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第28話 異世界シスターズ篇⑤ ナイフのようなその言葉

 *



 俺にとって地獄とも言える時間が終わった。

 カロリー……というか脂質の量がやばい。


 現在俺はローファットによる減量を行っている。

 脂質を極力抑えるダイエット方法で、一日の制限を30グラムとしているのだ。


 だが今ので完全に超過した。

 脂質は人間に必要な栄養素ではあるが、やっぱり摂り過ぎは良くない。


 大体夕食までで20グラム前後を摂取し、残りの10グラムを胡桃などを食べることで補うのが最近の俺のルーティンだ。


 だがそんなことはどうでもいいことだった。

 正直に言おう。久しぶりに食べた揚げコロッケの味……メッチャ美味しかった!


 くそ、やっぱ揚げ物は罪な味だぜ。

 身体に悪いものはすべからく美味いんだよなあ。


 はああ……枯渇していた俺の身体に脂質が染み渡る。

 もういっそディプリートに切り替えようか……いやいや、あれはボディビルダーが大会前に行う荒行みたいなものだ。


 糖質をカットして脂質を取り込み、グリコーゲンを極限まで吐き出すため、さらにハードなトレーニングをするという……まだまだ俺はその域には達していない。やめておこう。


「ふう……たまには童心に帰って戯れるのもいいものですね」


 愛理はお茶を啜りながら「ほう」と満足げな溜め息を吐き出した。

 童心って……まだ10歳の分際で何を言っているのやら。


 ちなみに俺たちにお茶を淹れてくれたのは御堂の女中さんだ。

 校長室の前に立って見張りと同時に給餌もしてくれていた。


「さて、わざわざ当事者に集まっていただいたのは昨夜の話の続きをするためです」


 (たん)、と愛理は湯呑をテーブルに打ち付ける。

 まるで裁判官が振り下ろす(ガベル)のようだ。

 一晩頭を冷やして冷静な判断を下せるようになった、ということなのか。


「結論から申しますと、郷に入っては郷に従え。日本では中学生の結婚は認められていません。お兄様との許嫁の件は無効にするべきでしょう」


 わー、パチパチパチ、と瑠依が小さく拍手した。

 どうやら彼女も愛理と同意見のようである。


 まあ俺もその意見には賛成かな。

 許嫁って考え方が古いし、中学生で結婚とか、現代日本では無理がある。


「あは、お断りします」


 ニコっと笑顔の花を咲かせたまま、エウローラは返答した。


「確かにあなたの……愛理ちゃんの言うとおりでしょう。郷に入っては郷に従え。地球でも異世界でも通じる言葉です。ですがお忘れですか。私たちが住んでいる場所が十王寺町であることを」


「むむ――!?」


 愛理は唸った。

 それはエウローラの言葉に一定の説得力があることを意味していた。


「十王寺町は異世界の東の玄関口。ここでは異世界人保護のため、魔法世界(マクマティカ)の法律が適用されます。すなわち、あの場所に住んでいる私たちは、日本にいながら15歳でも結婚できるのです」


 エウローラが言っていることは事実だった。

 十王寺町は交流特区。あの地域には何人かの異世界人が暮らしている。


 そんな彼らには日本の法律ではカバーしきれない文化や習性などがあり、彼ら自身を守るためにも異世界の法律が適用されるのだ。


「で、でしたら、何も無理してお兄様があのお家に住むことはありません。即刻退去をすればいいのです……!」


 おいおい、愛理お前……。

 いくらなんでもそれは……。


「ですって。兄さんはどうなんですか? 今日にでも荘厳荘を出ていきますか?」


「いや、そんなことはしないぞ」


「お兄様ッ!?」


 ガーン、と愛理は裏切られたという顔をした。

 対してエウローラは「ふふん」と勝ち誇った表情をする。


「聞きましたか愛理ちゃん。兄さんは出ていくつもりはないそうです。つまりそれは私たちの提案を受け入れてくれたことを意味します。ええ、今は亡きお母様が残してくれた未来への約束ですもの。それを反故にすることなど、できるはずがありませんよね――」


「いや、だからと言って結婚するつもりもないがな」


「なッ――兄さん、それはどういう……!?」


 今度はエウローラが驚愕する番だった。

 なんでそうお前らは話が両極端なんだ。

 あのシェアハウスに住むことが=結婚を肯定することにはならないだろうに。


「さ、さすがはお兄様です! そうです、この田舎娘にもっとハッキリ言ってやってください、自分はお前たちなど認めないし嫌いなのだと……!」


「いや、さすがに腹違いとはいえ、妹は妹だろう。別に嫌ってもいないしな」


「お兄様ッ!?」


 愛理がまたもや裏切られたという顔をする。


「兄さん……! じゃあ好きなんですね、結婚したいくらい私が好きなんですね!?」


「いや、あくまで家族として、という意味で。そもそも兄妹(・・)で結婚とかありえないから」


「兄さーんッッ!?」


「そんな、お兄様ッ!?」


 エウローラのみならず何故か愛理までダメージを受けた様子だった。


 ガックリと項垂れたエウローラと愛理はキッと顔を上げると、お互い立ち上がり、鼻を突き合わせるよう、至近から睨み合った。


「あなたさっきからなんなんですか! 私たちの邪魔ばかりして! あと田舎者ってなんですか! お父様が治めているダフトンはヒルベルト大陸で一番の大都会なんですよ!」


「はッ、そんなこと知っています! 業腹ながら私のお父様が治めている土地でもありますからね!」


「え!?」


 愛理の言葉にエウローラは目を丸くした。

 あ、そうだったそうだった。


「こいつ、俺の妹だって言っただろ。俺たちの親父がこっちで作ったもうひとりの子供だから」


「なッ、私たちの、い、妹……!? お、お父様は一体何人の女性に……!」


 うん、頭を抱えたくなるエウローラの気持ちもわかる。


 そうなのだ。愛理は地球英雄の一人である百理さんと龍神との間にできた子供だ。

 なので父親自慢は愛理には通用しない……というか異世界のことを田舎呼ばわりできるのは愛理が御堂であることが大きいだろう。


「な、生意気です! 妹の分際で私たちのしようとしていることに反対ばっかりして!」


「地球の常識も倫理観もない姉など姉として認めません! 私の目の黒いうちはお兄様と結婚などさせません!」


 ぶわわっと、二人の全身から圧力が放たれる。

 エウローラは深緑の清廉なオーラ。そして愛理は紫色の高貴なオーラを身にまとっている。


 ひゅううう、っと室内の空気が急速に冷たくなり、それはエウローラの周りに集まっていく。


 対して愛理はボッ、と着火したように、彼女を中心に熱波が吹き出す。「ぴゃッ!?」と隣にいた瑠依が悲鳴を上げた。瑠依、危ないから下がってなさい。


「私、普段は絶対怒ったりしませんけど、馬鹿な妹にお灸を据えるため、心を鬼にします……!」


「年上とはいえ中身が伴っていない愚か者には、私が具申して差し上げましょう……!」


 ひゅごおおおお――!

 ゴゴゴゴゴゴッ――!


 エウローラの風と愛理の炎。

 それがぶつかり合おうとしている。


 エウローラの精霊獣ピピが、頭上で羽ばたきながら、くちばしの先に風を束ね始める。愛理が取り出した符がメラメラと着火する。


 正に一触即発。

 俺は「はあ」とため息を一つ、のっそりと立ち上がり、ゴチン、ゴチン、と二人の頭に、それぞれゲンコツを落とした。


「なッ!?」


「お、お兄様!?」


 二人が頭を押さえると、風と炎が一気に霧散した。

 シュウウウっと冷たい風と熱い炎が触れたことで蒸気が発生している。


 瑠依はよほど怖かったのだろう、部屋の隅っこでガタガタ震えており、対するアレスティアは脚を組んで座ったまま微動だにしていなかった。


「お前らいい加減にしろ。これ以上やるなら本気で怒るぞ。まずは座れ」


「は、はい……」


「はい……」


 エウローラと愛理が大人しく従う。

 瑠依に向かって手招きすると、彼女はビクンとしながら二人を避けるように俺の後ろに隠れた。怖かったなあ。ごめんよ。


「まず最初に言っておく……っていうか、もう何度も言ったが――俺は結婚するつもりなんてまったくない」


「兄さんッ!」


「お兄様……!」


 エウローラは驚愕に目を見開き、愛理は喜色満面と言った風情だ。ドヤ顔ともいう。


「でもだからと言ってあのシェアハウスを出ていくつもりもない」


「兄さん!」


「お兄様……!」


 エウローラは嬉しそうに、愛理は戸惑いながら俺を呼ぶ。


「さっきエウローラが言った通りだ。母さんが決めたことだし、頭ごなしに否定するつもりはない……」


「つ、つまりはどういうことですか……?」


「お兄様、ハッキリとおっしゃってください!」


 妹二人は焦れたように俺に迫る。

 どうどう、となだめながら、さっき叩いてしまった二人の頭をナデナデする。


「ふわっ……!」


「あっ……!」


 それだけで二人は俯き、モジモジとおとなしくなった。やれやれ……。


「つまり自由恋愛ってやつさ。とりあえずエウローラもアレスティアも地球で普通に暮らしてみるといい。そして実力で俺をその気にさせてもいいし、誰か他に好きなやつを見つけて恋愛したっていい。思ったより地球が詰まらなかったら異世界に帰ってもいいしな」


「そ、そんな……! 私は兄さん、兄さん以外とだなんて……!」


 言いながらエウローラは改めて俺を見つめてきた。

 今の言葉の裏の裏を読み取るように、その言葉を発した俺の真意を確かめるように、切なそうな琥珀色の瞳に射すくめられる。


 何秒そうしていたか。

 エウローラは「はあ」と深いため息を吐き出した。


「……わかりました。確かに私も、お父様にそう言われたから従っていた部分が大きいかもしれません……。正直兄さんのことはよく知らないし、まずは一緒に生活をして、徐々にお互いを知っていきましょう」


「お、おう……別に恋愛対象は俺じゃなくても良いんだぞ。学校で同級生の男子とか――」


「改めてこれからよろしくお願いしますね兄さん」


「ああ……」


 差し出される小さな手。

 普通の女の子の手だ。

 握り返せば暖かく、そして柔らかい。


 握手した途端、エウローラはニコっと、恐らく心から気を許したものにしか見せない極上の笑みを浮かべた。


「お兄様、申し訳ありませんでした、私としたことがついカッとなって……」


「いつも言ってるだろ。俺の前では大人ぶらなくていいって」


「あ」


 シュンとしながら謝罪してきた愛理の頭をもう一度撫でる。

 愛理は将来、御堂財閥の次期当主になることが決定している。


 もうすでに大人の醜い世界に足を踏み入れ、そこでは子供ながら大人顔負けの『御堂次期当主』を演じているのだ。


 故に、さきほどのように、感情の赴くまま……ハッキリ言えば子供みたいな怒り方は年相応で実に可愛らしい。


 いや、部屋を燃やしかけたのだからそうとばかりも言ってられないのだが。でもよく考えてみれば、愛理のヒステリーを真正面から受け止められる――戦闘力が対等、という意味で、エウローラのような存在ってかなり貴重なのではないだろうか。


「というわけでアレスティアちゃん、頑張って兄さんを私たちに夢中にさせるよ!」


 エウローラ、自由恋愛だってば。

 キミには俺以外の選択肢がどうしてないのか。


「ちょっと考えてたんだけど……」


 今まで腕を組み、脚を組んでいたアレスティアがようやく口を開いた。


「あなた、愛理だっけ? 私たちの妹なのよね?」


「え、ええ、そうですが何か?」


 突然名前を呼ばれて愛理が身構えている。

 わかるよ。俺も突然妹が二人増えたんだ。

 お前も姉が二人増えたら困惑するよな。


「あなたも、このバカ兄貴のこと好きなんでしょ?」


「へっ!?」


 愛理の目が点になった。

 パチクリとまばたきを繰り返しながら、その顔がみるみる赤くなっていく。


「なら話が早いわ。あなたもこっち側に来なさいよ。そしたら合法的に兄妹でも結婚できるわよ。異世界なら身分さえ高ければ一夫多妻でもオッケーだし」


「本当ですかッ!?」


 食いついた。

 完全に食いついてしまった。

 フィーッシュってやつだった。


 愛理はハッとしたあと、何故かものすごく申し訳なさそうに瑠依の方を見た。


「申し訳ありません瑠依さん、そういうことなので――」


「いやああああッ! 愛理ちゃんの裏切り者ー!」


 瑠依は俺の袖を引きちぎらんばかりに握りしめながら絶叫するのだった。



 *



 キンコーン、と昼休みの終了を告げるチャイムが鳴る。

 でもこれは予鈴だ。あと5分で本鈴が鳴り、午後の授業が始まってしまう。


 どうやら給食の食器などは女中さんが返してきてくれるそうだ。

 俺たちは空になった食器をひとまとめにしておく。


「ううう、ヒック、ヒック……愛理ちゃんのばかぁ!」


「申し訳ありません瑠依さん、こればっかりは弱肉強食の世界ですので……!」


 あの二人は何を言ってるんだろう。

 瑠依が愛理を責める理由も、愛理が謝罪する理由も、俺にはさっぱりだった。


「ふふ、地球での生活は面白くなりそうだね、アレスちゃん!」


「ええ、そうね」


 校長室を出て俺たちはそれぞれの教室へと向かう。

 俺と瑠依は四階にある三年生の教室へ。

 アレスティアとエウローラは三階の二年生の教室。

 愛理は隣にある初等部の校舎まで戻らなければならない。


 真っ先に別れることとなったのは愛理だ。

「それでは皆様、今度は夕餉の席で」と言って頭を下げる。

 お前、今日も荘厳荘に来るつもりかよ。


 そして階段を上りながら、三階まで差し掛かると、「じゃあ兄さん、またあとで」とエウローラが手を振った。俺は「ああ」と応えた。


「ご、ごめんタケオくん、私先に行くね!」


 そう言って瑠依が急いで階段を上っていった。

 どうしたんだあいつ……?


「バカね、察しなさいよ」


「え? ああ、そうか」


 お花摘みね。

 あと3分くらいで本鈴が鳴ってしまう。

 そりゃあ急がないと間に合わないか。


「じゃ、私も行くわ」


「ああ……」


 そっけないアレスティアに背を向けて、俺も階段を上り始める。

 すると――


「ねえ」


 声を掛けられて振り返る。

 訝しむような目をしたアレスティアからナイフのような言葉が投げられた。


「どうしてそんな変なカツラ被ってるの? あとその伊達メガネ、全然似合ってないから」


「――ッ!?」


 俺からの返答を待たず、アレスティアは行ってしまった。

 どういうことだ……? まさか、あいつ知ってるのか?

 俺が四代目として女装していることを……。


「ヤヴァイ……!」


 あまりに衝撃的すぎて、本鈴が鳴っても俺は、しばらくその場を動くことができないのだった。

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