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第51話 交流大使ってなんですか篇⑫ 見知らぬアポイントメント

 *



 一週間が過ぎた。

 どの時点から一週間なのかと言うと、俺が交流大使の話を断ってから一週間という意味だ。


 つまり本日は日曜日。

 なので俺は溜まった日々の疲れを癒やすため、自室でのんびりと……なんてことができるわけがなかった。


「会長、おはようございます。本日のスケジュールを読み上げます」


 会長専属秘書である棚牡丹麗子(たなぼたれいこ)さんが、今日の俺のスケジュールを読み上げる。


 うわぁ、一時間おきに入ってるよ。それが今日の20時までビッシリと。

 俺の休日オワタ……。


 そう、本日俺は日曜日なのにも関わらず、カーネーション本社へと出社していた。

 学生という身分に甘えて今まで溜まっていた雑務を片付けるためである。


 雑務……と言っても、後回しにしてきたのは書類仕事などではない。

 むしろ細々としたそれらの仕事は優秀な秘書である麗子さんが俺のいない間に片付けてくれている(マジありがたい!)。


 俺が行うべきは、四代目カーミラでなければ出来ない仕事。

 つまりは――


『まあ、本当に亡きお母様にそっくりなのね!』


「ええ、ありがとうございます、ミズ・ガーネット・ヨハンソン」


『そんな他人行儀な呼び方はよしてちょうだい。ガーネと呼んで!』


 ディスプレイに映る女性は、もはや知らないヒトはいないであろう有名人、超セレブ大女優ガーネット・ヨハンソンさんだった。


 俺も子供の頃、銀幕で彼女の姿は見たことがある。

 名もなき一介のモデル見習いに過ぎなかったヨハンソンさんは、母カーミラによってその磨けば光る美貌を見いだされ、全面的にバックアップを受けた。


 生活費の援助に始まり、専属のスタイリストをつけられ、メイクのし方から、メイクに必要なコスメ、機材一式に至るまで、全てを提供してもらったのだという。


 その結果、モデル業で成功し、役者へと転身。後に世界一の興行成績を叩き出す化け物映画『グルービーズ』に登場するヒーローの一人、キャプテン・グルービーズを演じたことで、女優として不動の地位を築くに至った。


 そんな彼女は現在でもカーネーションの熱狂的なファンを公言しており、同時に弊社にとって重要な歩く広告塔でもあった。


『とにかく四代目就任、心からおめでとう。今の私があるのはあなたのお母様のお陰よ。アメリカに来ることがあれば、必ず遊びに来て頂戴』


「ええ、その時はぜひ同じ時間を過ごさせてください。本日はお休み前にも関わらず、お話できて嬉しかったです。ありがとうございました」


 ビデオ通話を終え、俺は「ふう……」と大きなため息をついた。

 この手の大人物と話をするのは本当に苦手だ。


 現役を退いたとはいえ、さすがはセレブ。背景に写っていた内装は豪華の一言。さらに窓の向こうには大都会の夜景が広がっていた。


 本人も自身の美容にとんでもないお金を掛けているのだろう。全力で老化に逆らっているとも言える。そんな女性の老いへ抵抗がカーネーションを支えてくれているので、当然文句もないのだが。


 とにかく見た目も雰囲気も一流過ぎて、話しているだけで気疲れしてしまう。

 母であるカーミラならあのようなセレブとも緊張することなく渡り合えるのだろうが、俺の場合、中身はただの中学生にすぎない。余裕を演じながら話しているだけでゴンゴンHPをすり減らしてしまっていた。


「お疲れさまでした会長! まさかあのスカーレット・ヨハンソンから直々に連絡がくるだなんて……!」


 側に控えてくれていた麗子さんは興奮した様子だった。

 無理もない。未だにあの若さと美貌、そしてプロポーションを維持しているヨハンソンさんだ。ビキニコンテスト優勝者である麗子さんにとっても憧れの存在のはず。


「私の力ではありません。母との親交があればこそです」


「何をおっしゃいます。相手がハリウッド女優であっても、堂々とした態度でお話をされていたではありませんか。本当に会長はご立派です」


 なんなのだろう、このヒトは。本当に俺への尊敬具合が青天井すぎやしないか?

 ここまで持ち上げられるとむしろ怖いまであるのだが……。


「と、とにかく、午前の予定はこれでおしまいですね?」


「はい、お疲れ様でした。お昼などはどうなさいますか。よろしければランチを取り寄せますが――」


「いえそれには及びません。お弁当を持参していますので」


 俺はデスクの引き出しに入れておいた手提げ袋からランチボックスを取り出す。

 とても女の子らしい可愛いデザインのものだ。


 もちろんこれは前日の夜にアリスさんにお願いして用意してもらった、低脂質・高タンパク弁当である。


 男物の弁当箱を使うわけにもいかないので、わざわざ朝、部屋に隠しておいた女子用弁当箱にせっせと料理を詰め替えて持ってきたのだ。


「まあ、お豆腐のハンバーグに鶏むね肉ときゅうりの和え物。さらにこちらは玄米おにぎり。素晴らしい、正にアスリートの食事ですね」


「は、はは、アスリートだなんてそんな」


 カーミラのプロポーションを維持するためには食事を徹底管理する必要があるだけである。俺ときたら、少しでも油断をすると途端体重が増えてしまう。成長期にダイエットなど本来褒められたものではないのだが、そこはそれ、吸血鬼の丈夫な身体に感謝というやつである。


「あの、もしよろしければ会長……私もお側でお昼を頂いてもよろしいですか?」


「え? 側って……」


 だだっ広い会長室には、窓の真ん前にポツンと執務机があり、そこから結構離れた壁際にソファセットがあるだけだ。


「えっと……じゃあ、ソファの方で食べましょうか。一緒に……」


「やった。うふふ、お茶、淹れてきますね」


 麗子さんは軽く飛び上がりながらウキウキと給湯室へと向かう。

 俺は正直ゲンナリしていた。


「飯のときくらい一人になりたい……」


 そうじゃないとずっとカーミラモードのままでいなければならないからだ。

 麗子さんの前で素の男の部分を出すわけには絶対にいかないのである。


 いや、これも麗子さんへのお礼だと思えばなんでもない。

 俺が学校に行っている間の書類整理や、今日だって日曜日なのに俺に付き合って仕事をしてくれているのだ。


「はあ、午後からもがんばろう……」


 そんなこんなで、四代目として奮闘する俺の元に、午後一で面会者がやってくることになる。


 その人物はでっかいバイザーをつけた、総務省の事務次官を名乗る怪しい女だった。

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