第26話 異世界シスターズ③ 英雄の子ら、相集う
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無情にもチャイムが鳴る。
昼休みを告げるチャイムである。
チャイムが鳴り終わっても、教室内の誰も席を立とうとしなかった。
それどころか、息を呑むように何か様子を伺っている。
今、クラスメイト全員の視線が俺に集まっていた。
「はあ」
溜め息を一つ。
俺は立ち上がる。
……椅子を引いて立ち上がっただけで「おお……」などと感嘆の声が室内を震わせた。
どうにもこうにも、ここでは食事がしにくいので、どこか別の場所を探すだけである。
またぞろ屋上か、はたまた体育館裏か。
さすがにトイレの中は嫌なのだが――
「ん?」
『ブーブー!』とポッケの中のスマホが鳴る。
嫌な予感しか無い。
『行くから』
開いてみるとそのようなメッセージが……。
アレスティア……お前、随分スマホを使いこなしてるじゃないか。
何でも彼女たちは随分前からスマホを持っていて、地球に来るたびに使用していたとか。
――おおおおお、と遠くの方から地鳴りのような声がだんだんとこちらに近づいてくる。間違いない。アレスティアとエウローラだ。二人が歩くたびに各教室の生徒たちが声を上げているのだろう。
不味い。あの波に呑まれたら生きて帰れないかもしれない。
俺は目立つわけにはいかないんだ。
今後四代目カーミラとして日本だけでなく、世界中の支社にも足を運び、そしてその都度メディアから注目されることになるだろう。
そんな四代目の姿を見て、「あれ、こいつまさかタケオじゃね?」などと毛ほどでも疑われるような事態は絶対に避けなければならない。
そのためには、なるべく学校では注目をされず、静かに静かに顔を伏せて生きてい行きたいのだ。
故に、最近イメチェンした元地味系――今は超絶美少女ネコ娘であるとか、突如として異世界から転入してきた金髪&銀髪姉妹と一緒にいるところなど見られてはならないのである。
というわけで逃げる。
俺は全力でお前らに背を向けるぞ――
「どこに行こうというのですかお兄様」
バーン、と勢いよく扉を開けたら、そこには愛理が立っていた。
豊葦原学院初等部の制服を着た愛理は、同年代の小学生たちにあるまじき利発さと大人っぽさで、下手したら中等部の女子よりも年上に見える……かもしれない。身長以外は。
「何か失礼なことを考えていませんか?」
「いやいや別にまさかそんな……」
というかどうしたんだよお前は。
今まで学校内では俺に干渉してこなかったじゃないか。
愛理は御堂家の裏にして本当の総帥、御堂百理の一人娘であり、父親が俺と同じく、異世界の英雄『龍神』である。
世間一般では御堂財閥とカーネーショングループは長い間対立してきた歴史がある。
だがそれも昔の話だ。俺の母親であるカーミラと、愛理の母親である百理さんは、16年前の大災害で共闘したことをきっかけに劇的な和解をした。
その後は無二の親友同士となり、百理さんは俺のお産にまで立ち会ってくれ、ベゴニアと同じくもうひとりの母親とも言うべき存在だ。
しかし、その事実を知るヒトはほとんどおらず、あからさまな敵対構造こそ解消されたが、世間では御堂とカーネーションは犬猿の仲、と見る向きが未だに強い。
愛理自身は、学校では御堂の分家筋の人間であることを公言し、繋がりを匂わせている程度だ。
俺はフォマルハウト姓=カーネーションということが世間には全く認知されていないため、本名を名乗ってこられた。
だが、御堂の人間である愛理が俺を「お兄様」と言うことで、某かの事実に気づくヒトもいるかもしれない……。そんなこと、聡明な愛理が気づかないはずがないのだが――
「何をお考えになっているのかわかりますよお兄様。ですがもうそんなことを言ってられる場合ではなくなりました。これはまさに異世界からの刺客がやってきたことを意味します。お母様に相談したところ、ペリー来航以来の衝撃ですね、と言われました」
……アレスティアとエウローラがやってきたことを黒船に例えるのはオーバーな気がするが、百理さんは現在で300歳を越えるお人なので、1853年の浦賀に黒船がやってきたときは、バリバリのリアルタイム世代だったと思われる。
「タケオくん……」
こそっと、愛理の後ろから現れたのは瑠依だった。
小さく縮こまり、存在感を極力消している。
まったく気づかなかった。
イメチェンをして以来、あんなに堂々としていたのに、まるで以前のガリガリだった捨て猫時代に戻ったような覇気の無さだった。
そういやこいつとは昼休みに会う約束をしていたな。
約束をしたのは俺ではなく大河だが……。
「皆様、初めまして。私は豊葦原学院初等部4年、御堂愛理と申します。名前から察していただける通り、御堂の末席にいるものです」
俺が瑠依に注目している間に、愛理が先手を打った。
ザワザワとするクラスメイトたちに率先して情報を与えている。
「御堂とお兄様のフォマルハウト家は少々ゆかりがありまして、幼い頃から兄妹同然に育てられました。そして御堂は異世界との交流事業を推進しており、こちら、異世界難民である瑠依さんとも仲良くさせていただいているのです」
愛理が小学生とは思えない朗々とした声で説明していく。
憶測めいた噂を囁きあっていた生徒たちは「み、御堂ッ!?」と仰天している。
さすがだ。御堂の名を知らない日本人はいない。
その影響力は小学生でも理解している。
そして、ヘタに御堂の人間を突付けば手痛いしっぺ返しを食らうことも知っている。
愛理はあえて御堂の名前を出すことで、変な噂を流すと痛い目に遭うぞと、暗に脅しをかけたのだ。
「あ、いたいた、兄さーん!」
とその時、廊下の向こうから声がした。
目を向けると、背後に大名行列を従えたエウローラだった。
エウローラの隣にはやっぱり不機嫌そうなアレスティアがおり、腕を組みながらチラっと俺を見ている。
「ふむ。場所のセッティングは御堂がいたしましょう。楽しい昼食会になりそうですね」
いや、給食なんだけどね、昼飯は。
果たしてどうなってしまうのやら……。




