第37話 異世界シスターズ篇⑭ 誤解と勘違い
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ラグジュアリーホテル33階、レストランフロア。
都内の絶景を望む窓際の席は、ホテル創設以来の特別な空間と化していた。
普段は紳士淑女が集まるそのレストランであっても、かの者たちの容姿は一際目を引くものだった。
一人は未だ幼さが残る美少女。
至高の芸術作品のように優れた造形を持ち、金色の髪に翡翠の瞳、透き通るような肌とそれを彩るフレッシュグリーンのイブニングドレスが衆目を引きつけて止まない。
もう一人は大人の女性。
よく見ればまだ年若いティーンであることがわかるだろう。
だが、全身にまとう完璧な淑女たる雰囲気、そして妖艶なる色気が、本人を実年齢より大人びた容姿に底上げしている。
日本では滅多に見ることができない淡桃色のゴールドブロンド。
瞳の色は血を流し込んだようなピノ・ノワール。ルージュを引いた唇には薄っすらと笑みを湛え、真紅のアフターヌーンドレスに身を包んでいる。
そんなタイプは違えど極上とも言える美少女たちが、互いに手を携えながらレストランに現れたのだ。マナーというものを十分わきまえた紳士淑女たちであっても、思わず「おお……」と感嘆の声を上げてしまうほどだった。
「さあ、まずは食前酒を……と言っても、私たちは未成年。ノンアルコールのシャンパンで乾杯しましょう」
美しい夜景が広がる窓際の席に、対面になって座ったカーミラ、そしてアレスティアは、給仕が注いでくれたシャンパングラス手にとった。
「乾杯」
「か、乾杯……」
チン、とグラスを合わせ、スススっと中身を飲み干す。
「ほう」とカーミラ……タケオは色っぽいため息をつき、アレスティアはその仕草に目を奪われつつも、シャンパンの味を堪能していた。
冷たくて爽やか。それでいて刺激的な炭酸の喉越し。
仄かな甘みと僅かな苦味が混在し、飲み込むと、無性に食欲が湧いてくるのを感じた。
「料理は私が勝手に選んだけど、嫌いな食べ物とか、苦手な食べ物はない?」
「え、ええ、何でもよく食べ、ます」
「何? 急にかしこまって。まさか緊張してるのあなた?」
「ち、ちがう……!」
そう、アレスティアは決して場の雰囲気に緊張しているわけではない。
何故なら彼女は魔王の娘。父について数々の晩餐会に出席してきた経験がある。
ヒト種族の王族、貴族、大商人。
獣人種の列強氏族、中立永世国家、軍事要塞都市、海上要塞都市の王族や貴族など、数え切れないほどだ。
一般客しかいないこのレストランは、まだくつろげるというもの。
そんなアレスティアが緊張している理由はただひとつ。
目の前にいるタケオの存在である。
「ここはね、母の……と言っても育ての親の方だけど、母の行きつけのお店なの。私も何度か連れてきてもらったことがあって。とっても美味しいから、ぜひあなたにも食べてほしいと思ったの」
「そ、そう、お母さんと……」
アレスティアはホッとした。
またぞろ誰か別の女性を以前にも連れてきた……などと言われなくて。
上野のお店も、そしてこのレストランも。
アレスティアが初めて。
今日はタケオの初めてをたくさんもらった。
そう思うだけで、アレスティアは胸の奥がキュウっと締め付けられるのを感じていた。
「では、いただきます」
「い、いただきます……」
運ばれてきたのは珠玉のイタリアンのフルコースだった。
まずは伊勢まぐろ中トロのカポナータ。
鱧のフリット。ミニロメインレタスとバルサミコ添え。
ラヴィオリカルボナーラ。黒胡椒とペコリーノロマーノ仕上げ。
キジハタのソテー。真菰筍と海葡萄、ムール貝の香草パン粉焼き。
熊本県産あか牛サーロイン。
ピッコロドルチェ。
最後にイタリアンコーヒーと。
「どう、お口に合うかしら?」
「う、うん、とっても美味しい……!」
アレスティアは母の一人であるエアリスが作る料理が最高だと思っていた。
事実、エアリスは魔法世界で最高の料理人と称されるほどの腕前を持ってるからだ。
だが世界は広い。
そして今夜アレスティアは別の世界の最高の料理を知った。
今まで自分はなんて無知だったのだろう。
そもそも母は地球で料理の修行をしたのだ。
その地球の料理が最高なのは当然ではないか。
「ふふふ……」
「な、なによ……」
食後のコーヒーを楽しみつつ、タケオは微笑ましそうにアレスティアを見つめていた。
「食べてるときのあなた、とっても可愛いのね。もしかして今までは他所の家に来たばかりで遠慮してた? 普段からもっとアリスさんのご飯をおかわりしてもいいのよ?」
「――なッ、なななっ!」
どうしてバレた。
地球に来たら……というかタケオの前では絶対に食いしん坊なところは見せまいと思って自重していたのに。
アレスティアが食いしん坊なのは遺伝である。
実母であるセーレスが、人一倍食い意地が張っており、気がつけばいつでも何かしら物を口に入れいてるヒトだった。
姉のセレスティアも母に負けず劣らず大食漢で、そんな二人に挟まれたアレスティアは自然とたくさん食べる女の子になっていた。
地球デビューするときは、年相応の女の子らしく、おしとやかに、そして少食のフリを貫こうと決めていたのに――
「私はね、こういう格好を家業としてしなければいけないから、常にカロリーに気を使わなければならないの。でもいいの。それはもう受け入れていることだから。でもね、やっぱりあなたは成長期の女の子なんだから。ダイエットとか詰まらないことは気にせず、たくさん食べてほしいの」
ニコっとタケオは極上の笑みを向けた。
母親とも姉とも違う笑顔。でも慈しみと愛情がたくさん詰まった笑顔だった。
「あら、どうしたの? 食べすぎて気持ち悪くなっちゃった?」
「ち、違うから……!」
アレスティアは隠すように顔を俯かせていた。
カアアアっと顔が急激に熱くなってくるのを自覚したからだ。
(私どうしちゃったの? さっきからこいつの顔がまともに見られない……!)
普通に考えれば男が女の格好をしてるなんて気持ち悪いだけ。
でもタケオは全然気持ち悪くなかった。
おそらく彼は生来の女顔なのだろう。
あの髪も目鼻立ちも生まれつきのもの。
いつもはあんなダサい格好しているのはそれらを隠すためのものなのか。
いえ、こいつ、さっき家業って言って――
「ね、ねえ、教えて。どうしてあんたはそんな格好してるの?」
「うん? 変なことを聞くのね。あなた私の正体を知ってるんでしょう?」
カチャっと、優雅に飲みかけのコーヒーカップをソーサーの上に置きながらタケオは小首を傾げる。その仕草はどこからどう見ても女性そのものだった。
というか女性としてのスキルで自分はこいつに完全に負けているのでは……いやいや、今はそんなこと気にしてる場合じゃない。
「私、あんたに……女装趣味があるなんて知らなかったわよ」
女装趣味、の部分だけは小声で言う。
タケオの正体は誰にも知られたくない。
自分だけの秘密にしておきたい、と思ったアレスティアの無意識の行動だった。
「は? いや、だって学校で言ってたでしょう、どうしてそんな変なカツラ被ってるの、とか、眼鏡も伊達だって気付いてたし――」
「そうよ、昔のあんたはあんな変な格好してなかったもの」
「え? 昔……? ちょっと待って、昔……?」
タケオはパチクリと瞬きを数回したあと、不意に真横に広がる夜景に目をやり、そして再びアレスティアの方を見た。
「昔ってどれくらい前の昔?」
「あんたが地毛と素顔のままだった頃よ」
「…………俺たちって、昔会ったことあるの……?」
「はあ……やっぱり忘れてたのね」
アレスティアがため息交じりにそういうと、タケオは顎が外れんばかりに驚愕した。悲鳴を上げずに顔面だけで絶叫していた。
淑女の仮面を剥がすことに成功したアレスティアは、内心でほくそ笑むのだった。




