第46話 交流大使ってなんですか篇⑦ ファーストコンタクト・ネガティブ
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どうか話だけでも聞いてあげてほしい。
俺の憧れの女性、アリスさんから頭を下げてお願いされては、断れるはずがない。
今日を逃せばまた来週……というのも面倒な話だ。
故に本日の午後一に会う約束をアリスさんを通じてお願いした。
当初アレスティアとエウローラ、瑠依にも同席してもらおうと思ったが……未成年の妹たちのことを考えれば、俺一人が代表として話を聞くことが望ましいと考え直した。
「私は、兄さんが望めばいつでも側にいますよ」
アニメに付き合ってもらいましたし、とエウローラは言った。
はにかんだ表情。照れているのかほんのりと頬が赤い。
エウローラは褐色の肌をしている。
その肌はまるでなめらかなミルクチョコレートのようだと俺は思う。
そんな肌の彼女であっても、意外と頬を赤らめたりすればすぐに分かるものだ。
「13時にこちらに来るそうです」
「そうですか」
アリスさんが先方へ、希望の時間を電話で伝える。
彼女は改めて「この度は時間を作っていただきありがとうございます」と頭を下げてきた。
「やめてください。アリスさんがそんなことしなくても……」
「ですが、メイドである私が主を煩わせる原因になるなど、本来あってはならないことですので……」
どうやら先方――商店会長さんは、アリスさんの知り合いという女性から、今現在彼女が荘厳荘で新たな住人の元、メイドとして働いている事実を聞いたらしい。
そしてアリスさんとその商店会長さんも、知らない仲ではない、ということで、彼女に繋ぎをお願いしたという。
「その、お詫びと言ってはなんですが、お食事やお茶はおまかせください。腕によりをかけて準備しますので。まずはケーキを焼きましょう」
「やったぁ!」
アリスさんの提案にエウローラが手を叩いて喜んだ。
やっぱり女の子。甘いものが好きなんだなあ。
そうして荘厳荘内にはケーキが焼ける甘やかな香りがたっぷりと立ち込め、あっという間にお昼になる。
客人を迎える前に食事をするのも憚られたので、アリスさんがケーキのついでに焼いたビスケット(低脂質、プロテイン入り!)をつまみつつ、あっという間に約束の時間がやってきた。
「は、初めまして、俺は小山田勇三。小山田電気店ってケチな電気屋をしているんだが、まあキミたちは知らないよな。あ、これはつまらないものですが……」
ははは、と邪気のない笑みを見せたのは、40代くらいの男性だった。
彼が手土産に持ってきた菓子折りを「ありがとうございます」と俺は受け取る。
小山田さんはナイロン製のジャンパーを着込み、下はジーパンと、まるで少年がそのまんま大人になったような格好だった。
「初めまして、俺はタケオ・フォマルハウト。一応言っておきますが本名です」
「そうなのか。ご両親が外国のヒトなのかな」
ええ、まあ、と無難に頷いておく。
本当は外国人どころか魔王と吸血鬼の神祖だけど。
「今回俺があなたとお話をするのは、俺がこの荘厳荘の代表――管理人ということになっているからと、交流大使――でしたか。その候補となる者たちは、俺の妹たちだからです」
もちろん瑠依は違うのだが、もうあいつも俺にとっては妹みたいなものだ。
瑠依に至っては出会って一月半、アレスティアとエウローラに至ってはまだ半月ほどの日の浅い妹だが……。
「なるほど、俺から直接その子たちに話をするより、キミを通してしてもらった方がいいだろう。こちらとしても、異世界のヒトと話すより、キミと話すほうがあがらなくて済むからな」
「あがる……?」
あがるとは緊張する、という意味の『あがる』か。
ちなみに今俺は地味メガネに黒髪姿だ。
緊張するような相手ではない。そもそも中学生だしな。
アレスティアたちは確かに綺麗は綺麗だが、子供だぞ。
このヒト本当に大丈夫かな、と俺は思った。
「俺はここのオーナー、衣笠伊織男爵とは昔からの知り合いでね。荘厳荘を建て替えるとき、電気設備の工事をしたのはうちなんだ」
なるほど、そういう繋がりか。
いや、ちょっと待て――
「男爵?」
「ああ、ここのオーナーである衣笠伊織は地球人で初めて異世界の爵位をもらった男なんだ。なあ、アリスちゃん」
ちょうどその時、カチャ、っと俺たちが相対するソファーセットのテーブルにお茶が置かれる。湯気を立てる飴色の紅茶だ。うん、実に芳しい香りである。
「はい、主人はオットー・レイリィ女王陛下より、直々に爵位を賜りましたので」
俺は内心の動揺を隠しながらお茶を飲む。
あ、いかん、カップを取る手が震えてる。
オットー・レイリィ女王陛下と言えば、魔法世界の正に顔。
様々なメディアに登場し、俺たちは異世界のことを彼女の言葉を通して学んだ。
レイリィ女王陛下は、ヒト種族の領域、王都ラザフォードを治める女性初の王様だ。とても美しく、慈愛に溢れた笑みを絶やさない、本物の大人の女性。そう言えばアリスさんと少し似ている気がする。
そんなものすごい人物から直接爵位を?
アリスさんの旦那さんって一体何者なんだろう。
「とにかく、挨拶が長くなっちまった。前置きを抜きにして単刀直入に言わせてもらう。異世界交流発展のため、そして十王寺町活性化のため、異世界のヒトたち――つまりはキミの妹さんたちに、交流大使になって欲しい」
小山田さんはその場で深々と頭を下げた。
異世界交流のため、そして地域活性化のため。
理由を並べればまだまだ他にもあるだろう。
だが、それを置いても俺の答えは最初から決まっていた。
「お断りします」
恐らくきっと、妹たちであっても同じ答えを出すだろう。
だが彼女たちが矢面に立つことはない。
ここは俺が代弁するべき場面だと思う。
故に俺は迷うこと無く即答していた。




