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第50話 交流大使ってなんですか篇⑪ 止まっていた時が動き出す予感

 *



「あ、そう言えばアリスさん」


 姉にこれ以上からかわれる前に、エビネが話題を変える。

 律儀に母親のおっぱいからはしっかり目を背けながら、食事をいただくアリスの方を見た。


「はい、なんでしょう」


 口に物を入れながらしゃべるような躾は受けていない。

 アリスは口元をナプキンで拭いてから返事をした。


「ちょっと小耳に挟んだんだけど、豊葦原学院の中等部に異世界のヒトが転入してきたって……何か知らない?」


 もちろん知っている。

 それは間違いなくアレスティアとエウローラのことだろう。

 いや――


「その噂っていつぐらいから聞こえてきました?」


「えっと、一月以上前から」


 なるほど、瑠依のことも含まれているのか。


 アリスは迷った。

 メイドとして主の友人や妹たちの情報を第三者に漏らしていいものかと。


 しかし、あれだけ目立つ容姿の三人のことだ。

 ヒトの口に戸は立てられないとして、いずれもっと有名になっていくだろう。

 それに何より――


「ええ、その方々は今荘厳荘に住んでいる方々ですよ」


「ああ、やっぱり……!」


 パアっと、エビネの表情が明るくなる。

 エビネだけではない、アイビーもカザニアも、コリウス、ジャガ、ダリアも同様だった。


「? そーごんそー?」


「スノウは覚えてないかしらね。あんたも行ったことあるのよ?」


 それは荘厳荘が古いアパートから新しい姿になる直前のこと。

 まだあの家に、アリスと夫、他の家族たちと暮らしていたときのことだった。


「その方々は異世界でも特別な力を持った精霊魔法師のご息女様と、列強氏族の娘さんです。いずれ皆さんともお会いする機会はあるでしょう」


「えええっ、精霊魔法使い!? 列強氏族!?」


 エビネは素っ頓狂な声を上げた。

 異世界人である彼らにとって、四大精霊信仰における神の御使いである精霊魔法師の名前は絶対である。そして獣人種の実力者である列強氏族の名前も大きな影響力を持っていた。


「す、すごいヒトたちが来たのね……!」


 アイビーの瞳が、何かを期待するように輝いていた。

 カザニア、コリウス、ジャガ、ダリアもそわそわと落ち着きがない。


 そう、この子たちは異世界事業反対派の台頭によって、地球での生活に肩身の狭い思いをしてきた。


 家族と一緒にいるときは明るく振る舞っているが、個々人が学校などで過ごすときは、ビックリするほど大人しいという。


 集団生活を学ぶ学校生活において、他人の顔色を伺い、気を使って生きていくというのは、ある意味必要なことかもしれない。だが、自分を押し殺して生きていくのは違うと思う。


 だから名実ともに力のある異世界人が地球にやってきたことは、彼らの心を明るく照らす一助になるはずだ。


 故にアリスはいけないことと理解しつつ、それでもタケオたちの情報を伝えたのである。


「さ、みんな、そろそろお風呂に入っちゃいなさい」


 時刻はもう間もなく20時になろうとしていた。

 母親の言葉で一斉に子どもたちが動き出す。


 男子は洗濯、その間に女子たちは風呂。

 その後交代。役割分担がきっちりとされていた。


「それじゃあ私たちはお暇を……」


「いいからいいから、今夜は泊まっていきなさいよ」


「よろしいんですか?」


「もちろん」


 そうなると、最後の風呂はママ同士となる。

 織人とアンズ、そして結依と五人で入ることなるだろう。


「ねえ、今度の荘厳荘のご主人様はどんなヒトなの?」


 リビングにはアリスとクイン、そして赤ん坊と幼子しかいない。

 アンズはお腹がいっぱいになったのだろう。

 お母さんに抱っこされながら気持ちよさそうに目を蕩けさせていた。


「そうですね、少しだけうちの主人に似てますかね」


 アリスはタケオの顔を思い浮かべながらそう言った。


「伊織さんに? じゃあすごくエッチってこと?」


「いえ、さすがに中学生でうちの主人ほどだったら変態ですよ」


 まあエッチなのは否定しないでおく。

 男はスケベな方が女性を大事にしてくれる……とはアリスの実感としてある。


 逆に女性に対して無欲な男性は、老若男女を問わず一線を引いていて、冷たい印象がある、と考えているからだ。


 タケオはたまーにアリスの胸やお尻を見ていることがあった。

 ただそれは単なるスケベとは違う、何か観察するような視線だった。

 どんな意図があるのかは不明だが、女性に興味がないわけではないらしい。

 なのでタケオは思春期らしく、健全にエッチであるとアリスは見ていた。


「ただ、うちのヒトと同じく、何か大きなことをしてくれそうな、そんな予感がする方ですね」


「へえ、元お姫様のアリスさんにそこまで言わせるなんて……っていうか本当にうちのアイビーやエビネと同じくらいの子なの!?」


 まだまだ手のかかる長男長女を思い出して、クインは首を捻った。

 どうして同い年の子供なのにこんなに差ができてしまうのか不思議でしょうがなかった。


 と、その時、「うわーん」と再びスノウの泣き声が。

 お風呂場の方でトラブルが発生しているらしい。


「はあ……もう、どうしてうちの子たちは静かにお風呂も入れないのかしら」


「あら、にぎやかで私は好きですよ」


「アリスさんも8人のお母さんになってごらんなさいよ」


 少しは私の苦労がわかるから、と言い残し、アンズを抱っこしたまま、クインは騒ぎの元凶を誅伐しに行った。


 ギュっとアリスの膝に結依がしがみつく。

 その目はすでにしばしばしていた。


「結依ちゃん、もうすぐお風呂ですから、それが終わってからおねんねしましょうね」


「うん……」


 なでなで、と結依の頭を撫でながら、すでに寝息を立てている織人を抱っこし直す。


 再び十王寺町を中心に、異世界事業が動き出す……アリスはそんな予感がしていた。

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