第21話 シェアハウスの管理人篇⑤ 無自覚のクリティカル
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「うわあ、いろんなお店が並んでるねえ」
時刻は日曜の昼を過ぎたくらい。
それなのに商店街のアーケードは閑散としていた。
買い物はしやすいはしやすいが、どこか寂しい気持ちになってしまう。
だがそんな中、一際優雅で大人な雰囲気を醸し出す店が一軒……。
「あ、あれってタケオくんの、だよね?」
「うん? う――!?」
俺はうめき声を上げた。
瑠依が興味を持ったのはカーネーションブランドのコスメを扱うアンテナショップだった。
ごくごく省スペースに、春に発売したばかりの新作コスメだけがずらりと並べられている。だが俺が顔を引きつらせたのはそんなものではない。軒先に置かれたモニターには、ついこの間の四代目就任の演説――つまりは女装した俺の動画がリピート再生されまくっていたからだ。
「うわあ、やっぱりどれも高そうだねえ」
瑠依はトトトっと、俺のそばを離れて一人で勝手に店を覗き始める。
品のいい店員が「いらっしゃいませ」とにこやかに声をかけていた。
「る、瑠依、こ、ここは高い店だから、お、お前には合わないんじゃないか」
「あ、そっか。そうだよね……」
我に返った瑠依がスッと身を引く。
だが――
「そんなことありませんよお客様」
何故か店員が引き止めにかかった。
俺は内心で「おおいっ!」とツッコミを入れた。
「こちら店頭に並んでおりますのは主にシニアのお客様に使っていただく商品にはなっておりますけど、ちゃんとジュニア用のブランドもございまして、こちらカタログなど……」
「わ、本当だ、思ったより全然安いかも……!」
よりにもよってこのタイミングでセールストークを始めやがって。
店員、お前顔と名前覚えたぞ、会長権限で左遷してやるぞこら!
「うわあ、今気づいたけど、このヒト超綺麗……!」
「お目が高いお客様!」
俺は内心で絶叫した。
ついに瑠依が俺(女装)の動画に気づきやがったからだ。
「素敵。堂々としてて、かっこよくて、なんだか光り輝いてる。このヒトは一体……?」
「ふふふ、まだご存じないのも無理はありません。こちら我らがカーネーショングループの四代目会長、カーミラ様なのです。三代目カーミラ様の娘で、まだ十代の若さでありながら、カーネーションブランドの象徴となるべく、お母様の後をお継ぎになった才女様なのです!」
「へええ、すごーい…………あれ、でも、確かタケオくんのお母さんの子供ってタケオくんだけ――」
「どどど、どうもー! とりあえずパンフだけ頂いて帰りますねー、俺ら買い物がありますのでー!」
俺は色々突っ込まれる前に瑠依の手を引いた。
「はわわっ!?」などと変な悲鳴が聞こえたが今は無視だ。
「またどうぞ、お越しくださいませ」
スッと、例え相手が中学生であっても、折り目正しく完璧なお辞儀をしている。
店員としては優秀なのかもしれないけど、強烈なオウンゴールだったぞ。
「ねえねえタケオくん、タケオくんの兄妹とかって――」
うおお、不味い。さすがの瑠依も気づき始めた。
なんとか誤魔化さないと。何か、何かないか――
「こ、小腹が空いたな。あれ、あそこでコロッケ売ってるぞ。奢ってやるから食おうぜ!」
「え、コロッケ? わー、美味しそう、食べたい食べたい!」
ほっ……。
色気よりまだまだ食い気か。
た、助かった……。
「すみませーん」
瑠依はまたしても先んじてコロッケ――肉屋へと突撃した。
もしかして腹が減っていたのだろうか。
タケオの家にいたときは、そりゃあ食事の世話は俺が監督していた。
俺も作って食わせたし、アリスさんが作ってくれるときもあった。
こいつ、一人暮らしを始めてからちゃんと飯食ってるんだろうか。
容姿は変わったが、これからそれを維持していくのが大変なんだぞ。
昔の貧乏性のまま、栄養面を考えないテキトーな食事なんかしていたら、あっという間に筋肉は分解されて、元のやせ細った身体に逆戻りだ。
何の縁かは知らないが、また同じ屋根の下で暮らすというのなら、その辺を気をつけて見てやるべき……いっそまた俺が飯を作ってやればいいのではないだろうか。
いやいや。もうこいつに対する責任は果たしたはずだ。なんでまた俺がこいつの飯を作らなければならないのか……。
「えっと、コロッケを二つ――」
「へい、らっしゃ――えッ!? ちょ、お嬢さん、え、この辺の子、じゃないよね……!?」
「ふえ? え?」
うん? なんだ?
恰幅のいい肉屋の店主が瑠依の顔を見て固まっている。
現在の瑠依は豊葦原の制服姿で、頭の上からキャスケット帽を被っている。
猫耳はすっぽりと隠れているから、特に異世界人だとバレたりするはずがないのだが……。
「あ、あの、どうかしましたか……?」
「いや、ごめんなさい、ちょっと知り合いに似ていたものですから……」
「はあ……」
瑠依はキョトンとしているだけだが、店主の方はギョロギョロと目玉を動かし、瑠依の全身を舐め回すように見ている。しかもなんか「はあはあ、まさか、いや赤毛だし……」などと息が荒くなってる。なんだこの野郎……!
「あ、あの、キミもしかしてなんだけど、その帽子の中身って――」
「コロッケ二つ。一個ずつ包み紙に入れて」
俺はバン、とカウンターの上に100円玉を二枚置く。
そして分厚い眼鏡越しでも伝わるようにジロっと睨みつけてやった。
「す、すみません。少々お待ちを……」
後ろの方から「タケオくん?」と不思議そうな声がかけられるが、今は無視する。
店主の視線から守るように、俺は瑠依を背中にかばい続けた。
「おまたせしました。まいどあり……」
「どうも」
「あ、ありがとうございます」
受け取ったコロッケの包みの一つを瑠依に渡し、店を離れる際にもサササっと全身でガードする。
まったく。この商店街はどうなってるんだ。
瑠依はまだ中学生だぞ。中学生相手にあんなおっさんがナンパだなんて。
大人としての倫理観はどうなってるんだ。
「ね、ねえ、タケオくん、今なんか変だったような……私、何かされてた?」
「いや、別に……」
普段はボケボケっとしているのに、やっぱり女の子か。
こういうところは鋭い。少し自覚させておく必要があるか。
「いいか、お前は可愛いから、男に声をかけられても、ホイホイついて行ったりしちゃダメだぞ」
「う、うん、わかっ………………ふえ?」
まったく。こんなのは管理人の仕事じゃないと思うんだけどな。
だが瑠依の見た目をこんな風にしてしまった責任は俺にある。
それで悪い男が寄ってくるというなら、俺が守ってやるのが筋ってもんだろう。
「おい、どうした、コロッケ落とすぞ……?」
振り返った瑠依は口をポカンと開けて、腕をダラリと下げ、その場に立ち尽くしていた。俺が首を傾げながらジッと見つめると、「ボッ!」っと音が出るほど急激に顔を赤くする。
「お、おい、どうした、大丈夫か!? 即効性の風邪でも引いたか!?」
「ちちち、違、だだだ、大丈夫だからららら!」
全然大丈夫じゃねえ。ろれつが回ってないだろう。
ヒトがせっかく心配してやってるのに、瑠依は「す、少し離れて歩いて!」などと言って俯いてしまった。
その後は瑠依のリクエストで本屋に寄ったり、部屋のカーテンや、瑠依の私服を数点、さらに新しいベッドシーツや掛け布団も買って帰った。
瑠依は異世界難民認定されたので、毎月の生活費もキチンと政府から振り込まれている。まあ途中で買食いした代金などは全部俺が払ったが。それくらい奢るのは男の務めというものだろう。うむ。




