第43話 交流大使ってなんですか篇④ アレスティアとイチャラブ?
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目下一番の懸念だったアレスティアの問題が解決した。
俺と彼女は実は幼い頃に一度会ったことがあり、そのせいで彼女は俺の本当の正体――地毛と瞳の色を知っていたのだ。
そんなこととはつゆ知らず。
てっきりカーミラとしての正体がバレたと思い込んでしまった俺は、本来しなくていいネタバラシまでしてしまった。
だが、アレスティアはそんな俺をも受け入れてくれた。
少なくとも女装に対する嫌悪感などは抱いていないようである。
こうして、俺の正体=カーミラのことを唯一知るのは、荘厳荘内でもアレスティアのみとなったのだが――
「なあ、これいつまで続ければいいんだ?」
「私が満足するまでね。ほら、今度はこっちの耳」
現在、俺はアレスティアの耳掃除をしていた。
俺の部屋で二人っきり。そして何故か俺は女装をさせられていた。
「耳掃除するのになんでいちいち女の格好しなきゃならんのだ!」
「いいじゃん、男のタケオより、女のタケオの方が綺麗なんだもん」
僅か十数分程前のことだ。
夕食後、突如として俺の部屋にノックもなしにやってきたアレスティアは、耳かき棒をズイっと差し出しながら「しなさいよ」と命令してきたのだ。
「耳掃除なんてエウローラにしてもらえばいいだろう?」
「今日はタケオにして欲しい気分なの」
どんな気分の日だよ。
「わかったわかった。じゃあベッドに横になれ」
「そのままじゃ嫌。ちゃんと着替えてね」
「はあっ!?」
何を言ってるんだこいつは。
「言うこと聞かないとあんたの正体バラすわよ。……アリスに」
「お願いします、なんでも言うこと聞きますからそれだけは勘弁してつかーさい!」
やって良いことと悪いことがあるぞ。
もしも俺の女装がアリスさんにバレたら――
『タケオさん、気持ち悪いです。織人の情操教育によくないので近づかないでもらえますか?』
はわわわわっ! 想像しただけで心が引き裂かれそうになる!
アリスさんに嫌われたら、俺はもう生きていけない……!
「わかった、着替えるから外で待っててくれ」
「面倒くさい。ここで見ててあげるから」
「お前、俺がブラジャーしてパッド入れながら寄せて上げてるところ見たいのよっ!」
「うん、超見たい!」
この野郎、メチャクチャいい笑顔で言い切りやがった。
ツンデレ属性だけじゃなくサディスティック・デザイアも持ち合わせてるのか。手に負えない……。
「アレスティア」
俺は黒髪のカツラと眼鏡を取って、アレスティアに迫る。
素の顔になった途端、アレスティアの強気な態度はどこへやら。
彼女は壁際まで後ずさり、図らずも壁ドンをする格好となった。
「いい子だから言うことを聞いてくれ。完璧なカーミラになるためには一人で集中する必要があるんだ。お願いだよ」
「ふ、ふん……しょうがないわね。15分だけ待ってあげる」
おや、アレスティアの顔が赤い。
ははん、さてはこいつ、長風呂してのぼせたな。
ガチャ、バタン、とドアを閉じたあとも、じーっと見つめ続ければ、チャ、キィっとわずかにドアが開く。隙間から覗く翡翠の瞳とバッチリ目があった。
「あ」
「あ、じゃねーよ。時間の無駄だから大人しく部屋で待ってろ」
「ぶー」
ドアの前から気配が消える。
どうやら本当に自分の部屋に戻ったようだ。
「やれやれ……何が悲しくて自室で女装なんて」
そんなこんなで15分後、アレスティアのスマホに『準備完了』とメールを送るなり彼女は秒で来やがりましたよ。
「ふん、まあまあね。この間のホテルほどじゃないけど」
「だったらせめて倍の時間はメイクにもらわないとな」
メイク術を学んでからわかったことだが、化粧というのは丁寧にすればするほど時間がかかる。
今日のは簡素なバージョンであるが、それでもキチンとカーミラを作っているのだから褒めてほしい。
「それで、その……」
アレスティアはモジモジとしていた。
どうやらここから先は横柄な態度はやめるらしい。
ホント仕方ないな。
「アレスティア、おいで」
「うん!」
俺がベッドの上でポンポン、と膝を叩くと、彼女は素直に頷いて横になった。
膝枕である。金色の髪がスカートの上に広がり、サラリとこぼれ落ちていく。
「今気付いたけど……耳、尖ってるんだな?」
「だってお母様は長耳長命族だもん」
エルフだって!?
そうか、異世界に存在しているとは聞いていたがアレスティアは本物のエルフなのか。
「それでも私の耳は大分小さい方だけどね。クォーターだもん」
どうやらアレスティアのお母さんはそもそも半分人間の血を引くハーフエルフらしい。その子供であり、魔族種との間にできたアレスティアは1/4しかエルフの血は流れていないとか。
「だから多分、私が赤ちゃん生んだら、ほとんどヒト種族と変わらないくらいの耳になると思う」
「そうなのか……」
いや、アレスティア、それって自分がエルフの男性と結婚する可能性を除外してませんか? クォーターに再びエルフの血が入れば、耳だって長く尖ったりするんじゃないだろうか。
などということを言ってみたら、ギロっと睨みつけられた。
「ホント、見た目は女の子なのに、中身は全然ダメね。女心がまるでわかってない」
「め、面目ない……」
言いながらも俺はアレスティアの金髪をかき分け、彼女のお耳の穴に耳かき棒をそっと挿入する。
上から見た限りではほとんど汚れはない。
ならばこれは耳掃除の名を借りたじゃれ合いであろう。
かる~く、耳かき棒でフェザータッチしつつ、彼女が満足するまで付き合おう。
「あっ、あっ……!」
なんだかアレスティアから艶めいた声が漏れている。
彼女はモジモジと背中を丸めながら、両手で口元を抑えている。
彼女の首筋や耳が朱色に染まっていた。
「アレスティアちゃん、気持ちいい?」
「はっ、んっ、き、気持ちいい……けど」
けど?
「アレスって、呼んで……!」
はいはい、仰せのままに。
「アレス、こちょこちょ〜」
「んっ、んんんっ!」
俺は綺麗な耳の内壁の、なんでも無いところを優しくカリカリしてやる。
するとアレスは身震いして声を押し殺した。
「ほら、もういい加減終わりにしようぜ」
そう言いながら俺は何の気なしにアレスの耳を触った。
その時、事件は起こった。
「んーっ、んうううっ!」
抑えた口の中で、悲鳴が爆発したのである。
アレスはビクンビクンっと全身を震わせた。
「な、なんだ、大丈夫か?」
だが、しばらくの間、アレスは無反応だった。
ただ固く目をつぶり、何かを堪えるようにプルプルと震えている。
やがて「はああ……」と大きく息を吐き出し、クタぁっと全身の力を抜いた。
「アレス……?」
「はあ、はあ……平気……耳、触られて、ビックリしただけ……」
「そ、そうなのか? ひょっとして触っちゃ不味かったか?」
「ううん……普段ならこんなことにならないのに、やっぱりタケオは特別なのかも……」
「ど、どういう意味?」
耳を触っただけで特別かどうかなんてわかるものなの?
「なんでもない。今日はありがと……またシてね。耳掃除……」
アレスは妙に火照った顔のまま何故か胸元を抑え、前かがみになって部屋を出ていく。な、なんか、瑠依とか愛理がこの光景を見たら誤解しそう……。
とにかく、俺とアレスはこの短期間の間にかなり仲良くなっていた。
仲良くなりすぎていたかもしれない……。
*
「むう。この間のデート以来、アレスちゃんと兄さん、本当に仲がよくなったなあ……」
ここは6号室。エウローラの部屋である。
彼女は風の精霊魔法使いエアリスの娘にして風の精霊の化身アウラの妹。
この世全ての大気は彼女の味方であり、そして世界は大気で満ち、繋がっている。
たとえ距離や壁を隔てようとも、風の魔素がある以上、彼女がちょっと集中すれば、それとなく会話を盗み聞くことなど造作もない。
ただしエウローラは常識を持ったまっとうな性格をしているので、一言一句盗み聞きするのではなく、せいぜい自室にいながら、タケオのドアの前に立って、聞こえてくる音を耳にする程度の盗聴に留まっていた。
「アレスちゃん、私の耳かき棒借りていったから、多分兄さんに……。でも耳掃除、だよね? あんなに気持ちよさそうな声でるかなあ?」
エウローラは想像する。
きっとアレスはタケオに膝枕をしてもらいながら耳かきをしてもらったに違いない。
「いいなあ……」
「チチチ!」
エウローラの独り言に頷くのは鳥の精霊獣ピピのみ。
私も兄さんの部屋に行っちゃおうかなぁ……。
そしてアレスのように自分をさらけ出して甘えてみたい。
「でも、ダメ……まだそんな勇気でないよ」
「チチチ……」
エウローラはガララっと学習机の引き出しを開けた。
するとそこには綺羅びやかな装飾が施されたオブジェが入っていた。
「ねえピピ、本当の私を知ったら、兄さんは私のこと、軽蔑するかなあ?」
「チチ……」
ピピは全身を使って「そんなことはないよ」と表現する。
翼を大きく早く羽ばたかせたのみだが、意図はエウローラにも伝わった。
「うん、そうだね。よし、それじゃあ日課のパトロールに行こうか」
エウローラは立ち上がると、衣類を脱いでいく。
そしてベッドの下に隠してあったとある衣装に身を包む。
ひらひらとふわふわのリボンがたくさんついたそれは、どこからどう見ても日本のアニメに登場する魔法少女のコスチュームだった。
「行くよピピ」
「チチチっ!」
机の引き出しからオブジェ――マジカルステッキのおもちゃを取り出したエウローラはガラッと窓を開ける。
ふわりと、彼女の身体が重力の枷から解き放たれ、浮かび上がる。
さらに風を全身に纏ったエウローラの姿は夜の風景に同化した。
これがエウローラの日課。
魔法を駆使して、誰にもバレないように夜を駆ける。
タケオの知らない、彼女の本当の姿がそこにはあった。




