第47話 交流大使ってなんですか篇⑧ ネガティブ……でも心残りあり
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「え、交流大使の話、断っちゃったんですか兄さん!?」
小山田商店会長(代理)が帰ったあと、俺は二階にいた妹たちを呼び出し、交流大使を断ったと話していた。
真っ先に反応したのはエウローラである。
彼女は実に残念そうだった。
「交流大使は一見華やかなように見えて大変な仕事だ。ちょっとした言動や行動がみんなに見られ、そこから利益や不利益が発生する。そんじょそこらのアイドルなら、自分たちが落ち目になって終わりだが、交流大使の集落は異世界の評判にも直結する。それらをキミたちに背負わせるのは酷だと判断したんだ」
俺は予め用意していた答えを諳んじるよう、淀みなく三人にそう言い聞かせた。
エウローラは「むー」っと不満そうな表情をしている。
瑠依は少しだけ不安そうな表情だ。
アレスティアはじーっと俺を穴が空くほど見つめている。
意外なことに、妹たちは俺の判断を手放しでは喜ばなかった。
じゃあ積極的に交流大使をやりたい……というほどではないようだ。
興味はあるけど、俺が言う通りの不安も感じている。
故に俺の反対を押し切ってまでやろうとは思わない……と言ったところだろう。
時間は遡って三十分ほど前――
「うん、まあそう言うよな……ははは」
俺が交流大使の話を断ると、大して凹んでもいない様子で、小山田商店会長は笑った。それでも声に力はなく、やっぱり多少ガッカリしていることが知れた。
「理由は色々ありますが、妹たちに異世界や商店街の趨勢を担わせるのは大変なことですから。それに妹たちも異世界から来てまだ半月程度。今は学業や学校の友人たちと遊ばせてのを優先させてやりたいので」
俺は今、タケオの姿のまま、カーミラモードで話している。
いつもは見た目を変えることで自分の中のスイッチを入れているのだが、事前に心構えをしっかりしていれば、地味な見た目のままでもスイッチを入れられる。
小山田さんは少し驚いた顔で俺を見ていた。
「いや、キミ本当に中学生? なんか大人のヒトと話しているみたいだなあ」
「あ、いえ……親の躾が厳しかったものですから」
いかんいかん。やりすぎはよくない。
うっかりするとカーミラの「〜ですわ」「〜ですの」という口調になってしまいそうだ。気をつけなければ。
「そうか、キミも妹さんたちもまだ中学生か。それじゃあ無理はさせられないなあ」
小山田さんは苦笑しながら、紅茶を一口含む。
俺だって、何も頭ごなしに最初から全てを否定しているわけではない。
アリスさんたちがやっていた交流大使という仕事は、一時期、日本のトップアイドル並みにもてはやされた。
だがその衰退はすぐに訪れる。
異世界事業反対派の台頭である。
彼らの主張は「性急がすぎる」というものだった。
確かに、当時の俺からしても、異世界の公表から交流大使の結成までが早すぎるような気がしていた。
元々交流大使となるアリスさんたちは、数ヶ月前から十王寺町で生活をするなどしていたので、地元のヒト達からすれば受け入れやすかったのかも知れない。
だがその動きが早すぎると、急激な変化を嫌うヒト達たちだって確実に存在する。結果、交流大使のイベントに合わせて、異世界交流事業の反対運動が度々行われるようになっていった。
この反対運動は当時、十王寺町に大混乱をもたらした。
ただでさえ多くのイベント見物者が訪れていたところに、さらに地域外から反対運動の人間が集まり、駅前は常時パニック状態、将棋倒しによる怪我人や、騒音による住民からの苦情が絶え間なく襲ったのだ。
そこまでは俺も知っていた。
だがここからは改めて当時のネットニュースなどを調べ直して判明した事実だ。
異世界交流反対運動に対して、十王寺商店会を中心として、それに対抗する動きはあった。だがその旗頭となる商店会長――今の小山田さんではない、当時の会長自宅で不審火が起こってしまう。
和菓子の製造工場を有していた会長宅の作業場が燃え、命は助かったものの、商店会長は体調を崩して長期入院してしまう。
俺の推測ではあるが、反対運動と不審火は偶然ではない気がする。
さらに毎日寄せられる苦情や批判は、全て商店会の代表だった商店会長が捌いていたという。
それによる心労と火事とが重なり、身体を壊してしまった会長さんを慮って、交流大使の活動休止という決断がされたのではないか……と推察している。
自分たちを助けてくれるヒト達を犠牲にしてまで続けることではないと。
異世界との交流が急すぎるというのなら、それに従って冷却期間を設けるのも悪い判断ではないと思ったのかも知れない。
「交流大使がいた頃は、毎日目が回るような忙しさだったよ」
小山田さんはどこか遠い目をした。
過日を思い出し、懐かしんでいるのだとわかった。
「衰退の一途を辿っていた商店街だったが、テレビ番組のロケ場所として使われたのをきっかけに注目が集まって。でもロケで使われる店は決まって飲食店だけ。それ以外の店は相変わらず閑古鳥でね」
いわゆるグルメ専門のロケ地として有名になったのをきっかけに、商店街はにわかに活気づいた、と小山田さんは言う。だが商店街は何も食べ物屋さんだけではない。テレビ局にとって使い勝手がいい店は限られていた。
「でも交流大使が商店街のマスコットになってくれてからは、もうとんでもない騒ぎになったよ。彼女たちのポスターを飾り、チェキやなんかのグッズを置くだけで、グルメとは縁もゆかりもない商品が飛ぶように売れたっけ」
うーん、それはどうなんだろうか……。
結局このヒトは自分の商売に交流大使を利用したいだけなのではないだろうか。
疑っていた俺の心を読んだわけではないだろうが、次の小山田さんの言葉に、俺は少しだけドキッとした。
「でもいいんだ、もうそういうのは……。あれはちょっとやりすぎだったなって自分でも思ってる。そういうことがしたいんじゃないんだ。ただ、異世界交流の東の玄関口として、この地域に住んでる他の異世界人達が少し不憫でね」
交流大使の活動が終わったところで、日本で暮らす異世界人の生活が終わるわけではない。むしろ交流大使の活躍は、故郷より遠く離れた異国の地で暮らす魔法世界のヒト達を元気づけていた。
「だが、現在の彼らはまるで何かに怯えるように小さく縮こまって生活している。せっかく別の世界に来たっていうのに、休みの間中も家から出ずに過ごしている。それじゃあ異世界交流の意味がない」
俺の後ろにずっと控えてくれていたアリスさんを振り返れば、彼女は沈痛な面持ちで顔を伏せていた。
「特に地球で仕事をしてる異世界人のご夫婦がいて、そこにはたくさんお子さんがいるんだが、その子たちがずっと塞ぎ込んでいるっていうんだ。そういう子たちを元気づけるきっかけになればと思ったんだが……」
いや、と小山田さんは我に返ったように言葉を止めた。
「すまん、断られたあとにべらべらと。申し訳ない」
「いえ……」
このヒトは営利だけが目的ではないようだ。
もちろんお金儲けを否定しているわけではない。
俺も企業人の端くれとして会社と社員の利益は当然考えなければいけない立場にある。
だがそれ以上に大切なことを、ちゃんとこのヒトは見据えているようだ。
その点だけは信頼できるのかもしれない……俺はそう感じ始めていた。
「とにかく、学生の本分は学業だからな。そっちを優先するのは大切なことだ」
うんうん、と小山田さんは頷いた。
そしてスックと立ち上がる。
「じゃあ、今日は俺みたいなおっさんに、貴重な時間を割いてくれてありがとう。電気設備で何かトラブルがあったら、すぐに連絡をくれ」
そう言って小山田さんは名刺を差し出す。
そこには『小山田電気工務店代表・小山田勇三』と書かれていた。
これはご丁寧に――と企業人の癖で自分の懐から名刺を取り出そうとして、今俺は学生タケオだったと思い出す。あぶねえ。
「お力になれず申し訳ありません」
「いやいや。アリスちゃんも、元気で。紅茶とケーキ、美味かったよ」
「とんでもありません。お気をつけてお帰りください」
アリスさんはあくまでメイドととしての態度を崩さず、慇懃に頭を下げていた。
さて、そんなわけで客人を見送ったあと、俺の心には僅かばかり、しこりのようなものが残った。
俺は魔王と吸血鬼のハーフ。
だが異世界と地球のハーフという言い方もできる。
そして異世界とは全く関わりがないわけでもなく、むしろ異世界のしがらみによって、今この生活をしている。
本当にこれで良かったのか。
だがもう終わってしまったことを悩んでも仕方がない。
結果を報告するため、俺はアリスさんに頼んで、妹たちを呼びに行ってもらうのだった。




