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第22話 シェアハウスの管理人篇⑥ 異世界の妹たち

 *



 買い物も終わって。

 夕食まではまだ時間がある。


 さて、今日の飯はどうしたものか。

 しまったな。買い物に行く前に冷蔵庫の中身を確認しておけばよかった。


 今日からここの管理人は俺なのだから、当然食事の支度も俺になる。

 もう少し自覚をしないとだな。


「なにはともあれさっさと片付けるか」


 荷解きである。

 実家から厳選した私物を持ってきたが、まあ俺にとって私物など、着替え、勉強道具、くらいのものである。


 あともう一つ、トップシークレット的なブツも持ち込んではいるが、それはまあクローゼットの中にでもしまっておこう。


 以前の隠し場所だったベッドの下は愛理に怪しまれていた。

 ここは少し変化がほしいところである。


「タケオくーん」


「おー、どした?」


 コンコンとノックがされて、瑠依が入ってくる。


「へえ」


 俺は思わず感嘆の声を上げた。

 瑠依が早速、先程買ってきた服を着ていたからだ。


 赤いリボンが胸元にあしらわれた簡素なワンピースである。

 彼女がその場でクルリと一回転し、ふわりとスカートが舞った。


「えへへ、どうかな」


「ああ、いいんじゃないか」


 素直な感想である。

 普通思春期の男子というのは素直に女の子の服装など褒めないだろうが、俺は職業柄というか家業柄、美醜への感想は素直な方だ。


 逆に言えば相手に気を使うこともなく、似合ってないなら似合ってないと言うタイプなのだが……まあそれは子供の頃だけの話だ。


 さすがの俺も今はそんなこと面と向かって本人に言うような愚は犯さない。

 子供の頃はよくそれでベゴニアに叱られていたっけ。


『本人が好きでしている格好を他人がおいそれとけなしてはならない』と。


 俺も今では心の中だけで「似合ってねえなあこのモデル。本人のセンスが悪いのか? スタイリストが悪いのか?」と思うだけで口には出さないよう心がけている。


 で、何が言いたいかと言うと、俺が「いい」と言うからには本当に「いい」のである。たとえそれがそっけない言い方だとしても……。


「ぶー、なんか適当だよー。……やっぱり私がこんな格好、似合わないかな?」


「いや、誰もそんなことは言ってないんだが」


 瑠依はわかっていない。今お前は世界中に支社を持つビューティーカンパニーの四代目会長にして総帥、カーミラ・カーネーション本人に「似合っている」と言われているのだが…………所詮真意など伝わらないものだ。虚しい。


「そんで、一体なんの用だよ」


「あ、うん……えっと、ほら、お手伝いしようと思って。荷解き」


「ああ、そんじゃそこの箱、勉強道具入ってるから、机の周りに適当に置いてってくれ」


「はーい」


 どうやら瑠依のやつ、服を見せるのはついでで、荷解きを手伝いに来たようだ。こりゃあ思ったより早く終るな。夕食の支度に時間がかけられるのは嬉しい。


「あれ、タケオくんってお洋服それだけ?」


「ああ、まあな」


 女顔を隠すために目立たない服装を心がけているのだ。

 服もTHE・シンプルを心がけるようにしている。


 無地のTシャツ、無地のカッターシャツ、丈をきっちり合わせたパンツ。

 あとは下着くらいのものである。


「私よりもタケオくんの方がお洋服買った方がよかったんじゃない?」


「俺は自分に合った服を厳選して持っている。それに他のは基本実家に置いてあるしな」


「それもそっか」


 俺と会話をしながらも、瑠依はなかなかの手際で机を整理していく。

 おお、そうそう。教科書はそのへんで、筆記用具は一番上の引き出し。

 なかなかわかってるじゃないか。


「あっという間に終わっちゃった。ごめんね、私いらなかったかも」


「そんなことねえよ。助かったぜ。サンキュ」


「うん、えへへ」


 素直に礼を言われて瑠依は嬉しそうだった。

 さて、あとはいよいよ晩飯のことを考えなければいけないのだが。


 せっかく管理人初日の夜がデリバリーってのもなんだかな。

 いや、ここは俺が身銭を切って寿司でも……多分瑠依は食べたことない、よな?


 寿司は糖質がちょい多めだが、ローカロリーで高タンパク質な食べ物だ。

 また良質な不飽和脂肪酸が多く含まれ、そこまで過度でない限り、ダイエット中でも食べれるすぐれものである。


 よし、決まりだな。


「あー、瑠依、手伝ってくれた礼だ。今日の夕食は――」


「あ、こっちにもまだダンボール残ってる。整理しちゃうね」


 ノオオオ! 無邪気に俺のトップシークレットを開封しようとするんじゃない!


「いやいや、それは開けなくていい。あとで俺がやっておくから」


「えー、でもあと一箱だけなのに。さっさと終わらせちゃおうよ。ふたりでやればすぐ終わるよ」


 この中身をふたりで? できるか!


 いや待て、誤解しないでほしい。

 決してこのダンボールの中身は思春期の男子が秘密にしておきたいエッチなグッズの数々……などではなく、正体は俺の『女装道具』である。


 ウイッグやら服やら化粧道具などなど……。

 兎にも角にも俺が変身――四代目になるための全てが入っている。


 ちなみに以前はベッドの下で保管しておいたのだが、愛理の査察が厳しくなったために、一日ごとに屋敷中の空き部屋を移動させるという面倒な方法を取っていた。


 仕事柄、俺はこれから定期的に四代目にならざるを得ず、急な呼び出しをされる可能性もある。


 故にこればかりは肌身離さず持ち歩いて置かなければならない。

 これからの学校生活を思うと少々憂鬱になるほどだった。


「とにかく、これは大丈夫だ。お前の手を煩わせるほどのものじゃない」


「………………――ッ!?」


 不思議そうに俺を見ていた瑠依の表情に気づきが現れる。

 そうすると「カア」っと一瞬顔を赤らめたものの、ニヤリっと長い犬歯を覗かせながら邪悪な笑みを浮かべた。不味い。


「ふふふ……そっかあ、タケオくんも男の子だもんねえ」


 うわああ。同級生女子から一番言われたくないセリフだ。

 瑠依は手を後ろに、前かがみになりながら、俺をわざわざ下から見上げる。


 邪悪な笑み――略して邪笑を浮かべながら、瑠依がジリっと近づいてくる。

 こ、こいつ、箱の中身を暴く気だ。しかも俺がエロいもん隠してると完全に思い込んでる。


「やーッ!」


 瑠依の攻撃。

 俺は防御の姿勢。

 瑠依の肩を押さえつける。


 「むー、そんなに見られたくないの?」


 瑠依は不満そうだ。


 次はどうしますか?

 →攻撃 

  防御

  逃げる

  説得する


 馬鹿野郎。攻撃など論外だ。

 というか女の子に手を挙げる趣味はねえよ。

 育ての親(ベゴニア)の教えでな。

 バレたら殺されるわ。


 防御一択になりそうだが、それではこの状況を打破できない。

 ここには愛理もアリスさんもいない。止めるものがいないから、不毛なやり取りが繰り返されるだけだ。


 逃げるも論外。

 あのダンボールの中身(女装セット)を置いて行くことはできないし、抱えたままでは逃げられるはずもない。


 残る手段は――


「瑠依、よく聞くんだ瑠依。お前はそんな嫌なヤツじゃないはずだ。明るく素直で、他人の秘密を暴くことに快楽なんて見いださない優しい女の子のはずだ――」


 ぴくん、と瑠依が反応する。

 だが本人はとても正気とは思えない目をして言い返してきた。


「わかってる。私がはしたないことしてるって全部わかってる。でもね、例えヒトとして間違ってたとしても、私にはタケオくんの女性の好みを知ることの方がずっとずっと大切なの……!」


 なんだそりゃ!?

 俺の女の好み?


 つまりダンボールの中のエッチなグッズを見て、例えば俺が巨乳好きだとか、コスプレ好きであるとか、はたまた妹属性があるとか、ツンデレ好きであるとか、そんな趣味嗜好が垣間見れることを期待していると?


「うおおお!」


 俺は思わず全力で抵抗した。

 何せ箱の中身は瑠依の思っているものとは全然違うからだ。


 というかエログッズとかの方がまだマシである。

 女性モノの下着とか出てきた日には軽蔑されかねない――


「キャッ!?」


 上から思いっきり覆いかぶさると、体格差で瑠依はあっさりと尻もちをついた。

 そのまま抱き合うように押しつぶすが、サッと後頭部と床の間に手を差し込むことは忘れない。ふ、俺は紳士だぜ。


「このイタズラ猫が。やって良いことと悪いことがあるぜ。こりゃあおしおきしなくちゃならねえなあ……!」


 俺は瑠依の腹の上に乗って、両手も押さえつける。

 そして上から覗き込むように彼女に顔を近づけた。


「……お、おしおきって、何するの?」


「お前な、小学生じゃないんだ。それくらいの知識はあるだろう。というか、男の部屋に入ってきたら、実際何をされても文句は言えないんだぞ?」


 へっへっへ、とわざとイヤらしい笑みを浮かべる。

 もちろん演技である。これで「嫌ーッ、エッチ痴漢変態!」てなもんで、とっとと出ていってくれれば御の字だ。


 さあ、さっさと悲鳴を上げろ。

 そして早く逃げ出してしまえ。


 だが瑠依は――何故かクタぁっと全身の力を抜いた。

 サッと逸した顔が首筋まで真っ赤になっている。


 そして時折チラっと視線を向けてくる。

 彼女の瞳はウルウルになっていた。


(あっれ〜?)


 なんか思ってたのと違う。

 というか瑠依(こいつ)大丈夫か?

 男に強引に押し倒されて悲鳴も上げないって、ちょっと危機意識足りないんじゃないだろうか。


「し、しないの、おしおき……?」


「い、いや、これ以上悪さをしないというのなら何もしないぞ?」


「じゃあする」


 ――なんでだよ!?

 もうこいつが何を考えているのか全然わからん!


「おま、もう酷いことするぞ。キスとか無理やりしちまうぞ!?」


「キ、キキキ、キス!? す、すすす、すればぁ?」


 押し倒したはずの俺が、何故か今精神的にマウントを取られている!?

 何だよこいつ、自分が何言ってるのかわかってるのか?


 どうする。どうしたらいい?

 俺は自分の部屋からこいつを追い出したいだけなのに、どうしてこんなことになってるんだ……?


 一旦ここは離れて――いや、またダンボールを開けようとするかも。

 じゃあこのまま最後まで――最後までってなんだよ!?


 俺が内心で葛藤をしていると、ジーっと、瑠依が見上げてきていた。

 赤い虹彩が散った瞳で、分厚い眼鏡越しに俺を見つめてきている。


「タケオくんって、やっぱり綺麗……だよね?」


 ドキっとした。

 こいつ、やっぱり俺の正体に気付いて――


「ひッ――!?」


「なッ――!?」


 瑠依と俺は悲鳴を上げた。

 突如として生まれた殺気による脊髄反射だった。

 殺気の主はドア――僅かな隙間から俺たちを覗き込んでいた。


「何を、なさって、いるのです、か………………?」


 キィィィっと嫌な音をさせながらドアが開き、殺気の主――愛理が姿を表す。

 その全身から陽炎のように立ち上るのは、御堂家の子女にのみ操ることができるという稀有なる霊力か。


「ななな、何って、なあ、これはちょっとした事故で――」


「そそそ、そうだよ、嫌だなあ愛理ちゃんってば、誤解だよう!」


 俺と瑠依は全力で話を合わせた。

 愛理の逆鱗に触れれば命はない。

 俺たちの心は今完璧にシンクロしていた。


「あらまあ、これはこれは……」


「アリスさん!?」


 愛理の後ろから現れたのはなんとアリスさんだった。

 いつものメイド姿だが、今日は織人は連れていないようである。

 俺はハッとし、急ぎ瑠依の上から飛び退いた。


「違うんですアリスさん、これは不幸な事故というやつで――」


「タケオくんに押し倒されました」


「おい!」


 裏切られた!?

 愛理に対しては発揮されていた俺たちのシンクロはアリスさんの登場でズタボロになっていた。


「お兄様、あなたというヒトは――」


「いや、違っ――ぐぬぬッ……」


 再び殺意の波動を愛理が放つ。

 だが理由を話せばダンボールのことにも触れなければいけなくなる。

 やぶ蛇になる可能性を考えると、俺は押し黙るしかなかった。


「ふーんだ、アリスさんが来た途端慌てちゃって。タケオくんのバーカ」


 俺に全ての罪をなすりつけた瑠依はわけのわからないことを口にしている。

 この野郎、あとで覚えとけよ。本当におしおきしてやるからな。


「タケオさん、この度は荘厳荘の管理人就任おめでとうございます」


「あ、これはどうも、ご丁寧に」


 俺は左右から愛理と瑠依に睨まれ、針のむしろになりながら、アリスさんに頭を下げる。


「本日はタケオさんに、荘厳荘の新しい住人をご紹介いたします」


「え?」


 アリスさんが廊下に向かってどうぞ、と言うと、二人の人物が入室してくる。

 俺はその二人の姿を見て唖然としてしまった。


「何、こんな冴えないのが私たちの……?」


「そうだよ、私たちの兄さんだよ」


 一人は金髪。

 まるでそれ自体が光を放っているかのように美しく、瞳の色はまるで翡翠の宝玉。

 星々の光を閉じ込めたようにキラキラと輝いており、肌が透けるように白かった。


 もう一人はなんと銀髪。

 一本一本が艶と光沢を放ち、蛍光灯の灯りですらさらさらと様相を変える。

 瞳の色は月の光を閉じ込めたような琥珀色で、肌はなめらかな褐色をしていた。


 これは――すごい。

 ビューティーカンパニーの四代目として、世界中のモデルのデータベースが俺の頭の中には入っている。


 それらと比較をしてみてもまるで相手にならない。

 恐らく今地球で一位と二位――いや、タイプが違うだけでどちらも頂点に立つと思われる美少女たちが目の前に立っていた。


「こちら、アレスティア・エンペドクレス様、そちらがエウローラ・エンペドクレス様。いずれも魔法世界(マクマティカ)の魔王、龍神ことタケル・エンペドクレス様のご息女であり、タケオさんの異母妹(いぼまい)にあたります」


 生まれて始めて会う、正真正銘血の繋がった、異世界の妹たちだった。

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