表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/339

第24話 異世界シスターズ① スクール・タイフーン

「タケオー、タケオ・フォマルハウト。いないのかー、タケオ・フォマルハウトー」


「はいッ!」


 バーンッ! と扉を開ける。その瞬間、ズシン、と教室内全体が揺れた。

 しまった。力を入れすぎた。あと声も出しすぎた。ベランダ側の窓がビリビリ揺れている。


 クラスメイトが引いていた。そこの女子、ごめんな、びっくりしたな。俺は怖くないよ?


「なんやおったんかい。遅刻やぞ自分」


「すみません。家庭の事情です」


「お前な。そう言えば教師が黙るとでも……まあええか」


 担任の星崎が出席確認を再開する。

 はあ……うちの担任が適当なやつでよかった。


 俺は無言で自分の席に着く。

 一番後ろの真ん中が俺の席だ。


 ここからは全体がよく見える。

 俺は早速カバンを机のフックに引っ掛けると、即座に一時限目の教科書を机に並べる。


 今日遅刻してしまったのは仕事がらみだった。

 つまりは、カーネーション日本本社の役員会議に出席してきたためである。


 俺はお飾りという立場とはいえ、定期的に出席せねばならず、これから遅刻は免れないだろう。頭の痛いことだ。こっちは目立ちたくないというのに……。


「おはよう、タケオくん。今日はどうしたの?」


 ホームルームが終わり、一時限目が始まる前の休み時間。

 前の席に座るクラスメイトが声をかけてきた。


「いや、本当にただの遅刻だ」


「ふーん……?」


 こいつの名前は梶原桂樹(かじわらけいき)

 人懐っこいやつで、教室内では数少ない、俺に積極的に話しかけてくれる男子である。


 俺は教科書以外にも鞄の中からマグボトルとタッパーを取り出す。

 中身はもちろんプロテイン、そして鶏のささ身とブロッコリー、全卵のゆで卵である。


「え、朝ごはんまだだったの?」


「ああ。行儀が悪いが勘弁してくれ」


 俺は梶原から見えないよう、弁当箱を隠しつつ、かっ込むように食べ始める。

 だが――


「何だそりゃ、お前なに食ってんだよ!?」


 隠していたというのにあっさりと後ろから覗き込まれてしまった。


「あ、(とも)くん、おかえり」


 どうやらトイレ帰りの塩谷朋哉(しおやともちか)だったようだ。

 こいつと梶原は所謂親友同士というやつで、塩谷から俺に話しかけてくることはないが、梶原と会話してくると、よく内容に混ざってくる。


「それ、鶏肉とブロッコリー、それにゆで卵か? 日本人なら米を食え米を」


 馬鹿野郎。米の食う量は毎日決まってるんだよ。

 というか俺にとっては給食が一番のネックなのだ。


 本来育ち盛りの中学生にとって給食は必要な栄養素が網羅された完璧な食事と言っても過言ではない。


 だが今の俺にとっては明らかなハイカロリー食となっており、四代目カーミラとしてのプロポーションを維持するためには、ハッキリ言って邪魔な存在でしか無い。


 しかし食べないと担任に怒られるし、食べない理由を説明しなければならなくなる。故に俺は例えどんなに美味そうな給食が出ようともごくごく少量しか食べないようにし、他の食事を減らしてカロリーをコントロールしているのだ。


「男のくせに少食なんだな……」


 ボソっと言ってきたのは笠間重国(かさましげくに)

 普段はあまりしゃべらない男だが、こいつにも裏の顔がある。


 俺みたいに秘密にはしていないが、こいつはユーチューバーだ。

 配信のときはやたらと饒舌になって、男性用のメイクなんかもするらしい。


 しかも中学生の間では結構有名だとか。日々ネタになる出来事が無いかをハイエナのように探して回っている。


「タケオくん、ごはん、それだけで足りるの……?」


 またまた声をかけられた。

 チラっと横を見ると心配そうにこちらを覗き込んでいるのは相馬千代(そうまちよ)。通称お千代ちゃんと呼ばれる女子で、静かで大人しい子だ。


 梶原と相まって、よく話しかけてくれる子であり、俺の学校生活はこの二人との会話を主軸にして成り立っていると言っても過言ではない。


「ああ、あと二時間経ったらまた食うから平気だ」


「そういやあんた、ちょくちょく間食してるよね」


 相馬の後ろから現れたのは大河ねね(おおかわねね)

 このクラスのムードメーカーであり、相馬の保護者を名乗って憚らない。

 あだ名は大河(おおかわ)転じてタイガー。

 俺への態度は結構きつかったりする。


「そんなに頻繁に食べてあんた太るんじゃない? ほら、お相撲さんとかがよくやってるじゃない」


 俺は声を大にして反論したかった。

 相撲取りがしているのは『どか食い』だと。

 食事の回数を減らし、一度にたくさん食べる方法だ。


 食事――特に米やパンには糖質が含まれ、それらをあまりにも大量に食べたりすると血糖値が急上昇する。


 血糖値を下げるため、膵臓からインスリンが分泌されるのだが、このインスリンが糖分を脂肪に変えて体内に溜め込む役割を担うのである。


 なので、ダイエットするときは、一回の食事量を減らし、代わりに食事の回数を増やす方が効果的だ。


 食事の量が減れば、血糖値の上昇が抑えられ、太りにくくなる。さらに短い間隔で食事を摂ることで、極端な血糖値の下降を抑え、空腹感も感じにくくなるのだ。


 また、定期的にプロテインやEAAを取ることは、血中アミノ酸濃度を維持するのに役立つ。


 血中アミノ酸濃度が低いとカタボリックになり、筋肉を分解して栄養を作ろうとする。逆にアミノ酸濃度が高いとアナボリックとなり、筋肉が合成されやすくなるのだ。


 というわけで大河の言っていることは間違いであり、俺はダイエットを目指す女子たちが見本にするに相応しい食事をしていると言える。


 だがこの女は何かと俺に突っかかってくるので、深く関わるのはやめよう。無視だ無視。


「てめえ、何シカトしてんだよ、あたしと会話する気はねえってか!?」


「ねねちゃん、落ち着いて。食事中に話しかけた私たちが悪いんだし……」


 またもや突っかかってきた大河を相馬が抑えている。

 うーん、大河が常に傍らにいなかったら、いつもフォローしてくれている相馬に礼の一つも言いたいのだが……。


 そうこうしているうちに俺は食事を終える。

 今食べた鶏ささみと卵の量から換算してタンパク質は約10グラム程度。

 さらにプロテインで15グラムを補う。


 一度に体内に摂取できるタンパク質の量は決まっている。

 20〜30グラムが理想と言われ、どんなに多くても40から50グラムと言われている。


 俺はあくまで四代目として引き締まった肉体の維持をしているのであって、過度に筋肉をつけるつもりはない。なのでタンパク質の量も細かく調整しなければ。ごくごく。ふう……ごちそうさま。


「この野郎……オタクの分際であたしを無視しやがって……!」


「ねねちゃん、それは偏見だよう。タケオくんは別に何かのオタクさんじゃないよ?」


「お千代、あんたはどっちの味方なんだい!?」


「り、理不尽だよう……!」


 すまん相馬。大河の相手は任せたぞ。

 そして男子たちの方は、とっくに俺の食事に興味をなくし、ちょっと気になることを話し合っていた。


(しげ)くん、この間の時事ネタを扱った動画、面白かったよー」


「ああ、だがあまり再生数は伸びなかったな……」


「なんだ、さすがのユーチューバー様もネタ切れか?」


「端的に言えばそのとおりなのだが……」


 梶原と塩谷はどうやら笠間のチャンネルを登録している視聴者のようだ。

 時事を扱ったニュース解説なども、中学生目線でわかりやすく説明をしているらしい。


「やっぱりあれだな、なんとか交渉を重ねて黒森さん――いや、ルイス・ヴァレリアさんに出演してもらうしなかいな……!」


 コーンッッ!

 笠間の宣言を聞いた途端、俺は仕舞いかけていたマグボトルを思いっきり落としてしまった。


 一瞬俺の方に注目した笠間たちだったが、特に気にした風もなく、「わあ、それ面白いかも!」「俺、絶対何回も再生するぜ!」などと再び会話が盛り上がり始めた。


 瑠依を出演させるだと……?

 あいつはユーチューブになんて出るようなタマじゃ……。


 引っ込み思案だし、俺と会話しててもいきなり挙動不審になるし……というかそもそも俺以外の男子と会話なんてできるのか……?


 いや、あいつはもう昔の(屋上から飛び降りようとしていた)臆病なあいつじゃない。容姿にも磨きをかけて、自信を身に着けたんだ。


 今や学校中の憧れの的で、クラスでも人気者。

 多分ラブレターメールをもらったり、告白だってされているかもしれない。


(って、なんで俺がそんなこと気にするんだよ――)


 もう間もなく一時限目のチャイムが鳴る。

 その時、事件は起こった。


 ――ザワっと、教室が大きくどよめいたのだ。

「お、おい、あれ……」「うわあ……!」などと、塩谷と梶原が廊下の方を見て驚愕の声を上げている。一体何が――


「げッ!?」


 教室の半分ほど開いた扉から赤い瞳が覗いていた。

 赤い髪と猫耳もチラチラ見ている。


 まるで誰かを探すようにキョロキョロと教室内を見回している。

 赤い瞳が止まった。しまった。バチッと目が合ってしまった。


 ジーっと見つめられる。

 その目が訴えかける。


 ――どうして今朝は早くからいなくなったの? と。


 俺はなにもできない。

 今や学校中のアイドルになっている瑠依は、俺がプロデュースしたんだなんて言えやしない。


 そしてその後も一つ屋根の下でよろしく暮らしているような間柄だなんて話せやしない。


 どうする、どうしたらいい。

 思い悩んで固まっているうちに、ツカツカと姉御肌の大河ねねがガラっと扉を開いた。


「あ、あの、えっと……」


「黒森さんだよね。それともヴァレリアさんだっけ?」


「あ、えっと、黒森で……」


「うん、じゃあ黒森さん、うちのクラスに何か用?」


「え、あ、うん、その……タケオくんに、ちょっと」


 ザワッ――っと教室内がざわめいた。

 俺はもう顔を上げていることができなかった。

 何故ならクラスメイト全員の視線が突き刺さっているのがわかったからだ。


「そう……でももうすぐ一時限目始まっちゃうし、また次の時間……もう昼休みまで待てばいいんじゃないかな?」


「あ、そうだよね。ごめんね。じゃあ、その……出直してきます」


 瑠依はシュンと肩を落として踵を返した。

 教室内の全員が「うッ!」と胸を抑えた。


 なんだかしょんぼりしている瑠依があまりにも庇護欲を掻き立てる有様で、罪悪感を覚えたためと思われる。


「はー、やばっ、なにあの美少女……やばっ!」


 瑠依を見送った大河は胸を抑えながら、空いた手で顔をパタパタとした。

 彼女の気持ちはクラスメイト全員の心の代弁だった。


「さて」


「それじゃあ」


「査問会を始めるか」


 梶原、塩谷、笠間が俺の机の周りを取り囲んだ。

 俺はガダダっと椅子を引き――引けなかった。

 真後ろに立つ大河に背中を押さえつけられていた。


「ここで逃げるなんて男のすることじゃあないよなあ」


 ニヤリっと、大河は邪悪な笑みを浮かべていた。


「た、助けてくれ、相馬……!」


 俺は藁にもすがる思いで助けを求める。

 だが――


「私も、キミと黒森さんの関係は知りたいなあ……」


 ギュウうううっと、彼女の手の中、ハンカチが千切れんばかりに握りしめられていた。あ、あのハンカチはカーネーションの……そうか彼女はうちのユーザーだったのか。


「待て、落ち着けお前ら……」


 十重二十重と、クラスメイトたちが俺を取り囲む。

 逃げ場はない。瑠依の野郎、爆弾だけ放り投げて行きやがって。


「ほらー、お前ら席につかんかい!」


 おっと、チャイムが鳴ったことにも気づかなかった。

 今日の一時限目は社会科。なんだ星崎の授業か。

 これでなんとか助かった――


 ――おおおおおッ!

 ――きゃああああ!


 などと思った矢先、どこからかものすごい悲鳴が聞こえた。

 男子と女子の悲鳴である。なんだなんだ、今日は一体どうなっているんだ?


「落ち着け、みんな席に着いてな!」


 星崎が先生らしく動揺する生徒たちを鎮めている。

 だが、悲鳴の次はまるで校舎全体が揺れているかのようなどよめき声が聞こえてきた。


 なんだ、校庭の方に何かあるのか――?


「おい、あれっ!」


 ベランダに飛び出した一人の生徒が眼下を指差した。

 その瞬間、クラスの全員がベランダへと群がる。

 恐らくこれと同じ行動が各クラスで行われているのだと思われる。


 まったく、芸能人でも来てるのかね。

 俺はそういうの興味ないから見たりしないよ。


「なんだあれ……!」


「嘘だろ……動いてる! 生きてるのか!?」


「魂の格が違いすぎる! 同じ生き物とは思えん!」


 梶原、塩谷、笠間は何を言ってるんだ?

 動物園から逃げてきた珍獣でもいるのか?


「き、ききき、綺麗すぎる……! 何なのあれ!」


「ふわああ、尊い、尊いよう……!」


 大河に相馬まで。

 なんかそこまでリアクションがオーバーだと俺も気になってきたのだが……。


「うん?」


 俺のスマホの着信ランプが点滅していた。

 授業前だからマナーモードにしていて今気付いた。

 また会社(カーネーション)からか……?


『件名:どこ?』


「………………」


 簡潔な言葉だった。

 鳥肌が止まらない。

 背中がじっとり濡れてきた。

 心臓がバクバクする。

 まさかまさかまさか――


「ちょ、ごめん、ちょっと……!」


 俺はひしめき合うクラスメイトたちを押しのけてベランダに出た。

 手すりから身を乗り出せば、案の定というか予想通りというか……。

 俺の妹たちがいた(・・・・・・・・)


 金色の髪をツインテールにしたアレスティアと、銀色の髪を下ろしたエウローラだ。


 明らかに存在の密度が常人とは桁違いだった。

 例え修行中の小坊主であったとしても、隣に仏様がいれば気づくように、ただの人間であっても、彼女たちがスペシャルな存在であることは見ただけでわかってしまう。


 と――セレスティアがこちらを指差した。

 隣のエウローラがその指を追い、パッと顔を輝かせた。


「兄さーん!」


 どよッ!


 やりやがった。

 ついにやりやがりましたよ。


「兄さんって……え、まさか?」


「明らかにこっちを……ていうか?」


「フォマルハウト……お前は何者なんだ!?」


 瑠依といい、アレスティアといい、エウローラといい……。

 どうやら俺の平和な学校生活はとっくの昔に終わりを告げていたようだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ