第33話 異世界シスターズ篇⑩ 地球/命と食の営み/異世界
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「ねえ、あの動物は食べられるの?」
その発言に俺はギョッとした。
ちなみに今のはニホンカモシカを見たアレスティアの感想である。
「い、いや、普通は食べないかな。あ、でもジビエ料理っていって、野生の動物を食べることもある……かな」
「ふうん。でもあの動物、体毛の艶が良くないわね。食べても美味しくなさそう」
「ははは、そうかもな……」
動物園に入ってまず驚いたのは、アレスティアが存外嬉しそうということだった。どうやら彼女は動物好きらしく、自ら動物園をデートに指定するくらいには地球の生き物にも興味があるようだ。
だが、彼女の興味というのは俺が想定していたものとは違った判断基準の元にあった。それは――
「ねえ、あの動物はなに?」
「ああ、この動物園の人気者、ジャイアントパンダだな」
「へえ、美味しそうね。まるまると太ってるし、皮下脂肪も厚そう。何よりいい毛皮が取れそうだわ!」
「…………」
…………見た目はおぞましいほどの美少女なのに、頭の中は野生のサバイバーだった。
なんでそんなことを言うのか色々聞いてみたところ、実は彼女の実家……というか俺の親でもあるクソ親父が牧場を経営しているらしい。へー、初耳だ。
だたし、地球にあるような普通の牧場を想像するなかれ。
なんとその牧場とは魔の森という超危険地帯の最奥にあるのだそうだ。
魔の森とは、魔法世界にある三大大陸――プリンキピア、ヒルベルトに次ぐ広大な大陸の名称で、面積の八割を広大な森――即ち魔の森によって支配されている。
魔の森の内部では自然発生的に魔力を持った生物――魔物族が生まれ、人里に降りてきては被害をもたらすのだという。
「お父様やお母様たちがね、特別な結界を張って、一定の区画内で魔物たちを飼育しているの。乾酪やミルクなんかも作ってるのよ」
そして食肉用のモンスターも、出荷の時期が来ればシメる……つまり食べるために屠殺するのだという。
「生きるためには仕方のないことだし、奪った命は無駄にしないよう、肉も骨も皮も、目玉だって最後まで活用するわ。地球では違うの?」
「いや、そのとおり。本当にそのとおりだよアレスティア」
いつも俺が口にしている食肉は、スーパーでパックに入って売られているものだ。
でもそれだって、俺たちの手に届くまでには、生産者から加工業者、卸売、そして小売店と、様々な人達の手を介している。
異世界と地球とで、それらは何も変わらない。
ただ漫然とお金を出して食べ物を買っている俺たちよりも、ずっとアレスティアは、命に近いところで、命の価値に向き合っているのだ。
すごいな。俺よりも年下なのに、本当にしっかりしてる。
地球でぬくぬく暮らしてる俺なんかより、よっぽど偉いよ。
「面白そうだな。今度俺も連れてってくれよ、その牧場に」
「もちろん、いいわよ!」
「――ッ!?」
今まで見た中で一番の笑顔だった。
うわあ……こんな綺麗な笑顔初めて見た。
でも今は不味い、誰か周りの男に見られたらアレスティアがナンパされちゃ――
「ファ、ファ、ファ! キキー!」
「な、なんだッ!?」
声の方を見ればキツネザルだった。
キツネザルが金網越しに、こちらに向けて荒ぶっている。
え、まさかこいつ……?
どうやら周りの人間の客には見られなかったアレスティアの笑顔は、近くにいたキツネザルくん(多分オス)のハートを射抜いてしまったようだった。
「ちょっとうるさいわよ、私相手に発情する気持ちはわかるけど、あんたなんてお呼びじゃないから。おわかり?」
アレスティアはキツネザル相手に、金網越しにメンチを切った。
メンチを切るとは……まあようするに睨みつけることだ。
いやそんな、人間の言葉で言ったところで――
「キィ……」
え、嘘、通じた?
キツネザルはしがみついてた金網から力なく下りると、肩を落としてトボトボと戻っていった。最後に未練たらしく振り返ると、「何よ」とアレスティアに冷たく言われ、再びトボトボ帰っていく。ああ、ちょっと可哀想……。
「ふん、こっちは男連れだってのに。失礼しちゃうわね」
「は、ははは……」
通じるんだ、動物相手に言葉。
魔法が使えるから?
いや、もしかしたら精霊とやらの加護があるから……なのかもしれない。
「さ、次はどこに行くの?」
「ああ、この奥には北極熊がいてだな――」
とにもかくにも、その後は順調に園内を見て回った。
ただ――
「ちょっとあいつ私を睨んでる。喧嘩なら買うわよ。どっちが強いか思い知らせてやるから――!」
などと北極熊相手にマジギレしそうになったり、
「あいつの毛皮がほしい! え、狩っちゃダメなの? どこに行けば手に入るの?」
虎の柄が気に入ったらしく、毛皮のためにスマトラトラを狩ろうとしたりして本当に大変だった。
でもまあ、アレスティアの別の一面を知ることができて、俺は実に満足だった。




