第45話 交流大使ってなんですか篇⑥ 日曜日の嵐……その先触れ
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「お兄様、妹の前で鼻の下を伸ばさないでくださいまし……!」
「タケオくんは、そういう女性が好みなんだね……!」
しまった。
つい、写真のエアリスさんとセレスティアさん(大人バージョン)に夢中になりすぎた。
愛理からは殺気が。
そして瑠依からは軽蔑の視線が向けられる。
同じ食卓に愛理と瑠依もいたというのに、二人の存在を忘れてしまうほど、妹二人の母と姉は魅力的すぎた。
「そ、そう、風呂、風呂の話だったよな!」
俺は無理やり話を軌道修正した。
荘厳荘の個人宅とはとても思えないほど大きな風呂に描かれている壁画、あれは魔法技術の結晶だという。それはどういうことなのか――
「簡単ですよタケオさん。あの壁画があそこに飾られているだけで、半永久的に空気の循環と水の浄化を行ってくれるんです」
「え、なにそれすごい!」
アリスさんの説明に、俺はことさら大げさに驚いてみせた。
いや、驚きもする。マジですごいなそれって!
ということは――あのだだっ広い風呂は湿気知らずのカビ知らず、しかも水は入れ替えの必要がなくて、俺たちが浸かって汚れても、綺麗に浄化されるから、いちいち水を捨てる必要がない――水道代がかからないってことなのか!?
「半永久的!? そ、そんな技術が異世界にはあるのですか!?」
「すすす、すごい! なんて経済的なのっ!?」
夢の永久機関に愛理と瑠依も目を見開いて驚いている。
どうやら俺がシスターズのマザーズに懸想した件は忘れてくれたらしい。
「そのアマァーカスさんとうちの主人は友人同士なので、特別に壁画を描いてくれたみたいです」
アリスさんは旦那さんのことを話すとき、とっても嬉しそうだ。
さっきのエウローラもそうだが、自分の大好きなヒトが話題に上ると、自然とそうなってしまうのだろう。
さて、こうして今日も何気ない日曜日が始まるかと思いきや、平穏無事なのはこの時点までだった。
朝食が終わり、アリスさんは片付け、愛理は御堂での用事があるらしく、迎えの車に乗って行ってしまった。瑠依は外見だけではなく中身も鍛えなければ、と最近勉強を頑張っているらしい。今も自室に籠もっている。
「エウローラ、アレスは?」
「部屋でユーチューブ三昧するって言ってましたけど?」
まあ、どんな休日を過ごそうが構わないけど、あんまりだらけているようではいけないな。兄として注意してやらないと。
「それで、お前は一体何をしているんだ」
エウローラはダイニングテーブルを挟んだキッチンとは反対側、リビングスペースのソファに座って、ニコニコしながらテレビのリモコンを操作していた。
「えへへ、今日は日曜。私の大好きなテレビ番組がこれから始まるんです」
ほう、そうなのか。
興味を惹かれた俺は、エウローラの隣のソファに腰を下ろす。
大きなテレビ画面が点き、ザッピングしながら、お目当てのチャンネルを見つけると、彼女は膝を抱えて食い入るように画面を見つめた。
「こ、これは――」
エウローラが見ているのは子供向けアニメ番組だった。
アバン……前回のあらすじとなる映像が流れ、そこで敵となる怪人? と相対するのは、水色の髪とピンク色の髪をした――魔法少女だった。
『首都東京は我らの手に落ちた! 今更何をしたところで無駄なあがきだ!』
『くっ、例え東京都民1300万人が敵に回ったとしても、私たちは諦めない!』
『ええ、そのとおりよ! 例え都民が許しても残りの日本国民1億1700万人が私たちを支持してくれるはず!』
スケールのデカイ煽りだなおい。
っていうか都内全域支配できる敵すごくね?
『くくく、そんな強がりを言えるのも今のうちだけだ、お前らの相手はこいつらにしてもらおう!』
敵が手を挙げると、無人だった靖国通り(多分)の脇道からぞろぞろとヒトが流れ込んでくる。
それらはどう見ても一般市民なのだが、目は焦点を失い、口は半開き状態で足元フラフラ。朝の子供番組の絵面としてはヤバすぎる。
『こ、このヒトたちは、洗脳された都民の方々!』
『みんな正気に返って! あなたたちは操られてるだけなのよ!』
『無駄だ無駄だ、こいつらは都民税ゼロ円に釣られて魂を売り渡したものども。お前らの声になど耳を貸すはずがない! お前らにこいつらと戦う覚悟があるかな?』
なんだろう、最初はよくある子ども向けアニメだと思っていたけど、なんか妙に続きが気になるというか……いや、アホはアホなのだが、ここまで突き抜けてると逆に面白い。
『くっ、仕方がないわキュア・セレス!』
『ええ、キュア・ウインダム! 来週から日本の首都は大阪で決まりよ!』
二人の魔法少女が人混みに突っ込んだところでオープニングが流れる。
可愛らしい美少女二人が、勇ましいバトルシーンを画面狭しと繰り広げている。
このアニメ、女の子向けでも子供向けでもない。
まさしくガチのハイクオリティアニメーションだ。
チラっと隣のエウローラを覗いてみる。
真剣だ。瞬きすらせずに画面を凝視している。
意外だ。エウローラはこういうのが好きなのか。
息を詰めるほど集中して見ている彼女の横顔は実に美しかった。
スポーツでも勉強でも、音楽でもアニメでも。
何か夢中になれるものがあるのはいいことだ。
俺の妹はちゃんと熱中できるものを持っているようだ。
さて、これ以上隣にいても邪魔になるだけだし、俺は退散しましょうかね――
「うん?」
エウローラから再び画面に視線を戻したとき、俺は凍りついた。
何故ならオープニングが終わった途端流れたCMが――
『あなたもキュア・セレスとキュア・ウィンダムになれる! 変身パーカー!』
よくあるなりきりパーカーってやつだ。
だが問題はそれを販売してるメーカーである。
(カ、カーネーションキッズブランド!? うちがスポンサー!?)
し、知らなかった。
こんな番組にうちって出資してたのか。
俺は急激な恥ずかしさに襲われた。
もちろんエウローラは、俺=カーネーションの事情は知らない。
ただ、俺の実家が子供向け番組に関わってると意識すると、途端心が勝手に気まずさを感じてしまったのだ。
(た、退散しよ……)
バレるはずはない。
だが俺自身がアレスティアのときのようにボロを出してしまう可能性は否定できない――
「へ?」
ガシっと、腕を掴まれていた。
俺の手首をエウローラがホールドしていた。
彼女は画面を見つめたままだ。
恐らく無意識でやっているのだろう。
「…………」
俺は浮かしかけていた腰を落ちける。
そして30分間、エウローラと手を繋いだまま(正確には手首を拘束されたまま)一緒に番組を視聴した。
「は〜、おもしろかったぁ……!」
「確かに……前話を知らない俺でも楽しめたな」
まさか首都変遷の交渉に行った大阪府民まで敵に支配されているとは思わなかった。圧倒的戦力の不利を悟った魔法少女二人は知恵を働かせ、東京都民と大阪府民の間に諍いを誘発させる。そして二つの大都市の住民がぶつかり合い、あおりで名古屋が消滅したときは、このシナリオ書いたやつは本気で頭おかしいと思った。
「ですよね! このアニメは本当にすごいんです! 特に私はキュア・ウインダムが大好きで――」
身を乗り出したところでエウローラがピタリと動きを止める。
どうやら自分が今までずっと俺の手を握ったまま(正確には手首を掴んだまま)だったことに気付いたようだ。
「ご、ごめんなさい、私ったら全然気づかなくて……」
パッと手を離したエウローラは赤くなりながら俯いた。
俺は手形がつくほど握り込まれた手を振りながら「問題ない」と告げる。
「アニメに夢中になってるエウローラが可愛かったから許す」
「か、かわっ――!?」
驚きに目を見開いたエウローラだったが、バチっと俺と目が合うなり、再び俯いた。さきほどの比じゃないほど顔が真っ赤っ赤になっていた。
さて、思わず愉快な気分になったが、そろそろ部屋に戻るか。
そしてトレーニングにでも行こうか……などと思っていたときだった。
「はい、もしもし…………あ、どうもご無沙汰しております」
アリスさんだった。
洗い物を終え、昼食の準備を終えた彼女が、キッチンの中で電話を受けている。
会話の内容からどうやら相手は顔なじみのようだが――
「え、どこでそれを――ああ、また秋月さんですか……ええ、たしかにそうですが……」
何故かアリスさんはチラっと俺の方を見た。
なんだ、俺の関係者か? まさかベゴニア?
「…………わかりました、一応聞くだけ聞いてみます」
通話を終えたアリスさんは、自分のスマホをダイニングテーブルに置くと、しずしずと、リビングの方へとやってくる。その表情は非常に申し訳無さそうにしょげかえっていた。
「タケオさん、少々よろしいでしょうか」
「ええ、なんでしょう」
俺は手で、隣どうぞ、とソファを勧めるが、アリスさんは視線を落とし、その場に佇むことを選んだ。
「先程、私の主人の古馴染みから電話がかかって来ました。その方は現在、十王寺商店街の会長をされている方なのですが……」
「商店街の?」
十王寺商店街は荘厳荘からもほど近い、大きなアーケードを有する商店街だ。
通学のため駅に行こうとすれば避けては通れないが、そこの商店会長がどうしたというのか――
「実はその方がタケオさんに……正直に言えばエウローラ様やアレスティア様、そして瑠依さんにお話があるようなのです」
「どういうことですか?」
俺は眉を潜めながら聞き返した。
商店会長がどうしてうちの住人――中学生の女の子に用事があるというのは話がおかしすぎる。
「実はエウローラ様、アレスティア様、そして瑠依さんに、異世界事業推進のための交流大使になって欲しいと――そのお願いに来るのだと思われます」
「なんですってっ!?」
かつてアリスさんが担っていた交流大使。
それにエウローラたちが?
「兄さん?」
キョトンとするエウローラは、俺の服の裾をそっと握るのだった。




