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第27話 異世界シスターズ篇④ 一触即発昼食会

 *



「はい、問題ありません、それでは愛理様、ごゆっくり〜」


 パタン、と重たい扉が閉じられる。

 今しがた出ていったのは中等部の学校長だ。


 貯えた髭に和装姿の彼は、なんと御堂鷲羽(みどうしゅうう)の大ファンであり、彼と同じ格好をするくらい大好きなんだとか。


 なので愛理が「お祖父様の直筆サインでいかがですか?」と持ちかけたところ、二つ返事で校長室を明け渡してくれた。


 全校集会のときは厳しそうな顔で訓示を垂れていた校長が「やった! ぜひお願いします!」ってなもんで飛び上がったときには着物の裾からすね毛が見えたぜ。


「中等部の学校長が、たまたまお祖父様のファンで助かりました」


 絶対ウソだ。

 何故なら愛理は「こちらへ」と言って、迷いのない足取りで俺たちを校長室に案内したからだ。予め自分の祖父さんを餌に交渉するつもりだったに違いない。


 ちなみに、御堂鷲羽さんというのは現在の御堂財閥の会長さんで、日本にその人ありと謳われるほど、政治経済の分野で絶大な影響力を持つ大人物ではあるが、実は百理さんの傀儡であることを知るものはごく一部のものだけだ。知らぬが仏だよなあ。


 というわけで、俺たちの昼食の場所は校長室……の応接セット、ということになった。


 立派な設えの校長机の目の前に、ゆったり座れるソファセットがある。

 俺たちはそこに腰を下ろそうとして、またひと悶着が起こった。


「お兄様の隣には私が座ります」


「あ、あの」


「えっと、ここは譲れないっていうかー」


「わ、私は」


「そもそもいきなりやってきて妹ですって? 昨日今日妹になった分際で! 私なんて10年前からずっと妹ですが何か?」


「あは、そんな言い方したら、私たちの方が年上なんだから、14年前から兄さんとはずっと兄妹だよ? 事情があって今まで会えなかったけど、その分はこれから取り戻す予定だし」


「け、喧嘩は……!」


 愛理とエウローラに挟まれた瑠依はオタオタしまくりだった。

 うーん。やっぱりちょっと容姿が整ったくらいじゃ、生まれたときから自信も家柄もあるこの二人には敵わないか。


 アレスティアだけは我関せずと言った感じでムスっとしながら腕を組み、俺の方をジっと見ている。その目は先程までの睨むようなものではなく、言外に「あんたがどうにかしなさいよ」と言われている気がした。はあ。


「俺はここにする」


 二人がけのソファの斜向い、一人用のソファにちゃっかり腰を下ろす。

 それでももうあとは解決だった。愛理もエウローラも「むう」と唸ったあと、それぞれ向かい合った席に腰を下ろす。


 瑠依もホッと胸をなでおろしながら愛理の隣に。

 アレスティアもエウローラの隣に腰を下ろす。


「失礼いたします。お食事を持ってまいりました」


 愛理のところの女中さんだった。

 御堂の裏の顔は日本中の妖怪たちのまとめ役。


 家のお手伝いさんの7割が人外の者である。

 このヒトはどっちかな。妖怪か、人間か。

 俺には判別できなかった。


「わあ、美味しそうだね、ね?」


 気まずい雰囲気を瑠依が盛り上げようとしてくれているのがいじらしい。

 今日の給食はご飯、牛乳、春雨スープにポテトコロッケ、そして鶏そぼろである。


 うーん、参ったな。カロリー的に食べられそうなのがご飯100グラム、春雨スープ少々ってところだな。牛乳も低脂肪じゃないと脂質が多い。ポテトコロッケと鶏そぼろに至ってはかなりの高カロリーだ。


「いただきまーす」


 瑠依は明るく元気にごはんを食べ始める。

 こいつの食べてる顔は実に幸せそうだ。


 ひもじい生活を乗り越えて彼女は今心から食事を楽しんでいる。

 以前のこいつは冗談でもなんでもなく給食が生命線だったからなあ。


「瑠依」


「もふもふ、ごくん……なあに、タケオくん?」


「良い食いっぷりだ。ほら、コロッケを進呈しよう」


「え、いいの!?」


「ああ、たんと食え」


「わーい、ありがとう!」


 バグっと、瑠依は一口で半分ほどもコロッケを食べてしまう。

 リスみたいにほっぺたをパンパンに膨らませて食べる彼女は愛らしかった。


 待てよ、こいつ自分の教室でもこんな姿をみんなに見せてるのか?

 こりゃあこいつに惚れる男の一人や二人……十人二十人いても不思議じゃないな。


「あ、あーあ、私もお腹が空いて来ました。なんだかたくさん食べたい気分かも……!」


「私なんてもうすでにガッついて食べちゃってるもんね! んぐんぐ、こ、これが日本の給食! お父様が義務教育化した学校で必ず食べさせるようにとお触れを出したほどの食べ物……!」


 なんだ、急にどうしたんだ?

 愛理とエウローラが突然競うように給食を食べ始めた。


 もしかしてそんなに腹が減っていたのか。

 はっは。なかなか可愛いところがあるじゃないか。


「よし、愛理には牛乳をやろう。エウローラにはそぼろだ。こいつはな、ご飯にかけて食べると美味いぞ」


「あ、ありがとうございます! 大切にします!」


「ありがとう、兄さん!」


 どういたしまして。でも愛理、大切にしないでちゃんと今飲めよ牛乳。賞味期限があるからな。


「……ふん」


 アレスティアは不機嫌そうだった。

 しまったな。彼女だけ仲間はずれになってしまった。


 しかしご飯とスープ以外はもうないしな。

 どうしたもんか。


 すると何を思ったのか、アレスティアが春雨スープの入ったお椀を左手に持ち、右手でスプーンを持って俺にぐいっと近づいた。


 うん? なんだ、どうしたんだ。

 春雨スープがどうかしたのか?


 中華ベースのスープには春雨と短冊切りになったタケノコやにんじんが入っている。なんと言っても一番の目玉は鶏団子だろう。しかし鶏そぼろと鶏団子で鶏が被りすぎじゃないかこの給食は。まあいいか。


「ん」


「は?」


 差し出されたスプーンの上には鶏団子が乗っている。

 鶏団子越しにアレスティアを見やれば、彼女の顔は赤くなっていた。


「勘違いしないで。あんた、昨日の夜は私のせいでご飯食べられなかったから、だから、その借りを返しているだけなんだから」


 な、なにぃぃぃぃ……!

 お、おま、現代日本でなんてコテコテなツンデレを……!


「いや、まさかお前――」


「なによ」


 いや、違う。

 こいつ狙ってない。

 完全に天然物だ。


 アレスティアは素がこれなのだ。

 別にツンデレを意識しているわけではなく、取った行動がすなわちツンデレへと帰結しているのだ……!


「何してんのよ、早く食べなさいよ」


 どうする、どうする俺……!

 この場合の正しい選択肢はどれだ!?


 行動を選択してください。

 →食べる。

 →食べない。


 食べた場合、恐らく愛理が切れる。

 切れた途端、彼女の霊力から召喚された霊獣により、俺は焼き尽くされる。


 食べなかった場合、「そう」と言ってアレスティアはあっさりと引くだろう。

 だがその瞳には悲しさと寂しさが色濃く写り、クラスに帰ってからも「アレスティアちゃんはどうしてあんな悲しそうな顔をしているんだ?」「どうやら兄貴に冷たくされたらしい」「そうか」「殺せ」「呪ってしまえ」「モイでしまえ」


 ……などということになるはず。さらにはエウローラから話を聞いたアリスさんが「まあまあ、朴念仁に出す食事はありません」となり、ベゴニアからは「女の気持ちがわからずして四代目が務まるものか。ふむ。私が懇意にしている銀座のママにお前を預けよう。夜の女王になるまで帰ってくるな」などということになってしまうかもしれない。


 後々の被害を考えれば、俺一人の制裁で済む前者を選択するべきか――


「あむッ!」


「あ!」


「ああ!」


「わあ……!」


 上から順番に俺が意を決して咀嚼した音。

 瑠依、愛理、そしてエウローラである。


 むう、この団子、つなぎに豆腐を使用しているのか。

 なかなか凝った鶏団子である。うまうま。


「まだあるわよ」


「いや、一個で十分。お前の気持ちを嬉しく思う」


「そ、そう……ならいいけど」


 アレスティアはプイっと横を向いた。

 その首筋がほんのりピンク色に染まっている。

 照れるくらいならしなきゃいいのに。


 さーてさてさて、さあ殺せ、殺せよ愛理。

 俺は覚悟を決めて愛理を見た。

 だが事態は思わぬ方へと動いた。


「タ、タケオくん、私のポテトコロッケも食べて!」


「お兄様、喉が乾きませんか? こちらの牛乳で喉を潤してくださいまし!」


「兄さん、ご飯もあるよ! 鶏そぼろご飯だよ!」


 待て待て待て!

 お、俺はダイエット中……!

 これを食べたら確実にカロリーオーバーに――


「タケオくん……」


「お兄様……」


「兄さん……」


 男を殺すにゃ刃物はいらない。

 ただそっと目尻に涙を溜めて見つめればいい。


「くそ、片っ端から喰ってやらあッ!」


 もうやけくそだった。

 今日のトレーニングで有酸素の量を倍にしないと……。

 俺は密かにそう決心するのだった。

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