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第20話 シェアハウスの管理人篇④ 向かいの部屋のネコ娘

 *



「ううう、えぐ、えぐ……!」


「お前な、何にもないところでずっこけるなよ」


 まったくもって獣人種にあるまじき運動音痴である。

 瑠依は頭の天辺に大きなたんこぶをこさえていた。


 俺はダイニングテーブルの上に、荘厳荘備え付けの救急箱を開封し、打ち身の薬を塗ってやっている。患部に指先で触れると「ひぃぃ!」と飛び上がるので、「大人しくしてろ」と叱りつけたりした。


 まったく。この瑠依は運動能力はそこそこあるのだ。最初はたった400メートルのランニングでも音を上げていたのに、今では5キロのランニングも平気になった。たった一ヶ月で目覚ましい向上だと言えるだろう。


 だがたまにこうしてなんにもないところで転んだりするし、俺と話していると突然挙動不審になったりする。


 本当に何なんだろうなこいつは。

 まさか俺嫌われてないよな。

 流石にそれはショックなんだが……。


「ほら、終わったぞ。明日になれば痛みも引くだろ」


「ほ、本当……?」


 涙目になった瑠依がシュンっと猫耳をしょげさせる。

 まあ大丈夫だとは思うが、箇所が箇所だし、少しでも異常があったら病院に連れて行こう。


「ねえタケオくん、あれやって」


「あ? あれってなんだよ……?」


 風呂上がりの瑠依は学校の制服姿だった。

 なんで家の中で制服なのか聞いてみたら、それ以外まともな服がないそうだ。


 学校の体操着でも着れてばいいのに、でもそれはなんだか恥ずかしいんだと。

 よくわからん……。今も「あれやって」とか訳のわからんことを要求してくるし。


「ほ、ほら、あれだよあれ、痛みが消えるおまじない的なやつ。痛いの痛いのって……」


「なんで俺がそんなことしなきゃならんのだ」


「…………」


 涙目だった瑠依は、今度はブッスーっとした不貞腐れ顔になり、ジトーっと俺を睨みつけてくる。


 俺は溜め息を一つ、それを無視すると、救急箱を棚に戻し、改めてシャアハウス荘厳荘の内装――俺たちが今いるリビングを見渡す。


 一階はキッチン、風呂場、そしてオーナーの部屋があり、二階は各自の個室になっている。


 一階のオーナーの部屋以外は好きに使っていいと言われており、俺達の生活の拠点となるのがここ、正面玄関から入ってすぐ左側にあるリビングになる。


 結構広い。全体で仕切りがない作りになっており、手前のリビング、中間のダイニングスペース、そして奥のシステムキッチンと、家族の団らんが見渡せる実にいいリビングだった。


 どうやらベゴニアが俺に送ってきた写真は二年前に増改築する前の写真だったようだ。もともとは本当にただのアパートだったが、住人同士が家族のように暮らせるようにとリノベーションをして現在の姿になったらしい。


「タケオくんって結構鈍感なところあるよね……」


「はあ? 俺のどこが鈍感なんだよ。俺ほど鋭敏で先鋭的な男はいないぜ」


「自分のことはよく見えないんだねえ」


 俺は胸を張って答えるものの、瑠依は疑いの目を止めなかった。

 この野郎。自信をつけた代わりに生意気になりやがって……。


 瑠依は結局、叔母さんの家から出ることを決意したようだ。

 まあ、確かにそれが許されるのならそうした方がいいだろう。


 書類上は叔母さん……とは言っているが、実際瑠依はお祖母さんの養子ということになっているので、正確にはお祖母さんの次女という扱いであり、叔母さんの妹に当たる。


 異世界難民であることが正式に認められた瑠依は、今後成人するまでの間、日本政府から毎月生活援助を受けることができる。


 さらに、瑠依の担当になってくれた偉い役人さんが、ここで暮らすことを勧めてくれたのだという。


「それにしてもびっくりしちゃった。このシェアハウスは女性しか住めないって聞いてたけど、まさかタケオくんが管理人さんとしてやってくるだなんて」


「ああ、オーナーの親御さんとうちの母親――育ての母親が知り合いらしくてな。俺もビックリだ」


 せっかく念願の一人暮らしができると思ったのに……という言葉は飲み込んでおく。見ず知らずの誰かと暮らすより、知り合いである瑠依のほうがなんぼかマシというものだ。


 瑠依は本日、住み込みの管理人がくるとだけ聞いていたようだ。

 その管理人も女性だと勝手に思い込んでいたため、シャワー途中でバスタオルだけ巻いて出てきたと。


「お前な、相手が俺じゃなかったらとんでもないことになってたぞ」


「でもタケオくんだったからよかったよ」


 まったく。脳天気なやつだな。

 多少見栄えはよくなったが、女性としての心構えや警戒心はまだまだか。

 うん……? 俺だとなんでよかったことになるんだ?


「タケオくんの荷物はお部屋に運び込まれてるよ」


「おう、それじゃあ荷解き始めるか」


 どっこいしょっと立ち上がり、リビングを出る。

 リビングを出た正面がオーナーの部屋で基本的に立入禁止だ。

 ただ、管理人である俺は週に一度の掃除だけ義務付けられている。


 そしてオーナーの部屋の隣が物置部屋になっていて、今は使われていない。今後も使うことはないだろう。その隣が簡易洗面所。


 顔を洗ったり歯を磨いたり、用を足したりする用の洗面所だ。

 これと同じものが二階にもついており、さらには風呂場にも洗面所があるため、朝の忙しい時間に渋滞せず済むだろう。


 そして簡易洗面所の隣には、二階へと続く階段がある。トントントンと上っていけば、正面に再び簡易洗面所の扉、そして左右にズラーっと個室が並んでいる。


 部屋は全部で六部屋。北と南、東側と西側に分かれていて、それぞれに必ず窓がついている。間取りは8,8帖。ベッドと机、本棚などを置けば手狭になってしまうだろう。だが、それがいい。


「私にとっては広くて快適なシェアハウスだけど、タケオくんにとってはすっごく狭いでしょ?」


 瑠依は言う。先程のリビングも、タケオくんの家の半分以下しか無かったと。

 お風呂……だけは何故か謎のこだわりで超広いけど、個室は至って普通。

 タケオくんはどうしてあのお家を出てきたの? と。


「広けりゃなんでもいいってわけじゃない。掃除は大変だし、自分の部屋から玄関を出て、門まで行くのにいつも五分くらいかかりやがる。お客さんには広くていい家なのかもしれないが、ずっと住んでいると不満ばっかり出てくるのさ」


「そんなもんなのかな」


「そんなもんさ」


 俺の部屋は南側の東向きと一番いい部屋だ。うん、管理人特権というやつだな。


「えへへ、お向かいさんだね、私の部屋と」


「ああ、お前はそっちか」


 南側の西向き。そこが瑠依の部屋だった。


「わ、私の部屋、見る……?」


「いや、さすがに…………やっぱり少し見せてくれるか?」


「うん!」


 瑠依はニコニコと嬉しそうだった。

 俺は最初女の子の部屋を見る趣味はない……と言いそうになったが、思い直して見せてみもらうことにする。


「じゃーん、ここが私のお部屋でーす!」


 ガチャっと扉が開かれて、廊下から中をチラ見してみれば案の定。

 部屋の中には何にも無かった。


 どうやら家具は備え付けらしいが、机とベッド以外になにもない。

 フローリングの床の上には瑠依のものだろう学校の鞄ともう一つ、着替えなどが入っていると思われるボストンバッグが一つだけだ。


 いや、唯一の私物があった。

 それは――


「お前な、ハンガー掛けにウィッグをぶら下げておくなよ……」


 恐らくもう使うことはないと思われる、瑠依がもともと使っていたウィッグである。それが無造作にハンガーラックに掛けられていた。一瞬黒猫の死体でもぶら下がってるのかと思ったぞ。


「だって、これはお祖母ちゃんの形見だもん。捨てられないよ」


 その気持もまあ分かる。

 しょうがないな。あとで防腐処理を施して保管する方法を教えてやろう。

 いや、それにしても……。


「……瑠依、後で買い物行くか。近くの商店街にさ」


「えッ!? タ、タケオくんと私で!?」


「ああ、カーテンくらい買わないとシンドいだろ」


「どうして? 私カーテンなんて無くても平気だよ?」


 瑠依の部屋は俺の部屋と同じく窓が二つ付いている。

 女の子が生活する部屋が外から丸見えなんて絶対ダメだろう。


「いいから。あとスリッパとか、生活に必要なもの買いに行くぞ」


「う、うん……えへへ、タケオくん、ありがとう!」


 何を勘違いしているのか知らないが、瑠依は顔を赤くして、めちゃくちゃ嬉しそうに頷くのだった。

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