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第41話 交流大使ってなんですか篇② 異世界事業推進・第二回戦の始まり

 *



 まるで温泉旅館の大広間。

 百理と愛理が通されたのは200帖はあろうかという大きな和座敷だった。


 そこの上座で一人、お膳から食事を摂っている老婆が一人。

 まるで枯れた老木が着物と羽織を着ているような姿で、顔には丸いサングラスのようなメガネをかけている。


「おお、よくきたよくきた。愛理ちゃん、久しぶりだねえ」


「ご無沙汰をしております、お祖母様!」


 老婆――御堂命理の口元が持ち上がる。

 途端、顔中に深いシワが亀裂のように走る。

 どうやら笑ったようだった。


 声をかけられた愛理はもうニコニコで、飛び跳ねんばかりに全身で嬉しさを表現していた。


朝飯(あさめし)まだだろう。一緒に食べようねえ愛理ちゃん」


「はい、喜んで」


 愛理は命理の隣に腰を下ろす。

 それを見た途端、百理は娘をたしなめた。


「こら、愛理。目上のヒトの隣に気安く座るものではありません。上座と下座というものがあってですね――」


「固いこといいっこなしだよ。野暮だねえお前は。良いからお前さんだけ下座に座ってなよ」


 娘にマナーという物を教えようと思ったのだけなのに、百理の方が命理にたしなめられてしまった。


 百理はまたしても不満げな、唇を尖らせた表情で命理の対面に腰を下ろした。

 座布団もなく、畳の上に正座をしているのだが、その姿は実に絵になった。


 百理は年齢こそ340歳を越えるが、見た目は正直中高生に間違われるレベルである。実際愛理と一緒に歩いていても姉妹にしか見られない。


 だがそんな子供っぽい彼女には圧倒的な色気があった。

 夫である龍神と付き合い出す前にはなかった、女性としての確かな艶が現在の彼女からはムンムンと醸し出されている。


 それは男を惹きつけるフェロモンでもあるが、ただしそれが同性からも好意的に見られるとは限らない。


「けっ、まったく無駄な色気ばかり増えおってからに。鼻につくったらないね」


「ひ、ひどい……実の娘にそこまで言いますか?」


「言われたくなかったら、その無駄な色気で旦那をその気にさせて、二人目の孫の顔でも見せておくれな」


「ううう……」


 命理は事あるごとに百理に対して斯様な要求を突きつける。

 枯れ木のように朽ちゆくしかない命理は、瑞々しい玉のような命を欲しているのだ。


 無論、取って食べる……などということはなく、ただ単に可愛い孫は何人いても嬉しいと。要するに命理は孫バカになっていた。


「お祖母様、お母様をイジメないでくださいまし」


「おーおー、違うよ愛理ちゃん。ババはそんなことしないよ」


 顔面が引き裂かれたかと錯覚するほどのシワが刻まれる。

 どうやらニッコリと笑ったらしい。身内でなければ卒倒しかねない笑顔だった。


「ただね、この娘は300年以上も親不孝をしてきた実績があるからね。私も多少厳しい言葉を言いたくなってしまうのさ」


 300年以上の親不孝とは、百理がずっと独り身でいた年数である。

 つまり江戸時代中期から現代に至るまで、命理は孫を抱くことができなかった……それを孫ができてからも恨み節のように言っているのである。


「お母様はそればかり……いささかしつこすぎやしませんか?」


「何がしつこいことがある! そう言うなら新たな孫をプリーズ!」


 何がプリーズだ。百理は辟易とした。


「お祖母様、でももしかしたら新たな孫……私の妹は近々できるかもしれませんよ?」


「おや、そうなのかい?」


「愛理!?」


 突然の愛娘からの発言に百理は目を見開いた。

 一体何を言い出すのか――


「この間もお父様が地球にやってきたときには、それはもうお母様はベタベタに甘えていましたから。私だってお父様に甘えたかったのに、『愛理、学校の勉強はいいのですか!?』と私を部屋から追い出すのです。その後、二人きりになった途端、『あなたぁ、私寂しかったぁ』と猫なで声を出してゴロゴロと甘えていたみたいです」


「ほほう。そうだったのかい」


「ああああ、愛理ーっ!」


 まさか聞かれていたとは。

 愛娘からのウィキリークスに百理は顔を真赤にして慌てた。


「それに、お母様の第二子を待たなくても、お祖母様は近々ひ孫を抱けるかもしれませんよ」


「何だってっ!?」


「あ、愛理、それはどういう……!?」


 御堂財閥の先代、そして現当主の命理と百理が驚愕の声を上げる。

 二人してまだ幼い愛理の手玉に取られていると言えた。


「もちろん、私とタケオお兄様との間にできる子供のことです。近い将来必ずや、私はお兄様と結婚し、元気な子供を産むことでしょう」


 それは確定した未来。

 必ずやってくる将来として愛理は断言していた。


「それに際しましてお祖母様……私の勝手な判断により、巨額のお金を使ってしまいましたこと、心よりお詫び申し上げます。ですがそれは、異世界からやってきた姉にお兄様を取られないために必要な経費だったのです」


 胸を張って兄との未来を語っていた愛理が、途端眉をへの字にして、しおらしく頭を下げる。この変わり身の速さに百理は内心で舌を巻いていた。


「むうう……そうかい、異世界から。確かにお前さんの父は異世界女に取られたという言い方ができなくもないからねえ」


 命理は低く唸りながら納得せざるを得なかった。

 百理と龍神との間に愛理が誕生したことは喜ばしいことだが、龍神の生活の拠点は異世界であり、そこで異世界の妻たちと暮らしている。


 本来ならば御堂財閥の当主であり、正統後継者である百理こそが正妻となり、龍神は地球を拠点に生活するのが相応しいと命理は考えている。


 だが現実は逆。まるで御堂家当主が側室で、現地妻のような立場にあることに、心のなかでは不満を抱いていた。


「相わかった。想い人を取られないため、自らが持ち得る最大の武器を惜しみなく使ったと、そういうことなんだね」


「然り。まさにそのとおりです」


「いいだろう。今回のホテル買収の件は不問とする」


「お母様っ!?」


 命理にきつく叱ってもらおうと考えていた百理は当然反発する。

 だが――


「だまらっしゃい。お前も少しは愛理の姿勢を見習いな。お前にできなかったことを愛理はしようとしてるんだ。愛するものを射止めるために100億使おうが1000億使おうが構わないという心構えで、男に食らいついてみたことがお前さんにあるのかい!?」


「わ、私だって、それくらい夫のことは愛していますが、ですが現実に無駄金を使うこととは別の問題なはずです!」


 小学生の身分でそんな大金を使ってしまうことが問題なのであって、愛するもの云々は関係がない……と百理は最もな意見を述べる。


「いいや、それがね、案外悪くない買い物かもしれないよ」


「と言いますと?」


 命理は煙草入れからキセルを取り出し、火皿にタバコを詰めると、指先に己の霊力で作った緑色の炎を灯して火を付ける。スゥ、パッパ、フゥーと命理は紫煙を燻らせた。


「最近停滞していた異世界事業が再び活発化しそうなのさ」


「なんと、それは真ですか……?」


「ああ、荘厳荘に再び暮らしの火が灯ったからだよ」


 荘厳荘。

 交流特区十王寺町にあるそれは、異世界事業発展の象徴的存在だった。


 そこに住むものは異世界出身者と決まっており、地球人と絆を深めることによって、異世界事業は発展してきた歴史と実績がある。


「ですが、伊織さんたちはもう……」


 国内で勃発した異世界反対運動。

 それにより、中立を守っていた者たちが一気に反対意見を表明し、異世界事業に急ブレーキがかかった事件があった。


 異世界との交流がいささか急進的だったとして、日本国民の多くがこれを受け入れ、かくして異世界事業は現在まで停滞することとなる。


「だが、今フォマルハウトの(せがれ)を中心に、新たな異世界人が地球で生活を始めている。再び異世界交流が盛んになれば、インバウンド需要も高まる。愛理ちゃんが買収したホテルは一等地の超高級物件だ。異世界のVIPを受け入れるにはうってつけだろう」


 百理は内心で唸っていた。

 さすがは我が母。転んでもタダでは起きないと。


「というわけだ愛理ちゃん。色恋もいいが、異世界の姉ともほどほどに仲良くしな。そして今後予想される異世界事業反対世論とも力を合わせて戦って行くんだ。おまえさんにその覚悟があるのかい?」


 命理は丸いサングラスの底からぬばたまの瞳で孫娘を睨めつけた。

 その迫力は、大の大人が泣き出すほどのもの。

 だが、愛理は正面から祖母の瞳を見つめ返した。


「無論です。お兄様と歩む私の未来。それは日本の未来と言っても過言ではありません。必ずやその覇道を歩んでみせましょう」


 誇張も驕りもなく、愛理は即答した。

 兄との未来こそがこの国の希望そのものなのだと。


「よく言った。おまえさんには期待しているよ」


「仕方がありませんね。何か困ったことがあったら、いつでも相談するのですよ」


「はい、持てる力は存分に使わせてもらいます!」


 朗らかな声が大座敷に轟いた。

 その後、二人分の膳と座布団を持った女中がやってきて、母娘三代による朝食会は穏やかに進んだのだった。


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