第57話 交流大使ってなんですか篇2② 異世界推進事業・二回戦開始!
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『私の使命とは、偉大な母の遺した大切なものを守り、伝えていくこと。そのための努力を怠らず、日々精進しています。皆さんも学校生活を通じて――』
誰か、誰か俺を殺してくれ……!
俺は一体なにをやっているんだ……!!
カーミラモードで話をしつつも、俺の頭は冷静に今の状況を分析していた。
全校生徒の前で、女装したタケオ・フォマルハウトが、お澄まし顔で演説している。
――うん、軽く死ねる。
全ては秋月楓さんの言葉に端を発する諸々の事情のせいだ。
よりにもよって彼女は、交流大使という制度を――異世界妹を利用することを提案してきたのだった――
「交流大使とは異世界人、主に女性たちによって構成されるアイドルグループのようなものだとお考えください。地球と異世界とを強固に結びつける役割を果たします。これには成功例があり、資料の5ページ目を御覧ください」
「わ、すごい」
そこには交流大使就任前と後の、十王寺商店街の集客と売上のグラフが書かれていた。
「東の異世界玄関口である十王寺町。拠点となるのが十王寺商店街です。ありえないくらい売上が伸びていますよね?」
一時期廃れていた十王寺商店街ではあるが、テレビバラエティのロケ地になったことで客足が戻り、以降は水平飛行を続けていたものの、交流大使就任後はドカン、と売上が伸びている。
おいおい、集客が前年比の10,000%!?
売上に至っては――あばばばばっ……!
「それらの数字からもわかるように、非常に多くの経済効果が見込めます。ですが、お金の面だけでなく、地域密着型の交流大使は、途方もなく遠い世界からやってきた異邦人を、地球人にとってより身近な存在にしました」
それは、確かに。俺も異世界関連のことを交流大使の話題で身近に感じた口だ。
いや、それでも逆に、アイドルみたいなのが苦手な俺としては、交流大使のパーソナルまで調べようとは当時思わなかった。アリスさんがメンバーだと知ってればそんなことにはならなかったのだが……。
とにかく、交流大使は経済面だけでなく、様々な面でメリットがある制度だということがわかる。
「ですが、その交流大使も今では――」
「ええ、残念ですが現在では解散しています。包み隠さず話せば、異世界事業反対派の妨害に遭ったためですね……」
その話は小山田商店会長からも聞いている。
秋月さんの説明も、内容は大体同じものだった。
ある時を境に、SNS上での妨害投稿が始まり、イベントたびにカウンターデモが行われ、反対派による過激な言動や一部法律スレスレの行動なども目立ったため、交流イベント自体を縮小せざるを得なくなったという。
だが、商店会は諦めてはいなかった。
カウンターデモが行われる日時をずらしてイベントを行ったり、警備員や誘導員を増やして、混乱への対処を徹底するなど努力を行っていた。だが――
「決定的となった出来事が元商店会長宅での不審火です。異世界交流の旗頭だった商店会長さんが入院することとなり、推進派は心を折られる形になりました」
「不審火って、それはまさか反対派が……?」
俺が神妙に問うと、秋月さんは首を振った。
「証拠はなにもありません。ただ、一つの火種をきっかけに趨勢が大きく傾くほど、人々の猜疑心は限界に達していたということです」
小山田さんも言っていた、ここらで一度冷静になることが必要だったと。
証拠もないのに誰かを悪者にして糾弾すれば、それこそ相手の思うつぼ。
いささか急進だった異世界交流だが、休憩するのもありかもしれない……そういう判断をしたのだ。
「それで、秋月さんは交流大使を復活させたいと」
「はい、冷却期間は十分に取ったと判断します。気持ちを改めて、歩みを再開するのもいいのでは、と判断しました」
このヒトは……思ったよりも肝が据わっている。
不審火の話を聞いたあとに、普通そうはならないだろう。
「また火をつけられるかもしれないのに……?」
「会長、あくまで不審火です。元々家人の火の不始末が一番濃厚なのです。最終的な消防署の判断もそうなっています」
それは公式な記録ではそうなっているというだけで、放火の可能性もないわけではない、ということだろう?
「次は万全を期します。私たちにも油断があった。その反省を活かして絶対に間違いが起こらないよう、交流大使も含めた地域の安全を守り抜きます」
秋月さんの言葉には重みと覚悟があった。
ただの小柄で上品なおばさんかと思いきや、なんという迫力だろうか。
俺は思わず息を呑んでしまっていた。
「…………お話はわかりました。秋月さんは、交流大使をカーネーションに取り込み、異世界に対するイメージアップ作戦に利用しろ、とおっしゃりたいのですね」
「さすが、ご理解が早い。まさにそのとおりです!」
交流大使はもちろん異世界人を任命する。
前例を踏襲するなら女性――しかも若く美しい女の子に頼むべきだろう。
それならばまあ、カーネーションとしてもメリットはある。
つまりは交流大使をカーネーションの専属モデルという名目にし、庇護下に置いた上で、交流大使を兼任させる。
カーネーションという日本はおろか、世界屈指の大企業が後ろ盾につくことによって、反対勢力への対抗策とするのだ。
「もちろん政府としても影に日向にご協力をいたします。万が一に備え、交流大使の住居に対して護衛をつけることをお約束します。さらに周辺地域の警備も強化する方針です」
「ふむ……」
どのみち、俺のうっかり発言から、異世界にカーネーションの支店を出す、ということは決定事項なのだ。そのための足がかりに交流大使を使い、政府からの援助も十二分に受け取れるこの話は、かなり美味しいと言えた。
デメリットだけで考えれば、新たな試みに対する社内外からの反発。さらに異世界出店をほのめかせば、カーネーションそのものが、反対勢力の攻撃対象になることも考えられる。
(だが、個人的にも、会社的にも、今後異世界と関わっていかない、なんてことはありえない。渡りに船、と考えるべきか……)
大災害時に地球を救った英雄の息子として、異世界からやってきた妹たちに、住みやすい環境を作り出すため。そして会社の利益、異世界出店の足がかりを作るため……。
多くの可能性とメリットを包含したこの案に、俺は乗るべきであると判断する。
「わかりました。一旦社内にて検討させていただきます――が、私個人としてはぜひお受けしたいと考えています」
「カーミラ会長! ありがとうございます!」
感極まったように、秋月さんは声を上ずらせて叫んだ。
そして席を立ち上がると、俺の元までやってきて、こちらが立ち上がる暇さえない勢いで手を握ってくる。
「がんばりましょう、異世界推進事業二回戦の始まりです……!」
やっぱりこのヒトは一回戦目から交流大使に関わっていたのか。
結果的に反対派に敗北し、悔しい思いをしたのだろうな……。
「しかし、交流大使ですか。前回の皆さんはとてもお綺麗な方たちばかりでした。それに準ずるような容姿の方々に宛があるのでしょうか……?」
俺はすっとぼけながら聞いてみる。
まさか俺からアレスティアたちの名前を出すわけにはいかない。
できるだけ初耳な風を装わなければ。
「はい? えっと、ご存じないのですか。現在十王寺町のシェアハウス、荘厳荘にて、あなたの弟さんと、異世界からやってきた異母妹の方たちが共同生活をしているはずですが――」
おっと。やっぱりその情報も知っているのか。
しかし、弟ね。世間には完全オフレコになっているが、俺ことカーミラはタケオの姉という扱いになっている。
「正確には従弟です。私はカーミラを母のように慕っていますが、実際は姪に当たります。タケオに関しては、前カーミラの意向で、あまり会社に関わらせないように生活させていますので」
もちろんこれはいざ質問されたときのため、予め用意していおいた方便である。
秋月さんは、ああ、そうだったのですか、と納得したようだった。
「交流大使候補者として、正にタケオさんの妹さんたちはうってつけの存在。最悪の場合、自身の身を守るために魔法の力を行使することは合法ですので」
合法って……。
そもそも魔法を使わせるような事態にさせちゃ絶対ダメってことだな。
「とにかく、こちらとしても話を進めるため、至急役員や支社長たちと話し合いを設けたいと思います」
「カーミラ会長、本日は有意義なお話ができました。引き続き何卒よろしくお願いしますね」
立ち上がり、俺と秋月さんは改めて固く握手を交わした。
その後、外で待機していたアーサーくんに対して、「日本の異世界事業は明るいですよ、前祝いにザギンでシースー行きましょう!」などと言っていた。どうやら今夜は飲む予定のようである。
さて、まず俺がしなければいけないことはなんだろうか。
もちろん、妹たちの説得である。
だが、先週すでに交流大使の話は断ったと皆には伝えてある。
終わった話を蒸し返すと、かなり怪しまれるかもしれない。
「こうなったら――」
翌日、俺は初めて学校を休んだ。
いや、正確には仕事で学校を休んだことが初めてだった。
何故なら俺は表敬訪問という形で豊葦原学院中等部を訪れることになったからだ。
「会長、突然の訪問なのに、相手はよく承諾してくださいましたね」
社用車での移動中、俺と秘書の麗子さんは到着後の打ち合わせをしていた。
「ええ、あちらの教頭先生は熱心なカーネーションのファンなんですよ」
「そうだったんですか。あ、だからうちの高級アロマオイルセットをお土産に……」
ふはは、そのとおり。
うちの教頭は全身コーディネートするほど、どっぷりカーネーションに染まっている。
麗子さんを通じて直接会長の俺が電話口でお願いすれば、いきなりの訪問でも受け入れてくれるに決まっている。
俺は考えた。考えたのだ。
タケオでの説得が無理なら、社会的立場の強いカーミラで説得すればいいじゃない、と。
教頭を始めとした女性教師たちに、うちの製品を握らせれば、生徒と面会するくらい造作もない。ふはは、勝ったなこれは――
――などと思っていたらとんでもないことになった。
「ぜひ、今時の人であるカーミラ会長のお言葉を生徒たちに聞かせて上げてほしいのです。とてもいい勉強になるはずなんです……!」
胸にシッカと、うちの高級アロマオイルの箱詰めセットを抱えた教頭が懸命に懇願してくる。
「お願いします、私たちよりも生徒に年齢の近いカーミラ様だからこそ、響くものがあると思うのです……!」
こちらは教頭に次ぐ地位の三年の学年主任の女教師。
同じくお土産の高級コンディショナーセットを離すもんかと胸に抱えている。
「例え一時間目を潰したとしても、生徒たちには何より得難い授業になるはずです……!」
校内一厳しいと噂される数学教師(女)が高級ソープセットを印籠のように掲げながら訴えてくる。
「ところで詰め合わせなのだから、何個ずつかトレードしません?」
「素敵です、私もそう思っていたところです教頭!」
「後日、使用感想を交換する席を設けましょう! お酒でも飲みながら!」
このBBAどもぉ……!
お土産受け取っておいて、自分の意見は一ミリも曲げないのな。
その姿勢、今後の参考にさせてもらうぜ……!
というわけで俺は、急遽生徒の前に立ち、演説をする羽目になったのだった。
とほほ……。




