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第39話 異世界シスターズ篇⑯ 地球では違法な妹との夜

 *



「どうして……どうしてこんなことに……!」


 ラグジュアリーホテルの15階にあるごくごく普通の客室……とはいえ、豪華ホテルの最低ランクは、そんじょそこらのホテルの高級スイートと言っても過言ではない。


 扉を開けた途端飛び込んでくる綺羅びやかな夜景。

 開けた大きな窓と、その手前には対面式のソファセット。

 そして一番手前には、夜景を見ながら眠りにつけるツインベッドがある。


「へえ、結構いい部屋じゃん!」


 客室に入ったアレスティアの第一声は実に楽しそうなものだった。


「じゃ、早くシャワー浴びてきてよ」


 彼女はベッドの一つに腰を下ろしながら、クイっと親指でバスルームを指した。

 は? 何を言ってるんだこの子は。


「いや、シャワーなんて浴びないぞ」


「なんで?」


 なんでも何も、メイクを落として普段着に着替えるだけだからだ。

 顔は洗うけど、シャワーを浴びるほどでは断じて無い。


「ダメ、いいから浴びてくるの! 早く!」


「いてっ、押すな、わかった、わかったから……!」


 こうして俺はなし崩し的にシャワーを浴びる羽目になってしまった。

 ドレスを脱ぎ、コルセットを外し、ブラもパッドも取り外す。

 そして習慣となっている鏡の前でのボディチェック。


 うむ。今日はデートだから仕方なかったが、明らかなカロリーオーバーだ。

 明日からまた節制して、トレーニングの量も増やさなければ――


「もう脱いだ?」


「うおおおっ!」


 ガチャっと、アレスティアがノックもなしに扉を開けやがった。

 俺は脱ぎたてのドレスで身体を隠す。


「うわあ、本当にブラつけてるんだ……」


 口元を抑え、床に散らばったブラを見つめながらアレスティアが言う。


「うるさい! 勝手に入るなんてマナー違反だぞ! 早く閉めろ!」


「はーい」


 パタン、と扉が閉じられるが――


「なんで入ってくるんだよ!」


「あ、ごめん、間違っちゃったー」


 テヘペロとばかりにアレスティアはウインクしながら舌を出した。

 実にあざとい表情ではあるが、今の俺はそれどころではなかった。


「へえ、普段から全然御飯食べないって思ってたけど、本当に細い……女の子みたいな身体してるのね」


 アレスティアはジロジロと遠慮なく、まるで自分の所有物でも鑑賞するように、俺のつま先から頭の天辺までを観察してくる。


「ねえ、そのウィッグ、取って見せてよ」


「お前、いい加減にしろよ!」


「わかった、取ってくれたらすぐに出てくから」


「ホントか? ホントに出てけよ?」


 内部にあるヘアバンドをバチンと外す。

 フワっと頭頂部が浮き上がり、俺はロングヘアのウィッグを取り外した。


「はは。やっぱりそっちの方がいいわ。うん」


 アレスティアは何故かご機嫌だった。

 ショートカットの俺を満足そうに見つめたあと、もう一度下半身や胸元に一通り視線を送ってから出ていく。


「何なんだよあいつ……!」


 過去の話をしてから妙に馴れ馴れしいというか。

 この部屋に来る間中もずーっと俺の腕を抱いて離さなかったほどだ。


 なんというか、彼女の中にあった、俺に対する遠慮とか、他人行儀な冷たい態度が完全に消えてしまったように思う。


 兄妹……家族なんだからそれはいいとしても、親しき中にも礼儀ありだ。最低限のマナーは守って欲しい。


「もういい、さっさとシャワーを浴びよう」


 こうなったら一日の疲れを取る意味でもしっかりと身体を洗おう。

 俺はバスルームにあるアメニティでトリートメントとコンディショナーまでしっかり行った。


 ちなみにどっちもカーネーションの製品だった。ちょっとだけ誇らしい気持ちになった。



 *



「もうこんな時間だ……俺は一体なにをやってるんだ……!?」


 時刻は間もなく22時になろうとしていた。

 俺は、窓際の夜景には目もくれず、ソファに座って頭を抱えていた。

 何故なら今現在、俺と入れ替わりでアレスティアがシャワーを浴びているからだ。


「…………」


 ヤバイ、絶対ヤバイ! この状況は非常に不味いぞ!


 いくら兄妹とはいえアレスティアは未成年。

 いや、魔法世界(マクマティカ)なら成人なのかもしれないが、ここは地球、そして日本だ。日本では女子中学生がホテルでシャワーを浴びてはいけないのだ。


「そんなわけあるか!」


 別にホテルに泊まってもいいし、シャワーだって浴びてもいい。

 ただ、男と一緒にホテルの部屋でシャワーを浴びてはいけない――


「でも俺は血縁者だし……これはセーフ……とまでは行かなくてもグレーなのか?」


 とにかく、アレスティアがシャワーから上がったら速攻でチェックアウトだ。

 これ以上彼女の我がままには付き合ってはいけない。断固たる態度で対応しなくては――


「もういっそ俺だけでも帰るか……」


「るーっ!」


 ポツリと呟いた途端、青色に輝く蛇が手にかぶりついて来た。


「いたっ! 冗談、嘘だよ嘘……」


「るー……」


 本当か? とばかりに、アレスティアの精霊獣であるルルが「シャー」と牙を剥いて威嚇してくる。


 こいつは見張り役だ。

 シャワー浴びてる隙に俺が帰らないようにと。

 ちっ、俺の思考が見抜かれてる。なんか悔しい……。


「あ、そういえば」


 食事をするだけだからと、スマホは鞄の中に入れて、部屋に放置していたのだ。

 もしかしたら心配したアリスさんから電話が入っているかもしれない。

 電源ボタンを押して通知を見ると――


「うえっ!? 愛理から着信が――101件!?」


 ヤバイ。こっちもかなりヤバイ。

 俺、帰ったら刺されるんじゃないだろうか――


「ふー、スッキリしたあ」


 バスルームの扉が開き、中からアレスティアが出てくる。

 ほっ。これでようやく帰れる――って!?


「お、お前っ、なんて格好してるんだよ!」


 そう、アレスティアは服を着ていなかった。

 なんとバスタオルを巻いただけの姿で出てきたのである。


「だって暑いんだもん。ねえ、ドリンク飲んで良い?」


「ば、ばかやろう、近づくんじゃない!」


 アレスティアはあろうことか俺に詰め寄り、無防備に前かがみになった。

 同年代の平均を越えるアレスティアの胸の谷間が俺の視界に強制介入してくる。


「近づくなは酷いでしょ。せっかく十年ぶりに再会した幼馴染にその態度はないんじゃない?」


 言いながらアレスティアは俺の隣に腰を下ろす。

 下ろした途端、二人の間にあった拳一個分の距離が、「よいしょ」っと彼女のヒップアタックによってゼロになる。


「ふふふっ」


 何がそんなに楽しいのだろう。

 アレスティアはもうニッコニッコの超笑顔だった。


「ルル、見張りご苦労さま。どうだった、こいつ悪さしなかった?」


「るー」


「え、本当? 帰ろうとしたの?」


 ジっと、アレスティアが俺を睨んでくる。

 その視線に耐えきれず、俺は項垂れながら「ご、ごめんなさい」と呟いた。


「酷い、許さない。傷ついた。女の子一人だけ置いて帰ろうとするなんて、そんな心根でよくもまあお母さんの会社を守りたいなんて言えたわね」


 グサっと、割とクリティアカルに、その言葉は俺の胸に突き刺さった。


「血の繋がった妹も守れないで社員なんて守れはずないわよ。ねえ、ルル?」


「るー!」


 もう俺は泣きたい気持ちになっていた。

 どうしたら今日という日のデートは終わりを告げるのか。

 どうやったらアレスティアは満足してくれるのか。


 このとき、俺は追い詰められた精神状態で、つい口にしてしまっていた。

 つまり「悪かった、何でもするから許してくれ」と、悪魔の契約書にサインをしていたのだった。


「なんでも? 本当になんでもする?」


「お、俺にできることなら……」


「ふーん、それは殊勝な心がけね。まあそれくらい当然だと思うけど」


 アレスティアは勝ち誇ったようなドヤ顔を浮かべていた。

 悔しいが反論できない。さあ、どんな罰でも甘んじて受け入れるから何でも言ってくれ。


「滅菌消毒して」


「は? 何だって?」


 アレスティアは言いながら俺の眼前に自分の左腕を突き出す。

 白くて細くてシミもホクロもない美しい手だった。


「何のためにシャワー浴びたんだよ?」


 元々アレスティアが風呂に入ったのだって、滅菌消毒、という理由だった。

 というか食事の前におしぼりをもらって、手も腕もフキフキしていたはずなのに……。


「そうだけど、足りないの! あのおっさんに腕を掴まれてた感触がまだ残ってるの!」


 アレスティアは、まるで駄々っ子がムズがるように、一度腰を浮かせてドスンと座り直した。その途端、ふわっとシャンプーの匂いが俺の鼻腔をくすぐった。


「だから、あいつの感覚、あんたが……タケオが上書きして」


 ズイっと、再び手が差し出される。

 上書きって……つまりはそういうこと、だよな?


「ほ、本当にするぞ。逃げるなら今のうちだぞ?」


「いいから、早くしてよ……!」


 アレスティアの顔が赤くなっている。

 湯上がりだけが原因ではない。


 彼女も自分が何を求め、何を口にしているのか理解している。

 ええい、ままよ――


「んっ、あっ」


 鼻にかかった甘い声。

 俺はアレスティアの手を取り、手首に唇を這わせていた。


「そ、そうよ、もっと丁寧に、隅々までしなさい……!」


 アレスティアは興奮しているのだろう。

 声を上ずらせながら、命令口調でそう言ってくる。


「仰せのままに」


 チュ、チュチュ、チュ……。

 表、裏、側面と、ぐるりと手首を一周する。

 チラっと見ると、アレスティアはまだ満足していないようだ。

 しょうがない、とばかりに俺はギアを一段上げた。


「んあっ!」


 アレスティアの声が跳ね上がる。

 俺は彼女手の甲にキスし、さらに指の付け根から指先までを愛撫する。


 アレスティアの手は、至高の芸術作品のようだった。

 美しく完成されていて、でもそれと同時に頼りなく無垢でもある。


 指の長さや細さ、爪の形や色も完璧だ。

 完璧であるが故に汚したくもなる。


 俺は少しだけ、ほんの少しだけ歯を立て、カリっと指先を甘噛した。

 

「んあああっ!?」


 アレスティアの反応は劇的だった。

 ビクンと大きく肩を震わせ、激しく胸を上下させている。


 その顔色はのぼせたように真っ赤になっており、目尻には宝石のような涙が、今にも零れ落ちそうに溜まっていた。


「アレスティア……」


「ね、タケオ……このままさ、しちゃおっか……?」


 ピタっと、俺は指先の愛撫を止める。

 し、しちゃうって、何が……?


「あんたとなら、私、いいよ。元々はそのつもりで地球に来たんだし……」


「いや、ちょっと待て――!」


 その言葉で、俺は完全に正気に帰っていた。

 一方でアレスティアは完全にスイッチが入っていた。


 不味い。俺たちは中学生。

 このまま流されたら法に触れることをしてしまう――!?


 その時だった。

 突如として視界の全てが真っ白に塗りつぶされた。


 窓際から強烈な光が降り注いでいる。

 俺はとっさに、手元にあった黒髪のウィッグを被っていた。


『お兄様っ!』


 防音の強化ガラス越しに聞こえてきたのは、拡声器を通したもうひとりの妹の声だった。


 眩しさに慣れた目を尚も細めて見れば、ホテルの横にヘリコプターがホバリングしている。その横腹には、荘厳荘メンバーが勢揃いしていた。


『タケオさーん、言い忘れていましたが、門限は22時ですよー!』


『タ、タケオくんっ、アレスティアちゃんとどうしてホテルの部屋にいるのー!』


『すごいすごい、アレスちゃんやるぅ! まさか初デートでここまでこぎつけるなんて……!』


 上からアリスさん、瑠依、そしてエウローラの順番だった。


 その後、グワーンと舞い上がったヘリは、屋上のヘリポートに着陸。

 当然のように全員が、俺とアレスティアのいる部屋に突入してきた。


「何度電話しても反応がなかったのでお迎えにあがりました」


 愛理は開口一番、血走った目でそう言った。


「わー、広くて素敵なお部屋……!」


「事後なの? ねえ、アレスちゃん、大人になっちゃったの?」


「あらあら、まあまあ……」


 瑠依はラグジュアリーホテルの客室が珍しいのかキョロキョロと見渡し、エウローラはアレスティアに詰め寄りながら必死に確認作業を続けている。アリスさんは俺たちの様子を見て、だいたいのところを察したのか、「しかたないですね」みたいな顔で苦笑していた。


「お兄様、まさか実の妹と不純な行為などしていないでしょうね?」


「す、するわけないだろう!」


 若干声が裏返った。

 だが負けるもんか。

 必死に言い訳する。


 アレスティアの気分が悪くなったので、急遽客室で休憩していただけなのだと。

 それ以上でも以下でもない、妹の体調を気遣った紳士的な振る舞いしかしていないと俺は胸を張っていった。


「むう……そうですか。まあ私はお兄様を信じていましたが」


「嘘、さっきまでの愛理ちゃんすごく怖かったよ」


 口は災いのもと。

 不用意な発言をした瑠依は愛理に睨まれて涙目になった。


「それにしてもお前、無茶するなあ。ヘリまでチャーターするなんて」


「お兄様、私がそんな半端なことをするとお思いですか?」


「どういうことだ?」


 俺が首を傾げていると、コンコンと扉がノックされる。

 はーい、どうぞー、と言うと「失礼します」と総支配人が現れた。


「愛理様、お部屋の支度が整いました」


「ご苦労さま。では皆さん、せっかくですので、今日はこのままスイートルームに泊まっていきましょうか」


「やったー、スイートルームって、すっごく豪華なお部屋のことだよね!」


「それも嬉しいけど、晩ごはんまだだったから先にごはんがいいなー」


「まあまあ、楽しそうですねえ」


 ちょ、ちょっと待て愛理、お前何をしたんだ!?


「このホテルは御堂が丸ごと買い上げました。自分の所有物ならヘリを横付けしても誰からも文句は言われませんから」


 愛理はそう言い残して、総支配人自らに案内されながら、超高級スイートルームにみんなと向かう。


 アレスティアもすっかり熱が冷めたのか、それともエウローラの姿を見て冷静になったのか、俺には一瞥すら投げず、楽しそうに笑いながら出ていった。


 一人残された俺は、手元に唯一残った精霊獣ルルの頭を、指先でナデナデしながら、疲れたため息を零すのだった。

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