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第42話 交流大使ってなんですか篇③ タケオ、こころの向こうに

 *



 俺の名前はタケオ。タケオ・フォマルハウト。

 冗談みたいな名前だが本名だ。


 母親は北欧に端を発する吸血鬼で、父親は異世界の魔王。

 そのハーフとして生を受けた俺はダンピール……ということになる。


 だが、吸血鬼と言っても、物語に登場する吸血鬼の特徴は一切持ち合わせちゃいない。


 鏡にも映るし、十字架も平気。

 ニンニクだって食べられるし、聖水だって大丈夫……なはず。

 いや、聖水なんて浴びたことないからわかんないけど。


 兎にも角にも、身体が丈夫ってことを除けば、人間と大差はない。

 普通に悩み多き中学三年生である。


 目下最大の悩みは、学生の身分でありながら家業の手伝いをしていること。

 俺の母親はすでに他界しているのだが、母が残したものがとんでもないのだ。


 カーネーショングループという、世界を股にかけるビューティーカンパニーの創始者が母・カーミラであり、つまり俺は御曹司ということになる。


 カーネーションと言えば、世界中に熱狂的なファンを持つコスメブランドだ。一国のファーストレディから、一流のミュージシャン、さらにはハリウッド女優たちでさえ、ファンを公言して憚らない。


 そんなカーネーションを支えるため、俺は女になった。

 いや、正確には女のフリをすることになってしまったのだ。


 カーネーションとは創業者一族の名前から取られており、会長職も一族の娘から選ばれる。そして会長は代々創業者であるカーミラを名乗り、社の象徴、マスコット、あるいはイメージキャラクターとしてマルチな活動をしてきた。


 十年前、母であるカーミラが事故で亡くなり、カーネーショングループは旗頭であるカーミラを失ってしまう。


 その結果、ライバル企業その他から様々な妨害工作、ヘッドハンティング、敵対的企業買収などに晒され続けてきた。


 そんな会社の窮地を救うべく、青春真っ只中、年頃となった俺ことタケオ・フォマルハウトは、母親そっくりの女顔を利用し、女装とメイク、さらには食事制限と過酷なトレーニングを経て、見事四代目カーミラとして会長に就任することとなった。


 普段は黒髪のカツラと分厚い瓶底眼鏡を装着し、一見すれば目立たない地味な中学生を演じている。


 そのお陰でクラスメイトの誰も、実は俺がカーネーションのカーミラ会長だとは気付くものはいない。


 このまま目立たず、息を殺して学校生活を送っていこう。

 そう思っていた矢先、様々な事件が起こった。


 まずはこっそり作成した合鍵を使い、一人立入禁止の屋上で、カツラを外した素顔の状態で寛いでいた俺の元に現れた同学年の女子――名前を黒森瑠依(くろもりるい)という。


 俺よりも酷いボサボサのざんばら髪で、制服も薄汚れており、げっそりガリガリの女の子だった。物陰で様子を伺っていると、彼女はなんと屋上のフェンスを乗り越え、自殺をしようとした。


 俺は慌ててカツラを装着し(←これ大事)、間一髪、彼女の腕を掴むことに成功する。錆びたフェンスに腕を突っ込んだため、結構深めに腕を切ってしまったが問題ない。


 吸血鬼の再生能力は伊達ではないのだ。

 本来なら何針か縫わなければならないほどの裂傷もわずかな時間で完治してしまう。


 そんなことよりも問題は黒森の方だ。

 どうして自殺なんかしようとしたのか。

 その理由はすぐに判明する。


 イジメである。

 黒森は友達だと思っていたクラスメイトに実は嫌われていた。

 裏で散々な陰口を言われていたらしい。


 さらには鞄に落書きまでされていた。

 ばーか、しね、ブス、だったか。


 前者の二つはともかく、ブス? こいつが?

 確かに見窄らしい格好はしちゃいるが、ブスってのはどうかな。

 改めて見てみれば、磨けば光る逸材だと思うのだが……。


 そんな慰めを言う暇などなく、黒森はその場でメソメソと泣き始めた。

 聞けばこいつは家にも居場所がないらしい。


 育ての親である祖母が亡くなり、引き取られた叔母の家でも虐待をされているんだとか。寝起きは物置で、食事もほとんど与えられず、風呂にも入れない。そうか、こいつが何となく汚れているのはそのせいだったのか。


 そして明日からは学校でもイジメられる。

 もうどこにも行く場所がないと……。


 はあ。ホントこういのは良くないんだけどな。

 そもそも同級生である俺がすることではないはず。


 俺よりももっと大人が助けてやるべきなのではないのか。

 例えば担任の星崎とか……。


 関西言葉が抜けなくてよく教頭に怒られてはいるが、あれはなかなかいい教師だと思う。あいつに相談すれば――


『なんや黒森、お前帰れないんか? なんならセンセの家来るか?』


 ……いや、絶対ダメだ。

 多分あいつはロリコンだ。


 いい年して独身で、彼女もいないって言ってたから、きっと飢えて黒森みたいな立場の弱い女子生徒を無理やり手篭めにしようとするはず。


 仕方がない。

 俺はヒトより多少実家が裕福だから、こいつの面倒くらいみてやるか。


「家に帰りたくないんだろう。じゃあ俺んち来いよ」


 我ながらかなりぶっきらぼうな言い方になってしまったが、黒森は大人しくついてきた。同級生男子の家に来いと言われて、ノコノコついてくるあたり、こいつは本当に居場所がないんだな。


 俺はもちろん紳士だから、心身ともに弱ってる女の子に酷いことなんて絶対しない。せめてお腹いっぱいご飯を食べさせて、風呂に入れ、安心して眠れるベッドを用意してやろう……。



 *



 瑠依の問題は解決した。

 まずは学校でのイジメに関して。


 これは瑠依自身にも問題があった。

 生活環境が劣悪だったため、衛生状態が悪く、それが理由でイジメられていたのだ。


 ならば対処は簡単だ。

 生活環境を改善……毎日風呂に入り、清潔な衣服に身を包み、キチンと飯を食ってガリガリの身体を健康にしたら彼女は生まれ変わった。


 いや、もう一つ大きな要因があった。

 彼女もまた俺と同じく、自分の正体を隠しながら生きていた。


 瑠依は『異世界難民』だった。

 16年前の大災害時、異世界から地球にやってきてしまった来訪者だったのだ。


 ざんばら黒髪のウィッグの下には艷やかな赤毛が隠れており、さらには愛らしい猫耳と小さな尻尾まで生えていた。


 田舎暮らしの情報の乏しさ故、異世界の存在を知らず、また、信心深い祖母の教えにより、自身が化け猫の子どもだと思い込んでいた瑠依の正体は、魔法世界(マクマティカ)の獣人種赤猫族のルイス・ヴァレリアだった。


 彼女は自分の正体を隠すことを止め、生来の姿で生きていくことを決意したようだ。


 そうしてみると、ルイス――瑠依は大層可愛らしい容姿をしており、ぶっちゃけて言うなら俺でさえビックリするほどの美少女だった。


 異世界難民であると日本政府から認定された瑠依は生活が保証される。本人が望めば叔母の家を出て、一人暮らしをすることも可能だろう。どうやら瑠依は一人暮らしをする道を選んだようだが……。


 やれやれ、しかしまさか彼女の下宿先が、俺の一人暮らし先とバッティングするなんて、このときは全く予想だにしていなかった……。



 *



 俺には育ての親がいる。

 一人はベゴニアという。


 元々は母・カーミラの秘書兼執事であり、吸血鬼である母が唯一眷属にした女性だ。


 身の丈190センチを越えるロシア人と日本人のハーフであり、16年前の大災害時、多くの命を救った英雄の一人でもある。


 もうひとりは御堂百理(みどうびゃくり)という女性で、このヒトは母の親友だった人だ。御堂財閥の裏の総帥であり、カーミラと同じく、父の地球での現地妻の一人でもある。


 母亡き後、俺はベゴニアと百理さんによって育てられた。

 俺が5歳のとき、大きな事故に巻き込まれ、母は俺を庇って代わりに命を落とした。


 俺には事故当時の記憶がない。

 それどころか5歳より以前の記憶はなく、事故の日を境に、自分の全てがリセットされてしまった。


 しばらくは事故の後遺症で、生きた屍になっていたらしいが、そんな俺が立ち直るきっかけになったのが愛理(あいり)の存在だ。


 愛理は百理さんの娘であり、俺とは異母妹の関係にあたる。

 父親はもちろん、異世界のくそったれ魔王であるクソ親父だ。


 百理さんは心神喪失状態にあった俺に、積極的に子守を任せた。

 生まれたばかりで首も据わっていない愛理の面倒を俺に一任したのだ。


 俺は、事故に遭ったからとか、母を亡くしたからとか、そんな言い訳が一切できなくなり、愛理を育てるため、無理やり正気に戻るしかなかった。


 言ってしまえば愛理は俺の妹であり、娘のような存在だった。

 おしめを替え、風呂に入れ、離乳食を作り、寝かしつける。


 そうして愛理の成長を見守っていくうちに、俺はヒトとしての心を取り戻し、いつの間にか母の死を乗り越えることができていた。


 いやしかし、そんな風に面倒を見ていた愛理がまさか、将来俺と本気で結婚したいと思うほど、実の兄貴に懸想することになろうとは……。



 *



 カーネーショングループ四代目会長に就任してくれと、ベゴニアが頭を下げてきた。ついにこいつは気が触れたのかと本気で心配した。


 男の俺が会長になどなれるはずがない、そう突っぱねた。

 だが、突然立ち上がったベゴニアは強烈なボディブローで俺を昏倒させた。


 目が覚めたとき、目の前には母カーミラがいた。

 本当に驚いた。実は生きていたのかと涙を流した。


 だがそれは鏡に移った俺自身の姿だった。

 気を失っている間にベゴニアは、勝手にフルメイクを施していたのだ。


「お前はやっぱりカーミラ様の息子だ。若い頃のカーミラ様に瓜二つだ。父親に似なくて本当によかった……」


 最後のだけは同感だ。

 誰彼構わず女に子供を産ませまくるようなクソ親父に似なくて本当によかったと思う。


「改めて頼む。これはお前にしたできないことなのだ。カーネーションを守るため、会長になって欲しい」


 ベゴニアは再び深々と頭を下げてきた。

 育ての母のこんな姿など見たくはない。

 俺はとりあえず頭を上げるように言い、そして事情を聞くことにした。


 カーネーションの経営状態は思ったよりも悪いものだった。

 特に近年は人材の流出に歯止めがかからず、世界中の支店も閉店が相次いでいた。


「やっぱり私にはカーミラ様のようなカリスマ性はない。だが、タケオ、お前にならばある。カーネーションを守れるのはお前しかいないのだ」


 事情を知り、頭まで下げられたからにはもう、俺にそれを拒むことはできなくなっていた。


「一つだけ条件がある。一人暮らしを認めてくれ。そうしたら会長になってもいい……」


 俺の腹はもう決まっていた。

 交換条件を出したのはせめてもの抵抗だ。

 一人暮らしというミニマムな生活にも憧れていた。


 こうして俺は修羅の道に進むことになる。

 だがしかし、カーミラになることは一朝一夕ではなかった。


 より完璧な美しさを手に入れるため、俺は徹底して女性の所作を学び、メイク術を学び、過酷な減量とトレーニングに明け暮れた。


 そうして約半年が経過し、豊葦原学院中等部の三年生に進級すると同時に、俺は四代目として完成していた。


「素晴らしい。どこからどう見てもカーミラ様……ユニバースクラスの美貌を持った完璧な美少女だ」


 ベゴニアの言う通り、鏡に写った俺は、思わず自分自身が惚れ惚れしてしまうほどの美しさを手に入れるに至っていた。


 俺は自身がずっとマザコンであることを自覚していたが、今日この瞬間から自己陶酔者(ナルシスト)も追加されてしまった。


 こんな姿、絶対に愛理には見せられない……。


「こんにちはー、お兄様ー、愛しの妹が遊びに来ましたよー」


 俺は悲鳴を飲み込みながら飛び上がった。

 こんな女装した格好を見られたら、愛理に失望――いや、愛理なら俺を刺して自分も自害しかねない。


「私が時間を稼ぐ。その間に着替えろ!」


 颯爽とベゴニアが部屋を出ていく。

 ああ、今の頼もしいあんたなら素直に「母さん」って呼べそうだぜ。


「なんて言ってる場合か。は、早く着替えないと……!」


 着替えたあとも大変だった。

 女物の洋服や下着、さらにはウィッグなどもどこに隠せば良いのか。


「絶対、一人暮らし、するぞ……!」


 愛理にとってフォマルハウト家は生家も同じ。

 早く一人暮らしをして、愛理と距離を置かなければ、いずれ女装がバレてしまう。

 俺は決意を新たにするのだった。

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