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第29話 異世界シスターズ篇⑥ いつの間にか責任者になりました

 *



「会長、お茶をどうぞ」


「ええ、ありがとう」


 本日は土曜日。

 学校は午前中で終了し、午後一の会議に出席するために俺はカーネーション日本本社へと直行した。


 いつもどおり、ベゴニアが手配してくれた車の中で着替えとメイクを済ませ、「本社社員の皆様、ごきげんよう」と優雅に出社。そして日本に五つある支社の社長――札幌、仙台、大阪、名古屋、福岡の社長たちと会議を行った。


 組織的には東京本社が頂点。

 日本の各支社がその直轄になる。


 来週にはニューヨーク支社長との会議もあるし、日常会話程度の英語は勉強しているが非常に不安だ。もちろん通訳がついてくれる予定だが……。


「会長、何かお悩みですか?」


「え、あ、いえ……」


 こちらの女性は社長専用秘書の棚牡丹麗子(たなぼたれいこ)さんだ。

 なんでもビキニコンテストのオーバーオール優勝者で、世界大会や芸能事務所のオファーを断ってまでカーネーションに入社したという。


 立ちふるまいがアスリートのそれで、動作の一つ一つがとてもキビキビしている。

 広告部からよくヘルプを頼まれてたまにモデルの仕事もしているらしい。


 そんな彼女は元々ベゴニアの秘書だったが、ベゴニアも元は母カーミラの秘書だったのであまり隙がなく、なんでも自分でやってしまうタイプなのであまり出番がなかったとか。そこで満を持して俺の専属秘書に繰り上がったのだった。


「支社長たちとの会議で何かあったのですか?」


「えーっと、あったというかなんというか……」


 あったのだ。

 実は俺はやってしまったのだ。


 ハッキリいって今の俺は会議どころではなかった。

 頭の中はずっと先日のアレスティアの言葉でいっぱいになっていた。


『どうしてそんな変なカツラ被ってるの? あとその伊達メガネ、全然似合ってないから』


 何故かはわからないが、アレスティアは俺の正体を知っている。

 ボサボサ黒髪がカツラであり、眼鏡も伊達であることを。


 それはつまり、俺が本来の姿で四代目カーネーショングループ会長・カーミラを演じていることを知っている……と考えて間違いない。


 昨夜はほとんど眠れなかった。

 従って俺はフラフラの頭のまま学校へ行き、会社に向かった。


 そして会議中にとんでもないことをやらかしてしまったのだった。



 *



「以上のように、カーミラ会長が就任されてから、他企業からの攻勢は鳴りを潜めています」


 目の前のディスプレイに資料が表示される。

 他企業による攻勢とは即ち、世界各地の支社に対する敵対的買収への工作、あるいは有能な人材へのヘッドハンティングなどが当たる。


 やはりカーネーショングループはカーミラ()を柱として一丸となり、より強固な組織となる……そういう会社だ。


 逆に言えばカーミラ亡き後、四方八方から(つつ)き回されるこの状況をベゴニアは一人で防いでいた。やっぱすげえなあのヒトは……。


「ですが鳴りを潜めているだけで、いずれ攻撃が再開されることは必至。ではどうするのか。カーミラ会長の元、新たな成長戦略を世界に提示しなければなりません」


 おお……と、日本中から集まった支社長たちがため息を零す。

 現在スピーチを行っているのは東京本社の副社長だ。

 社長であるベゴニアはモナコに出張中である。


 俺はただ座っていればいい、そう言われてここにいるのだが――


「一つよろしいでしょうか」


 そう言って挙手したのは正に貴婦人と呼ぶに相応しい美女。

 福岡支社長だった。


「カーミラ会長の元、新たな成長戦略を、とは申しますが、具体的には何かビジョンがあるのでしょうか」


「それは、現段階では検討中としか……」


 副社長はそう言って言葉を濁した。

 場が少しざわつく。


 四代目襲名からまだ一月しか経っていない。

 新体制への移行が内外に周知され、世間も落ち着いてきた頃だ。


 成長戦略、とは即ち、新たな事業を展開するアイディアがあるかどうか、ということを意味している。


 四代目であるカーミラが次にどんな新たな手を打ってくるのか全員が期待している。もしもそれが無いとなれば、身内は失望し、敵対企業は喜んで再び攻撃をしてくるだろう。


 副社長は俺が本当は男であることは知らない。

 ただカーミラの娘が会社を助けるために四代目を継いでくれた……ということだけは知っている。


 場の空気は副社長ではなく、いつの間にかカーミラこと俺への発言を求める流れになっていた。


「会長は就任されてまだ日が浅い。それにまだ学生という身分だ。彼女に意見を求めるのは酷なのでは?」


「しかし先代カーミラ様のご息女です。私は先代と同じく何か特別なものがおありになるのではないかと、密かに期待しているのですがね」


「確かに、カーミラ会長は特別なお方だった。何かこう、常人とは思えない超越的な雰囲気のある御方だった。そしてその雰囲気は間違いなく四代目会長にもお有りになるように思える……」


「もちろん、企業人として未熟なのは百も承知。だが、それが逆に、凝り固まった我らとは違う視点から物事を考えられる可能性も……」


「おお、それもそうですな。何せ先代の血を継ぎ、あのベゴニア社長に育てられたのだ。きっととんでもないアイディアを披露してくれるかもしれませんぞ」


「ぬ、ぐ……、それは……」


 抵抗していた東京本社副社長が言葉をつまらせる。

 そして情けなくも助けを求めるように、チラっと俺の方を見た。


 それを機に、ピタっと会話が止み、各支社長たちも俺に注目する。

 皆が俺の意見に期待している。皆が俺の言葉を待っていた。


 だがしかし、俺はこのとき、全然まったく、彼らの話を1ミリも聞いていなかった。俺の胸中を締めていたのは唯一つ――


(やっべえええええええええ! アレスティアに俺の正体完全バレちゃってるよ! どうしようどうしよう! 女物の下着つけて、メイクもバッチリ、裏声使ってるの知られちゃってるよおおおおおお!)


 ――という感じになっていた。


 昨夜、荘厳荘に帰ってからも、朝起きてからも、学校に行ってからも、そして今も。俺の心を占めているのは、正体がバレたことへの恐怖。


 妹であるアレスティアに軽蔑され、アレスティアから伝わったエウローラにも嫌われ、瑠依にも愛理にも嫌われてしまうだろう。


 嫌だ。それだけは嫌だ。

 あいつらに嫌われるなんて、俺は――


(いや、待てよ……?)


 嫌われて遠ざけられるなら、そっちの方がいいのでは?

 他言無用だけを約束させて、あの荘厳荘()から出て行く……もしくは俺一人が出ていったほうがいいのではないだろうか?


 でもそれは嫌だった。

 何故かはわからないが嫌だった。


 これからも四代目を続けるなら、俺は一人の方がいい。

 だからこそ一人暮らしがしたかったはずなのに。


 それなのにどうして俺は、こんなにも荘厳荘での生活に、離れがたいものを感じているのだろう。


 ――そうか。

 彼女たちは俺の妹なんだ。

 瑠依は違うけど、でもほとんど妹みたいなもんだ。


 妹は家族だ。

 俺は家族と暮らすことに、どこかで居心地の良さを感じているのか。


 地球とか異世界とか関係ない。

 あいつらは俺の身内だ。家族だ。


 なら家族に隠し事をしているのはよくないんじゃないだろうか――


「会長、会長、皆が意見を求めていますが、あなたは学生。何も答えずとも――」


「…………地球とか異世界とか関係ない」


「えッ――!?」


 俺はこのとき、気付いていなかった。

 懊悩していて、まさか考えていたことが口に出ていたなんて。


「……家族なんだから、きっと異世界でも……」


 おおおお……!

 と支社長たちが声を上げた。


 そこで俺はふと正気を取り戻す。

 あれ、俺何を言って――


「ま、まさか会長は異世界参入をお考えなのですか――!」


「え、いや――」


「確かに。異世界との交流が開かれて二年、向こうの政治情勢もほぼ判明しつつある」


「世界の半分を女性が占めているのは異世界も同じ。つまり、とんでもない数の新規ユーザーが……!」


 なんだ、俺が発した数言で、なんだか異様な盛り上がりを見せている。

 このヒトたち大丈夫? 頭おかしくなっちゃったんじゃないの?


「いや、だが待て。いくら会長でも異世界への足がかりはないはず。政府は未だ地球企業の異世界進出を許してはいない。細々と物資の貿易があるだけだ」


「会長、どうお考えですか!? 何か異世界進出する具体的な策がおありなのですか!?」


「策ってそれは――」


 異世界と物資の取りまとめをしているのは御堂財閥の御堂商事だったはず。

 一番最初に異世界に地球の調査隊を送った見返りとしてそうなったはず。


「それは、御堂が、御堂の――」


「御堂にコネをお持ちなのですか――!?」


 おいおい、なんか勝手に話がチェインしていってないか――


「いや、でも確かに。御堂とは停戦状態が続いていますが――」


「先代のカーミラ会長は、個人的には御堂財閥のとある令嬢と親友同士だったとか――」


「なるほど、そのコネクションを再び利用すれば――」


「カーネーショングループ、異世界支社も夢ではない……!」


 うおおおおおッ!


 ……想像してほしい。

 いい年したオジさんとオバさんが、鼻息荒く狂喜乱舞している様を。

 それを間近で見せつけられる俺は、恐怖以上の狂気を感じて涙目になっていた。


「さすがです会長。まだ学生の身空でありながらその大胆な発想力。感服いたしました」


「あ、ども……」


 東京本社副社長の俺を見る目が、保護者のそれから、目上の者に対する崇敬の念に変わっていた。


「異世界進出に関してはカーネーション社内でもトップシークレット扱いとします。なお進捗に関しても東京本社に一任してもらいたい」


 目をキラキラと輝かせたお父様たちがコクリ、と頷く。

 副社長もまた力強く頷いた。


「会長、共に頑張りましょう!」


「は、はい……」


 ひえええ。俺はとんでもないことを言ってしまったのでは……?

 こうして俺は知らぬ間に新たな事業の統括責任者になってしまったのだった。

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