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第48話 交流大使ってなんですか篇⑨ メイド・in・アリスの過去

 *



 衣笠アリス。旧姓アリス・エル・エブロスは、異世界出身者である。

 異世界事業の先駆け、第七特殊地域事業発展の礎として地球人に嫁いだ女性だ。


 秋の空のような、薄い水色の髪と美しい顔立ち。さらに男性だろうが女性だろうが思わず目を留めてしまうほどの大きなバストの持ち主である。


 異世界に於いても稀有と称されるその類まれなる容姿は、実はやんごとなき血筋に連なるが故。


 彼女はプリンキピア大陸随一のヒト種族国家、王都ラザフォードの王族たるオットー・レイリィ女王陛下の姉、レイナス王女がエブロス侯爵家に嫁いだ後に出来た子供である。


 紛うことなき王家の血筋を引くお姫様なのだが、彼女には傅くべき臣下も、治めるべき領土もない。


 何故ならエブロス領は内戦によって崩壊し、人心は荒廃し、民草は野盗と化し、周辺諸国へ多大な被害を出してしまったからだ。従って領内は周辺諸国に割譲され、王都の管理下に置かれてしまったのだ。


 エブロス侯爵家の遺児であるアリスは、領土を守りきれず、徒に領民を混乱に陥れ、多くの死者を出したとして、死罪が言い渡された。


 若干15歳のときだった。


 15歳とはいえ、魔法世界(マクマティカ)では元服の年齢であることから、その罪を減じることは難しく、彼女は服役しながら、死を待つのみとなった。


 一年の後、彼女に転機が訪れる。

 貴族の姫君としてではなく、単なるアリス一個人として、新天地で生きてみないか、と。


 その話を持ってきたのは誰であろう、彼女の叔母であるオットー・レイリィ・バウムガルデン女王陛下そのヒトだった。


 石畳の冷たい牢獄の中で、身も心もやせ細った姪を見つめるその瞳には、多分な同情の色が見て取れた。


「エブロス領崩壊の元凶は領内の財を私物化していた代官にあります。病に臥せるエブロス王の名前を隠れ蓑に、長年に渡り私利私欲の限りを尽くしていたこと、すでに調べはついています…………が。それでも侯爵家に連なる者としてケジメはつけなければなりません」


 アリスが幼い頃、母が病で亡くなった。

 最愛の妻を失ったときから、父であるエブロス王は少しずつ精神を病み始めていた。


 毎日寝所で看病をするアリスのことを、いつしか父は「レイナス」と母の名前で呼ぶようになっていた。


 日々成長するアリスの姿を、亡き妻に重ね始めていたエブロス王は、いつしかアリスのことを本当の妻だと思いこむようになった。


 父が病に臥せるようになってから、教会から派遣された神官が代理執政官としてやってきた。彼は崩壊した聖都の生き残り、人類種神聖教会(アークマイン)の神官だった。


 聖都崩壊後は改宗し、今では王都聖法院教会(ルナティック・ノア)の神官をしているという。


 そんな神官は、最初こそ問題なく領地を治めていたが、やがてエブロス王の病が重篤化し、正常な判断すらできないと知ると、王の名のもとに大号令を出し、民たちに重税を課した。


 そんな状態が数年も続くと、ついに民たちの不満は頂点に達し、内乱が勃発した。エブロス王を殺せ、エブロス王を討つべし、と。


 反乱軍が街中に火を放ち、エブロスの街は地獄絵図と化した。

 その混乱のさなかに王は崩御し、暴徒が城まで攻め入る寸前に、王都からやってきた鎮圧軍によって、アリスは命を拾ったのだった。


「民達にとっての憎悪の矛先は、王が死したあとであっても、エブロス侯爵家そのものへと向けられています。代官だった神父はいずれ死罪になるでしょうが、その代官の悪業を止められなかったエブロス家の断絶はやむを得ません」


 やはり自分は死罪になるのか。

 もういい、自分の命すらどうでもいい。

 終わらせるなら早くしてくれ……。

 アリスはこのとき、生きる気力そのものを失っていた。


「ですが、罪があるのはエブロスだけではないでしょう。我が身内の異常にも気づけなかったこのレイリィにも罪はあります。そこで提案があります。こことは異なる別の世界で、身分も名前も捨てて、新しい人生を生きてはみませんか?」


 その言葉を聞いても、アリスの心には絶望しかなかった。

 もう自分で考えることすら放棄していたアリスは、唯々諾々と叔母に従った。


『ニホンゴ』なる言語を覚え、最低限の常識を学んだ後、彼女は彼女とよく似た身の上の獣人種、魔族種、長耳長命族(エルフ)と共に地球へと渡り――そこで運命の出会いを果たす。


 彼女の過去も過ちも、汚れも罪も何もかも。

 全てを受け入れた上で未来に約束をくれた男性。


 もう自分にはこのヒトしかいない。

 彼のために残りの人生の全てを捧げようとアリスは決心した。


 そして今では彼の子供を授かり――


 ピンポーン、とチャイムを押す。

 はーい、と聞き慣れた女性の声が聞こえてきて、アリスは表情を和らげた。


「いらっしゃい。みんな待ってたわよ。上がって上がって」


「おじゃまします」


 ここは十王寺町内にあるとあるマンションの最上階。

 屋上に建てられたペントハウスにその家族は住んでいた。


「今日は、アマァーカスさんは?」


「んー、旦那は仕事先。今日も遅くなるみたい」


 異世界から地球へとやってきた芸術家、アマァーカス一家。

 一家を支えるクイン・アマァーカス・テリヌアスは「いつものことよ」とアリスにウィンクしてみせるのだった。

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