第54話 交流大使ってなんですか篇⑮ カーネーション異世界出店、その足がかり
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秋月さんはフルーツタルトをしっかり完食したあと、ごくごくと紅茶を飲み、口元を上品に拭ってから、手元のビジネスバッグから書類を取り出す。
「さて、大分話がそれてしまいましたが、本日私がカーミラ会長に提案させていただくのはこちらになります」
じゃん、などと自分で言いながら、俺の前にA4サイズの紙束が置かれる。
そこには『第七特殊地域出店概要』なる文字が書かれていた。
「第七特殊地域……?」
「はい、第七特殊地域とは魔法世界のことになります。異世界の存在が公になる前は、そのような呼び方をしていまして、現在でも省内では公式に使われています」
異世界の存在が世界中に知られたのが二年前。
でもごくごく一部のヒト達――政府内のヒト達も含めて――個々人の交易は十年以上前からされていたという。
「カーミラ会長、カーネーションブランドの素晴らしい商品の数々を異世界で販売してみませんか?」
「なんですって……!?」
俺は驚きを禁じ得なかった。
秋月さんの提案は、今の俺に正にうってつけの話だったからだ。
「カーネーションには、他社にない魅力的な商品が多数あります。中でも私が素晴らしいと思うのは、そのラインナップの豊富さです」
秋月さんは言う。
例えばコスメ品。
一般大衆でも手に入れやすい安価なものから、ハイソサエティが好む一級品まで。他社では基本的にそのどちらか一方に注力しているのが普通だ。
「ですがカーネーションはブランドを細分化することで、様々な年代、性別、または価格帯に応じた豊富なラインナップをお持ちですよね」
秋月さんの言うとおりだ。
ジュニア、ヤング、ミドル、シニアと。
ジュニア層ならばティーンの女の子をターゲットに、お小遣いの範囲で求めやすい価格帯を実現しているにも関わらず、素材や性能には一切の妥協を許さず、相手が子供であっても、常に本物のコスメを提供している。
逆にご年配のシニア層には、多少割高な価格帯であっても効果が高い製品を提供しているのだ。
さらに、それとは別に、通常を凌駕するハイブランド、超高級な価格帯のものも弊社にはある。
よくカーネーションのことをお客様は「赤ん坊からファーストレディまで」と言ってくださる。老いも若きも、男も女も、金持ちも一般人も。
様々な方たちに幅広く、そして末永く使ってほしい。
そんなブランドを目指し、カーネーションの社員一同は商品開発の努力を続けているのである。
「そんな姿勢が大変すばらしと、私は常々共感しているのです。と、いいますのも、魔法世界は地球より以上に貧富の差が激しいところです。通信手段が未だに手紙、あるいは伝書鷲、早馬などがメインで、地方に行けば何十年も前に首都で政変があったことすら知らないヒトたちもいます」
文明は通信技術の発達によって加速してきた。
その通信技術が地球で言うところの19世紀レベルでは、地方と都心部ではとんでもない格差が生まれていることだろう。
「スキンケアという概念すら知らない異世界のヒトたちでも購入しやすい価格のものを。あるいは目の肥えた貴族たちをも唸らせる高価格帯のコスメ品を。幅広いニーズをたった一社で満たせるのは、カーネーションをおいて他にはないと私は考えています」
おおお……これは。
ここまでカーネーションのことを理解した上で褒められるのは……素直にメチャクチャ嬉しい。
十数年前まで、カーネーションは高級志向一択だった。
でも母であるカーミラが、服飾部門のキッズブランド立ち上げを契機に、高級志向一辺倒を見直し、ブランドを細分化することで、新たなユーザーを取り込むことに成功し、現在に至る。
無論、今まで高級商品を愛用してくれていたセレブたちからは不満も出た。一般人が自分たちと同じカーネーションブランドを使っていることが許せない、と。
その気持も理解はできるが、それでも良質な商品を作り続けることで、少しずつユーザーの理解を得てきたのだ。
この内情を理解してもらえているとは…………正直飛び上がるほどに嬉しい。
「カーネーションをご理解いただき大変光栄です。亡き母もきっと草葉の陰で喜んでいることでしょう」
俺は内心の興奮や感激などお首にも出さず、しっとりとした笑みを浮かべながら頭を下げるのだった。




