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第34話 異世界シスターズ篇⑪ 楽しい時間が終わるとき

 *



「動物飽きた。狩りできないし闘えないし、つまんない!」


 などということをアレスティアは言い出した。

 初夏間近だけど、秋の空のように移ろいやすい女心……ってほどでもないか。


 何せもう園内は三周しているのだ。

 まるまる二周して、三周目の途中、突然立ち止まったアレスティアが俺の袖を掴みながら、駄々っ子のようにそう言ってきたのである。やれやれ、しょうがないな。


「そうだな、じゃあ飯でも食べがてら別のところに――」


「服、地球の服が見たい! ユニクロとしまむら以外で!」


 聞き違いか?

 俺は自分の耳を疑う。


「ユニクロとしまむら知ってるのか?」


「もちろんよ。お父様ってば、地球に来たときはいっつもそこばっか。いい加減飽き飽きしてるのよ!」


 う、うーん……。

 俺の親父は異世界で王様で魔王とまで言われてるんだよなあ。

 ユニクロやしまむらが悪いとは言わないが、それでも選択肢がそれしかないってどうなんだ?


「あ、あそこはどう?」


 動物園を出た俺たちは上野駅の広小路口の方へとやってきていた。

 目の前には中央通りの交差点が広がっており、左に行けば浅草方面、右に行けば湯島天満宮にたどり着く。


 そしてアレスティアが指差したのは、上野駅前のランドマークであるマルイだった。ファッション、化粧品、家庭用品なども扱う多層デパートであり、テナントの入れ替わりが頻繁にあるため、いつも違う店に出会えると、買い物客には好評らしい。


「ね、行ってみましょう」


 さっきまでは動物たちに夢中になっていたアレスティアは、もうすでにまだ見ぬ洋服たちに心奪われているようである。はしゃいでいる姿は実に年相応で可愛らしい――


(ダ、ダメだあああああああああああああああッッ――!)


 俺はすっかり失念していた。

 ここは上野。そしてすぐ近くにはアメヤ横丁がある。


 つまりここはカーネーション発祥の地。

 アメ横にかつてはあった一号店は撤退して銀座に移ってしまったが、そこのマルイにはカーネーションのテナントが入ってるーッ!


「アレスティア、こっちに行こうッ!」


「あ」


 気がつけば、俺はアレスティアの手を握っていた。

 ああ、実に女の子らしい、柔らかくて温かい手だ。


 いや違う、そうじゃない。

 マルイだけは不味い。別の場所に誘導しなければ。

 どこか、えっと、このへんだと他に服屋は――


「というわけでお前にはここが相応しい」


 連れてきたのはアメ横近くのABAB(あぶあぶ)だった。

 ティーン御用達で、カジュアルファッションをトータルにコーディネートできるお店がたくさん入っているビルだ。


 十代の女の子だったら絶対気にいるはず。

 というか気に入ってくれ。マルイに行くなんてもう言わないでくれ、という一心から、彼女をこの場所に連れてきたのだが――


「なにこれすっごくおしゃれ! そして安い!」


 秒だった。

 アレスティアは秒で気に入ってくれたようだった。


「ていうか、どうしてあんたは女の子専用のこういうお店を知ってるの?」


 ギクリ、である。

 それは俺が仕事柄、仕方なく女性の格好をするため、必然的に女性ものの服を取り扱ってる店に詳しいから……などとは口が裂けても言えない。


「あー、有名なんだよ、上野では、この店……」


 アレスティアは疑うような目をしていたが、唐突に「ふう」と肩から力を抜いた。


「別に、あんたが誰と来たことがあってもいいけどさ……」


「え?」


「愛理と来たの? それとも瑠依?」


「いや、本当に……」


 どうやらアレスティアは俺が以前、他の女の子とここに来たことがあるのでは……と疑っているようだ。


 彼女はプイっと明後日を向いて唇を尖らせている。

 いや、しかし本当に彼女は……ジェットコースターのような女の子だな、と俺は思った。


 楽しんでいたかと思えば速攻で飽きて。

 子供っぽいかと思えば妙に大人っぽくて。

 笑っていたかと思えば結局は拗ねている。


 一緒にいて片時も退屈しない。

 正直言ってこちらは振り回されっぱなしなのだが、それが苦じゃないくらい、彼女といるのは楽しい。心からそう思える。


 この女の子が俺の妹……そして許嫁なのか。


「本当だよ。このお店を知っていたのはね、アレスティアが動物が見たいって言ったから、ついでに周辺でお前が気に入りそうなお店を予め調べていたからだよ」


「…………本当?」


「ああ。正真正銘、ここにはアレスティアしか連れてきたことがない」


「…………そっか。そうなんだ。……えへへ」


 天真爛漫な笑顔も可愛いけど、照れてはにかむような笑顔もまた可愛い。

 気がつけば俺たちの周りには人だかりが。


 つい俺も、囁くようにアレスティアに顔を近づけていたため、周囲から見れば自分の彼女に愛の告白をして、それで彼女が照れている……などと誤解されたかもしれない。


「い、行こうアレスティア。他にもシューズやアクセサリーを売ってるフロアもあるんだ」


「う、うん、行きましょうそうしましょう」


 注目されて気まずかったのか、アレスティアは大人しくついてくる。

 このとき、再び俺たちは手をつなぎあった。


 どちらからともなく、ごくごく自然に、手を差し出し、手を伸ばし、俺たちの手はピッタリと重なった。


「あんたの手、細くて綺麗ね」


「お前の手は小さくて華奢だな」


 昨日までは恥ずかしくて言えなかったようなセリフを言い合いながら、俺たちは店内をぐるりと見て回った。


 その後、少し遅めの昼食を取るため、駅近くの喫茶店に入った。

 そこではお茶とランチを楽しみながら、俺は様々なことを質問した。


 質問内容は多岐に及んだ。

 異世界での生活。アレスティアの母親とエウローラの母親のこと。

 さらにもうひとり末の弟がいるらしく、その子も母親が違うのだという。


 クソ親父め、一体何人の女性と……いや、今は何も言うまい。


「末の弟はね、母親の名前を聞いたらびっくりするかもね」


 アレスティアはそんなことを言いながらニヤリと笑った。

 どういうことだろう。俺も知ってるような有名人ってことなのかな。


「それより、結局買ったのってそれだけだよな。よかったのか?」


 テーブルの隅に置かれている小さな包み。

 先程ABAB(あぶあぶ)でアレスティアが買った唯一のものだ。


「うん、これはエウローラへのお土産だから」


「あ、そうなのか」


 確かそう、髪留めの用のバレッタを買っていたのだ。

 てっきり自分用かと思ったらエウローラのためのものだったのか。


「お洋服は今度あの店にエウローラを連れてって買うからいいの」


「本当にお前はエウローラのことが好きなんだな」


「当たり前でしょ」


 エウローラのことを話すときのアレスティアは、ことさらに嬉しそうだった。

 でも次回、姉妹二人で買い物に行くときにも、俺がついていかなければならないだろう。きっと上野の街が大混乱に陥るだろうから……。


「ねえ、それより瑠依から聞いたんだけど――」


 その後は立場が逆転し、俺の方がアレスティアに質問攻めにされた。

 直近では瑠依のこと、そして愛理のことや、アリスさんのことにまで話が及んでいく。


 そうしてお茶のおかわりも一杯、二杯、三杯と進んでいき、気がつけばもう夕方の時間になっていた。


「はー、私ちょっとトイレ」


「ああ」


 アレスティアが席を立ち、俺も会計のために席を立った。

 支払いを済ませ、トイレから出てくるアレスティアを迎えるため、レジ脇に立つ。


 そうして考えを巡らせる。

 正直言って、今日はこのまま帰りたい。

 楽しい気持ちだけを抱えて荘厳荘に帰りたいと。


 でもそれは逃げだ。

 現実から目を背ける行為だ。


 何故俺が今日アレスティアをデートに誘ったのか。

 それは、誰にも邪魔されない時間を作りたかったからだ。


 アレスティアは俺の正体を知っている。

 それはとても由々しき事態だ。


 昼間、マルイに行きたいと言った彼女を、俺は別の店へと誘導した。

 カーネーションのテナントに行けば、嫌でも四代目としての俺の姿を見られてしまうからだ。


 でも、もうあのときのように逃げることはできない。

 俺がどうしてあんな格好をしているのか。その理由と事情をしっかりと説明しないうちに、荘厳荘(うち)に帰ることはできないのだ。


「あれ、待たせちゃった?」


「いや、これ」


「ありがと」


 レストルームから出てきたアレスティアにお土産の入った包みを渡す。

 彼女はそれを肩から下げたポシェットに大事そうに仕舞った。


「さて、結構いい時間だし、今日はもう帰る?」


「いや、もう少し付き合ってくれ」


「うん、いいけど、どこ行くの?」


 キョトンとするアレスティアの手を引き、店を出た俺は、中央通りを跨いで上野駅を目指す。電車に乗るのが目的ではなく、コインロッカーに預けてある荷物を引き上げるためだ。


「スーツケース? 何、そんなの持ってきてたの?」


「今から移動するぞ」


 ガラガラとキャリー付きのスーツケースを転がしながら、俺はタクシー乗り場を目指す。車に乗り込みながら運転手に「大手町まで」と告げる。


「ちょ、ちょっと、どこに行くつもりなの? ねえったら……!」


 さすがのアレスティアも不安そうな表情だ。

 先程まで楽しくおしゃべりをしていた俺が、急に厳しい顔つきになったのだから当然だろう。


 俺は深呼吸を一つ、意を決して彼女に告げた。


「アレスティア」


「な、なに?」


「今から俺と一緒にホテルに行ってもらう」


「へ……?」


 その時の彼女の表情は、大層間抜けなものになっていた。

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