と女子たちから悲鳴が上がった。

 梶原、塩谷、笠間は同じことを思った。

「まあ、そりゃそうだよな」と。


 本当にうちの生徒の誰かをスカウトしに来たなら、真っ先にその三人が呼ばれて然るべきである。


 三人どころか生徒全員が納得する人選だった。

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