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第55話 交流大使ってなんですか篇⑯ 逃れられない運命

 *



 これは、いいのではないだろうか。

 元々異世界出店の足がかりを探していたところだ。


 これだけカーネーションを理解してくれている秋月さんになら、協力を仰いでもいい……。俺はそう思い始めていた。


「秋月さん、第七特殊地域での事業展開は弊社としても新たなユーザーを獲得するのに大変有意義なものと考えています」


「そうですか、ご理解いただきありがとうございます。ではまず、ヒト種族の王都ラザフォードや、魔族種領ダフトン市、獣人種ラエル・ティオス領など、いくつか出店の候補地を――」


「いえ、その前に。やはりいくつか不安はあります」


「不安? と、いいますと……?」


 まずは異世界であるということがズバリ不安材料そのものである。

 違う世界に生きるヒト達に、現在地球で主流の弊社商品をそのまま持っていって、果たして通用するのかという問題がある。


「生活環境、住環境、気候、風土、さらに食生活と、地球とは何もかも違う方たちに間違った商品を提供することだけは絶対にできません。それはカーネーション一社がそっぽを向かれて終わる話ではなく、地球そのものに不信感を抱かれる原因にもなりかねません」


 俺の失言から始まった異世界事業展開の話ではあるが、考えれば考えるほど二の足を踏む事態なのだと、後になってから気付かされた。


 でも、二の足を踏むからと言って、そこで歩みを止めてしまうわけにはいかない。


「では、どうされますか。私としてはぜひカーネーションにこのお話を受けていただきたいのですが、いよいよとなれば次の候補の選定に入らなければならないのですが……」


 総務省としては一社選定などではなく、同類他社の候補があって当然。

 だが、俺は歩みを止めない。ここは敢えて前に進むべき場面だ。


「いいえ、お話自体は大変素晴らしいと思います。もちろんお受けして、前向きに検討していきたいと考えています。ただ、そのためには色々と準備が必要だと言っているのです」


「準備、ですか。それは何かと伺っても?」


 地球人が使っている商品をそのまま異世界人に使ってもらっても――例えば地球人類と遺伝的にも遜色ないヒト種族なら問題はなくても、魔族種、あるいは獣人種のヒト達の身体には合わない可能性がある。


「販売の前に、現地の方に協力をお願いし、パッチテストを始めとした臨床試験をしなければなりません」


 パッチテストとは被験物質を塗布し、24時間後の皮膚反応を観察するテストのことだ。


 それ以外にもアレルギー反応を見るRIPT試験や、感覚刺激の有無を見るスティンギングテストも行わなければならない。


「ヒト種族、魔族種、獣人種の方々それぞれに、有償にてテストを行い、クリアした製品だけを販売する。そのご許可をいただかない限り、この話はお断りさせていただきます」


 地球の利益、カーネーションの発展。

 全てを満たす最良の異世界出店ではあるが、お金儲け以上に大切なものがある。

 それは現地の人々に、カーネーションブランドを受け入れてもらうことだ。


 最初は地球の珍しい品が入ってきたとして、飛びつくヒトは大勢いるだろう。

 だが、自分の身体に合わないと判断された場合、二度と再び買ってはもらえなくなる。身銭を切ってまで毒を買う人はいないのである。


 何度も何度も繰り返し使ってもらい、これはよい品だと認識され、リピートされる商品を売らなければならないのだ。


 さらに言うなら、理想は地産地消。

 地球の材料で作るより、現地の材料で商品を開発していくことも、いずれは考えなければならない。


 秋月さんのお話が利益優先で、顧客のことは二の次にしたものであるなら、この船には絶対に乗るわけにはいかない。


 母の遺したカーネーションの理念と魂を、壊すわけにはいかないのだ。


 俺は厳しい視線で秋月さんを見据える。

 バイザー越しで表情は読みづらいが、彼女は「はあ」と大きなため息をついた。


「お見逸れいたしました。てっきり私、飛びつくように賛成をいただけるものと高をくくっていました。お恥ずかしい限りです」


 スっとバイザーを取った秋月さんは、光の失せた瞳を、俺へと真っ直ぐに向けてきた。


「改めてお願いいたします。魔法世界(マクマティカ)の人々の生活を豊かにするために、カーネーションのお力をお貸しください。会長が先程言われた条件には全面的に賛成いたします。政府からの協力も惜しみません」


「で、あれば……断る理由はなにもありません。地球と異世界の発展のために」


 スッと、俺が差し出した手を、秋月さんはしっかと両手で握り返した。

 こうして俺――というよりカーネーションは、異世界へお店を出すための足がかりを手に入れたのだった。


 と――


「さて、ここまでお話をしてきましたが、実はこれ、まだ目的の半分なんです」


 なんだって?

 こんな重要事項が話の半分?

 じゃあ、残りは一体どんなことを――


「異世界で事業をする場合、その企業には政府から補助金がでます。つまりそれは国民の税金なわけでして、同時に出店の事実は国内外に広く宣伝されるのです」


 ふむ。それは当然だな。

 隠れてコソコソ取引をすることを二年前にすっぱり止めたはずなのに、今更内緒で商売なんかしたら、何かやましいことがあるのかと、痛くもない腹を探られかねない。それらの情報は最初からオープンにして然るべきだろう。


「ですが現在、日本国内における異世界へのイメージは下火になっています」


 まあ、そうだな。異世界の存在を公表した当初よりかは……。

 十王寺商店街の栄枯盛衰を見れば一目瞭然と言えるだろう。


「異世界で商売をしますと宣伝したところで、今度はカーネーションそのものが、異世界事業反対派のヒト達の攻撃対象になることが予想されます」


 なんだって!?

 そんな、それじゃあどんな企業だって、地球で嫌われるリスクを考えて、異世界出店なんて断るかもしれないじゃないか……!?


「ご理解いただけますか、異世界での事業をすることと同じくらい、日本国内での異世界イメージの向上が必須になってくるんです」


 ううーむ。

 これは難しい問題になってきたぞ。


 異世界で利益が出るか未知数の商売をするより、堅実に地球だけで商売をしたほうがいい、と考えるカーネーション社員もいるかもしれない。


 もちろんカーネーションは営利企業だから、利益が勝ると見込みが立てば、あからさまな反対はないだろうが――でも、そのことをライバル企業の攻撃材料にされる可能性も……。


 そんな風に俺が頭をフル回転させていると、再び秋月さんがビジネスバッグから書類を取り出す。おお、また新たな提案書が?


 まるで便利な道具を出してくれるドラ○もんのような――そうか、彼女のことは秋えもんと呼ぼう。


「こちら、日本国内での異世界イメージを向上させるための戦略提案書になります」


「拝見します」


 内心でウキウキとしながら一ベージ目をめくった途端、俺は目を疑った。


「カーミラ会長は『交流大使』ってご存知ですか?」


 その名前は一週間前に否決したばかりです、と俺は内心でゲンナリとした。

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