第52話 交流大使ってなんですか篇⑬ 事務次官・秋月楓と天然SP登場!?
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社内にはいくつかの応接ルームがある。
例えばガーネット・ヨハンソンさんのような超VIPを迎えるための特別な部屋や、商談を上手くいかせたいときに使う勝負部屋、などがある。
逆に得体の知れない相手に対して居心地の悪さという小さな精神攻撃を終始行うことで、少しでもこちらが有利に立つための部屋というのも存在する。今回の客人を通したのはそれに準ずる部屋だった。
だって、ねえ……?
「初めまして、カーミラ会長。本日はお時間を作っていただき誠にありがとうございます」
「い、いえ、こちらこそ。未だ学生の身分ですので、面会日が日曜日になってしまい大変申し訳ありません」
「いいえ、お気になさらないでください」
なんとも元気な女性だった。
小柄でハツラツとしていて、動きもなんだかキビキビしてらっしゃる。
声も明るくて、会話をしているこちらも楽しくなってきてしまう。
でもダメだ。
このヒトは決定的に社会人として失格である。
何故なら彼女は――
「あ、こちらつまらないものですが手土産と言うか――いいえ、全く二心なんてないんですよ、ただせっかくお時間を取っていただいたわけですから、何か美味しいものでも持参したいなあなんて思いまして、もしよろしければ今摘みながらお話しません? 銀座で売ってる有名なフルーツパーラーのタルトなんですよ。これがまた渋めの紅茶によく合って――ああ、私ったら、一緒にお紅茶も買ってくればよかったですね、気が付かなくて申し訳ありません!」
あまりのマシンガントークに、俺は途中から思考することを放棄していた。
なんだろうこの女性は。メチャクチャよく喋るのはまあいいとしよう。
だが、それだよ、その顔面に装着しているでっかいバイザーはどういうことなんだ!? せめてサングラスじゃダメなのか? モビルスーツのモノアイみたいなバイザーじゃなきゃダメな理由を教えてくれ――!
という俺の心の叫びが届いたわけではないだろうが、目の前の女性はあっさりとバイザーを取ってみせた。
「申し訳ありません、気になりますよね。実はこの通り弱視でして……」
彼女の瞳は光を失っていた。
焦点は合わず、その目は何も写してはいない。
それがハッキリとわかる眼だった。
「そ、そうでしたか。それは大変ですね。構いませんので、どうぞそのままでいてください」
「感謝いたします」
そう言って彼女は再びバイザーを装着し、ソファに腰を下ろした。
「改めまして。私、総務省・第七特殊地域・統括事務次官をしております、秋月楓と申します」
「ご丁寧にありがとうございます。私はカーネーショングループ最高経営責任者カーミラ・カーネーションと申します」
よろしくお願いします、と会釈を交わしながら、同時に名刺も交換する。
横書きの名刺の左上には、キチンと総務省のマークが印字されている。
国土を表すオレンジ色の四角いマークから、勢いよく飛び出す丸い球体。
これはアクティブかつグローバルに活動する総務省をイメージしたものだという。
しかも肩書は事務次官。事務方のトップであり、国家公務員がなれる最高レベルの役職である。
本来ならもっと年配の、60代くらいの方が就任するイメージだが、このヒトは若い。多分まだ40代くらいだろう。相当に優秀なヒトなのか――
「カエデ、よければ俺が買って来ようか?」
彼女が座るソファの後ろから、ズイっと大きな影が一歩前に出る。
こちらは二十代くらいの男性だった。くすんだ金髪にサングラス。身長はベゴニアほどではないだろうが、190近くある。何よりスーツを押し上げる筋肉のすさまじいこと。恐らくSPか何かだろう。
「もうその下りは終わりましたよ、アーサー」
「なに? そうだったのか。俺の記憶では粗忽者のカエデのせいでお茶がない、という話だったのでは?」
「誰が粗忽者ですか誰が。そんな日本語ばかり覚えて。あとあなたはサングラスを取りなさい。ただでさえ厳つい見た目なのですから、カーミラ会長に失礼でしょう」
本当に事務次官とSPなのだろうか。
まるで上司と部下――いや、上官と下士官……とも違う。
この二人の言葉の端々から、気安さ以上に、なんだかんだと言いながら信頼し合っているような雰囲気が漂っていた。
「俺はカエデの護衛でいるのだから、別に見た目は関係ないのではないか?」
「シャラップ。口答え無用です」
「イエス・マム」
そう言って男性、ゴツくて厳ついアーサーさんはサングラスを取った。
青い瞳。実に精悍な顔立ちだ。おそらくアメリカ人だろう。彫りの深い顔立ちをしている。
多分あれだ、学生時代はスクールカーストの頂点にいて、チアガールのリーダーとお付き合いをしていたタイプに違いない。俺の学校生活とは真逆を歩んできたヒトだと思われる。ちくしょう。
「大変失礼をいたしました。彼のことは置物だと思ってください。どうしても気になるようでしたら部屋の外で待たせますので」
「いえ、とんでもない。私は気にしませんよ」
あはは、と笑いながらも、俺は内心タジタジだった。
なんてキャラの濃いヒトたちなんだろう。
ロケーション的にはこちらが優位に立ってるはずなのに、逆に追い詰められているような気分になってくる。
いや、ダメだ。しっかりしろ。
お役人が面会を求めてきている。
絶対何か面倒くさい話に決まっているんだから。
と、その時、部屋の扉がノックされる。
俺が返事をするより早く、アーサーさんが音もなく扉の前にまで移動していた。
「失礼いたしま――キャッ!?」
麗子さんが扉を開けるより一瞬早く、アーサーさんが扉を開けたものだからさあ大変。片手でお盆を保持していた麗子さんはバランスを崩した。だが――
「申し訳ありません。軍属なもので、つい警戒を……大丈夫ですか?」
「は、はい」
アーサーさんは片手でお盆を、もう片方の手では麗子さんの身体を支えている。
お盆の上に乗った紅茶のカップは小揺るぎもせず、雫の一粒だって飛んではいなかった。見事な体幹と身のこなし。そして圧倒的な筋力と言えるだろう。
「あー……これは」
呟きながら、何故か秋月さんが頭を抱えている。
と――
「あ、あの、私、棚牡丹麗子っていいます。これ、私の名刺――インスタのアカウントが書いてありますので、よ、よければDMください!」
「は? はあ……」
なにぃぃぃぃっ!?
れ、麗子さんが、うちの美人秘書が一瞬で陥落した!?
彼女は「キャー」などと黄色い悲鳴を上げながら、応接室を出ていく。
アーサーさんはお盆を持ったまま、よくわかっていないのか「?」と首を傾げていた。
「すみません……うちのアーサーは無自覚に女性を恋に落とす天才でして……」
なにそれ!?
つまりやること成すこと全てが女性キラーな結果につながると?
そんなの天才じゃなくて天災じゃん……。
「よくわからないが、紅茶を買ってくる必要はなくなったな」
俺と秋月さんの前にアーサーさんがティーソーサーを置く。
俺はガクっと、その場で脱力した。まだその話引っ張ってたのかよ……と。




