第49話 交流大使ってなんですか篇⑩ アマァーカス家の団らん
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アリスがリビングに入った途端、怪獣の咆哮が木霊した。
いや、違う。
怪獣ではないが、怪獣のような奇声を上げる者たち。
つまりは――
「こら、うるさいぞ、静かにしろ!」
「ちょっとー、友達にメッセージ送りたいからタブレット早く貸して!」
「マリカーしようぜ!」
「やだー、スマブラがいいー!」
「お笑い番組!」
「トレンディドラマ!」
「うえーんっ! アニメがみたーい!」
とにもかくにもとんでもない騒ぎだった。
アマァーカス家の子どもたちが一斉にしゃべるのだから、ただの会話もうるさいことこの上もない。
だが今ではもう慣れてしまった。
逆に彼らが静かにしていたら、何かあったのかと心配になってしまうほどだ。
「あ、アリスさんだ!」
「アリスさん、こんばんは」
「ええ、こんばんは、アイビー、エビネ」
アマァーカス家は大家族だ。
子供だけでも8人もいる。
今挨拶をしてくれたのは長女のアイビー、そして長男のエビネだ。
ふたりとも隣町の神橋・浦賀中学校に通う中学三年生と二年生である。
「アリスさん、いらっしゃい。織人くん、いい子にしてましたよ」
「結依ちゃんもちゃんとお姉ちゃんしてたもんなー」
「まあ、いつもありがとう、カザニア、コリウス」
こちらは神橋・浦賀中学校に通う中学一年生の次女カザニアと、神橋・浦賀小学校通う六年生、次男のエビネだ。カザニアの腕には織人が抱かれ、エビネに手を繋がれているのが結依である。
「織人、結依ちゃん、いい子にしてましたか?」
アリスは我が子である織人を受け取り、結依を抱き寄せる。
織人はまだ一歳を少し過ぎたばかり。だが母親であるアリスを見た途端、「あー、キャっ」と笑みを見せた。
「アリスママ、おかえりなさい」
「ええ、ただいま、結依ちゃん。織人の面倒もみてくれてありがとうねえ」
結依は二歳半の女の子だ。
こちらはアリスの子供ではない。
アリスの旦那の両親……親代わりのヒトが生んだ子供で、生まれたときからアリスも世話をしている子だ。なのでもう自分の子供と言っても過言ではない。
「あーっ! ジャガずるいー! 赤甲羅使わないでって言ったでしょー!」
「うるせー! 勝負の世界は非情なんだよ! どんくさいお前が悪いんだー!」
ゲームに夢中なのは三女のダリア、そして三男のジャガだ。
こちらは二卵性の双子で11歳。同じく神橋・浦賀小学校の五年生だ。
「ううう、うえーんっ!」
そんなゲームをしている双子の横で、3歳くらいの幼い女の子が突然泣き始めた。
「こらっ、ふたりとも、スノウにもゲームさせてあげなさい!」
台所にいるクインママから怒号が飛ぶ。
プレイ途中だったにも関わらず、双子は即座にコントローラーを置いた。
「ちぇ、はーい」
「ほらスノウ、一緒に対戦しよ」
「グスっ、うん……」
神橋・浦賀保育園に通うスノウは三歳。泣き虫で甘えん坊。
最近、泣けばお兄ちゃんとお姉ちゃんが折れることに味を占めつつあった。
と、そのとき、ほぎゃあ、ほぎゃあ、と、遠くの方から泣き声がした。
クインは「あら、起きちゃったみたい」と調理の手を止めようとする。
だが――
「私が連れてきますので」
「ごめーん、ありがとうアリスさん」
お願いね、と言ってアリスは織人を再びカザニアに預ける。
アリスは奥の寝室に寝ている赤ん坊を迎えに行く。
「こんばんはー、お邪魔してます、アンズちゃん」
ベビーベッドに寝かされた赤ん坊がギャン泣きしている。
アンズはクインが地球に来てから生んだ子供。
まだ生まれてから半年で、五女にあたる。
アリスは週の半分以上、自分の子供達をアマァーカス家に預けている。
アマァーカス家も異世界から地球に移り住んだ者たち。
同郷の友であること、そして同じく子育てをするものとして家族ぐるみの付き合いをさせてもらっている。
「おしめは大丈夫、じゃあお腹が空いたのかなー?」
アリスが抱き上げた途端「ほわ、ほわ……」とアンズはすぐに泣き止んだ。そんなアンズを慈愛の表情で見つめながら、アリスはゆっくりとリビングへと向かう。
「どうやらアンズちゃん、お腹が空いたみたいです」
「ありがとうー、こっちもちょうどできたから、アリスさんはご飯にしちゃって」
ダイニングテーブルにはクイン特製のシチューとサラダ、そして十王寺商店街のパン屋、多木村で買ってきたと思われるバゲットのスライスが置かれていた。
アマァーカス家はもうすっかり地球に馴染んだ暮らしをしている。
地球の文明を享受し、長女と長男は最近ではスマホが欲しい欲しいとクインにおねだりしているようだ。
だが、家の中でこそ明るく見える子どもたちは、その実、一歩外に出れば、どうしても異世界人という目で見られる。
アリスは容姿こそ日本人離れしているものの、ヒト種族ということもあって、特に身体的な特徴などはなにもない。
だがクインの産んだここの子どもたちは違う。
クインは獣人種白羊族であり、頭の両サイドから大きな羊角が生えている。それ以外には特に身体的特徴はなく、あとはごくごく普通の綺麗な異国人女性である。
だが、ヒト種族であるアマァーカス氏と、白羊族とのハーフである子どもたちには、すべからく母親の特徴――即ち羊角が備わっていた。
「うわ、母さん、ここで脱ぐのはやめてよ!」
アリスがシチューを一口含んだとき、かなり必死な叫びが聞こえてきた。
長男のエビネが顔を背けながら母親に抗議している。
「なに照れてるのこの子は。赤ん坊の頃はあんたもこれを吸ってたのよ?」
末娘のアンズのために、クインが授乳を始めたのだ。
ブラを外し、上着をめくりあげ、大きく張った乳房を近づけると、アンズは「ズッチュ、ズッチュ!」と音を立てて吸い始めた。
「それはわかってるけどさあ……」
「なあに? 文句があるなら片っぽ空いてるからあんたも吸ってから言いなさい」
「なんでだよ! 勘弁して!」
思春期ど真ん中のエビネにとって、母親の乳房など見たいものではないだろう。
長女のアイビーは「何赤くなってんの、キモいんですけど」と弟をからかい、次女のカザニアは、同じく目を背ける次男のコリウスの頭を掴み、おっぱいの方を無理やり向けさせようとしている。
逆に無垢な瞳でジーっと授乳を見つめているのは、双子で三男三女のジャガとダリアだ。
母親のおっぱいから母乳が出ることもそうだが、一番年下で一番小さなアンズが、これほど力強く母の乳房を吸っているのが面白いらしい。
と、そのとき、三女のダリアがふと口を開いた。
「ねえねえ、女のヒトはおっぱい吸われると気持ちいいってホント?」
アリスはギョッとし、ダリアを見つめる。
だが、その瞳はどこまでも純真無垢だった。
邪な考えなどまるでないらしい。
逆に、顔を赤くして俯いてしまった長男のエビネは可哀想に、邪悪な笑みを浮かべたアイビーにベシベシっと背中を叩かれていた。
「どうかしらね。少なくとも今アンズに吸われてるのはちょっと痛いかな。ねえアリスさん?」
「クス、そうですね。決して気持ちのいいものではありません」
「ふーん、じゃあ嘘なのかぁ」
ダリアは一体どこでそんな情報を仕入れたのだろうか。
テレビかネットか、はたまた学校で男子が馬鹿話でもしているのを耳にしたのか。
「そんなことよりね、今も昔も、あんた達におっぱいをあげてるときは、いろいろなことを考えるわ。将来この子はどんな子に育つんだろう、とか。病気なんかしないで早く大きくなってほしいって。そんなことばっかりよ……」
シーン、とリビングに沈黙が下りる。
だが決して嫌な空気ではない。
逆にどこか暖かく、朗らかな雰囲気が漂っていた。
「私も赤ちゃん産めばそう思うのかな?」
「そうね、きっとおんなじことを思うはずよ」
「へー」
ダリアの無邪気な発言にクインは優しい笑みを浮かべて頷く。
アイビーもカザニアもまんざらではない顔をしていた。
全くピンときていないのは、当然ながら四女のスノウだ。
まだ三歳なのだから仕方がない。
逆に、完全に縮こまってしまったのは三兄弟、エビネ、コリウス、ジャガである。
アマァーカス家は女の力が強いのは数の上からも明白だ。
男女比4:6は伊達ではない。特に長男のエビネが姉のアイビーにやり込められて、可哀想になるときもあるが、それはそれ、アマァーカス家の家庭の問題である。アリスが口を挟むことではないだろう。




