第32話 異世界シスターズ篇⑨ 初デートin上野〜女神像建立?
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日曜午前11時。
俺は東京上野駅に降り立った。
十王寺町から埼京線で池袋駅まで。
そこから山手線に乗り換えて20分弱。
改札を出て、公園口の方へ歩いていると、俺はふと違和感に襲われた。
いや、正確には電車を降りて上野駅についた瞬間から感じていた。
――街がざわついている。
例えばそう、お祭りが行われている地域に降り立ったとき感じられる空気に似ている。例え祭りの現場にいなくても、町には活気があり、喧騒があり、そして雰囲気が明るい……などが感じられるのと同じような感覚だ。
まあ上野は美術館や公園、動物園から大きな池まであって、雰囲気そのものが華やいでいるからだろう……。
その時までの俺は、そんな呑気なことを考えていた。
「失敗した」
公園口を出た途端、そんな言葉が俺の口からこぼれ出た。
セレスティアとは現地で待ち合わせする予定だった。
デートスポットについてリクエストを聞いたところ、地球の動物が見たい、と返信があり、それなら上野動物園がいいだろう、ということになった。
近場で池袋のサンシャインシティにある水族館も考えたが、そちらは今度、エウローラを連れていけばいいだろう。
とにもかくにも待ち合わせである。
場所は公園口を出て、信号を渡ったすぐのところ。
東京文化会館前の植木の下を指定していた。
だが、今信号機を渡る直前の俺の目にはもう――ヒトヒトヒト。
大勢の背中しか目に入らない。そう、待ち合わせの場所が、人垣によって完全に塞がれていた。
明らかに車道にまではみ出すほどの人々が、歩道に溢れ、ざわざわと東京文化会館の方――いや、正確には植木の方へ視線を送っている。
まさか……。
いや、これは間違いないだろう。
故に俺は失敗したと思ったのだ。
こんなことになるなら荘厳荘から一緒に出かければよかった。
「すげ……なんだよあれ……」
「一瞬女神像でも建ったのかと思ったぞ……」
後ろ髪を引かれながら、人垣から離れた二人組の男性がそんな会話をしていた。
うん、そうなのだ。俺はお兄ちゃんだから意識しないようにしていたが、普通のヒトから見れば図抜けて綺麗だよな俺の妹は。
つまり、この人垣は全部野次馬。
デートの待ち合わせ場所にいるアレスティアを取り囲んでいる人々だった。
(うわあ……この中をかき分けて行かなきゃならないのか)
いやいや、一番気まずい思いをしているのは彼女本人なんだ。
俺が尻込みしていてどうする。頑張れお兄ちゃん。負けるなお兄ちゃん。
「よし」
俺は決意し、人垣を押し分けにかかった。
「すみません、ちょっと通ります!」
十重二十重なる人々を強引にかき分けて前へ進む。
当然のように「なんだよ!」「押すな!」「痛っ!」などと文句を言われるが全て無視する。
そしてたどり着いた先は現代のエアスポット。
ポッカリと空いたスペースの中心には――女神がいた。
薄いグリーンの花柄ワンピースに、ショート丈のニットを羽織り、足元は歩きやすさを重視してか、真っ白いスニーカー履きという出で立ち。
しかもいつものツインテールではない。
しっかり両の髪の毛を下ろした大人っぽい出で立ちのアレスティアが、植木の前に立っていた。
周りを見ないためだろう、目をつぶり、ただそこにいるだけの静謐とした顔は、実に彫像じみていて、だがふと手元のスマホを確認するときの表情は年相応の少女の――美少女のそれだった。
これは……とんでもないものだ。
思わず足を止めて、取り囲み、眺めてしまいたくなる気持ちもわかるというもの。
「はッ、いかんいかん――アレスティア!」
俺が声を上げると、本人はおろか、野次馬からも注目を浴びる。
そこには間違いなく敵意のようなものが感じられた。
つまり「あ? お前があの子と?」というものだ。
ええい、外野など知ったことか。俺がこの場から彼女を連れ出せば全員解散するはず。止まるな、進め――
「遅いっ!」
不安そうにスマホを見ていた瞳が、俺を目に止めた途端、キッと睨みつけるものになる。発せられた言葉は玉音か天の声か。
女神みたいな女の子の声に人々は一瞬酔いしれ、待ち合わせ相手である俺を見た瞬間「はあ……」とあからさまなため息をついた。ちくしょう。
今日の俺の出で立ちはいつものザンバラ髪……を多少整えた黒髪に、やっぱり分厚い瓶底眼鏡。
しかし最低限のデートコーデファッションはしている。
グレイのダブルジップパーカーに白地のカットソー、スラリとしたテーパードパンツに同じく白地のスニーカーである。
俺の顔を見て一瞬「何だこいつ?」という顔をした人々も、俺の全身を上から下まで見ると「まあまあ……」みたいな表情に落ち着いていく。
カーネーションのメンズコーデを参考にしてきたのだ。文句は言わせないぜ。
「わ、悪い。もう来てたんだな」
「なんで待ち合わせにしたの? ここに来るまでも散々だったわよ」
どうやら電車内や池袋での乗り換えのときも、ずーっと人々にジロジロ見られて不快な思いをしたようだ。
本来待ち合わせまで15分もあるのだが、先にアレスティアが到着していたのなら、それは男として遅刻を受け入れるべきだろう。
「申し訳なかった。お詫びに今日は奢らせてくれ」
「そうね、ランチくらいはごちそうしなさいよ」
おや。俺は今日のデート代は全部俺が……というつもりで言ったのだが、意外とアレスティアはそういうところしっかりしてるんだな。
ちなみに俺は中学生にあるまじき財力を持っている。
それは家が金持ちだから、という意味ではなく、四代目の実働報酬をきちんともらっているためである。
とは言え、二十歳になるまでは全額ベゴニア預かりで、月々小遣いとして微々たる金額をもらっているのだが、普通に高校生がフルでバイトして毎月稼ぐくらいの額はもらっていたりする。
「で、動物園とやらはどっちなの?」
「向こうだ。あのゲートをくぐればすぐだよ」
「じゃあ行きましょう」
タッと、アレスティアの足取りは軽いものだった。
なんというか、楽し過ぎてスキップでもしそうな勢いである。
彼女の背中を追いながら、後ろを振り返れば、人々が散っていくところだった。
やれやれ……こりゃあ今日一日、どこに行ってもこんな調子かな。
俺は改めて、アレスティアという女の子がどれほど美しく、人々の視線を釘付けにするほど魅力溢れるのか、嫌というほど思い知ることになるのだった。




