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第19話 シェアハウスの管理人篇③ 伝説、その始まりの場所

 *



 東京都北区十王寺町。

 そこは日本における東の異世界玄関口。


 異世界――通称『マクマティカ』との交流が開かれて約二年、決して少なくない異世界人がこの街には住んではいる――が、一時期よりも街は活気を失っているようだ。


 二年前、俺がテレビやネットで見たのは、連日連夜、まるでお祭り騒ぎのように人々で溢れかえる駅前、そして商店街アーケードだった。


 でも今は駅前も、そして商店街も閑散としている。

 これが本来の姿だと言われればそれまでの話なのだが……。


「…………夢の跡か」


 少し裏路地に入ったところで、色あせた一枚のポスターが目に入った。

 そこに写っているのは、猫耳や銀色の髪、さらにはエルフ耳の美しい女性たち。


 交流大使と呼ばれる異世界の代表者たちがこの十王寺町に住み、地域密着の様々なイベントに参加していた異世界交流促進事業……。


 一時は日本のトップアイドルたちよりも人気があった交流大使の少女たちだったが、ある日突然の引退。その後の十王寺町の集落っぷりは目を覆うほどであった。


「ただまあ、あんまり騒がしいのは好きじゃないから、こっちとしてはありがたいけどな……」


 交流大使がいることでの集客力を期待していた商店街には悪いが、周りに住んでいる住人としては、あまりにもヒトが多すぎるのも考えものだろう。


 アーケードを抜けると交差点が見えてきて、右に行けばお寺、左に行けば大通りにぶち当たる。そこを直進し、うどん屋さんの前で路地を右に曲がる。


 たくさんのアパートやマンションが並ぶ通りの一番奥が今日から俺が住む――


「ここが荘厳荘……」


 地球と異世界との交流が始まった場所。

 異世界交流が異世界人と地球人との同居生活から始まった事実は、一部の者たちにとっては有名な話である。


 今から二年前、まだ異世界の存在など公にされていなかった頃、たった一人の青年の元に、後に交流大使となる美しい異世界の少女たちが預けられた。


 少女たちは青年への貢物、嫁として与えられた『お礼品』だった。


『第七特殊地域、特別振興納税制度』。それは、地球から直接異世界へとふるさと納税を行う特別な制度。その被験者に選ばれた青年は、自らが偶然手にした大金を、知らずしらずのうちに異世界へと寄付した。


 その寄付のお陰で少女たちの家族、あるいは地域、国は様々な危機を脱することができた。だが、あまりにも困窮していたがために返せるお礼品がない。


 故に選ばれたのが少女たちだった。

 いずれも各種族を代表するほど美しい容姿をしていた少女たちは、返礼品として自ら地球へと渡ることを決意。


 青年の嫁となるべく、共同生活を始めたその最初の場所がここ、荘厳荘というアパートだったのだ。


「いや、でもアパートどころか――」


 俺の目の前には2階建ての大きな一戸建て住宅があった。

 立派だ。とても立派である。荘厳というにはいささか近代的な建物ではあるが、ここに住むとなればまあ文句はない。


「なんだよベゴニアのやつ、全然違う写真送りやがって……」


 メール添付されていた画像に写っていたのは如何にもな平屋のアパートであり、こんなに立派な建物などではなかった。ベゴニアでも間違うんだな。こういうのキッチリしてそうなのに。


「まあいい、荷物は届いているのかな?」


 ピンポーンととりあえずインターフォンを押す。

 シーン、と応答はない。


 まあ当然か。シェアハウスとはいえ、他人同士が住むのだから、不干渉な対応が正解だろう。もしくはまだ、誰も住人はいないのかもしれない。さっさと入ろう――


「うん? 開いてる?」


 マスターキーを差し込んでみれば、玄関扉が開いている。

 キィっと扉を開けば、靴が一足置いてあった。

 まさか誰かいるのか……?


「はいはーい、今行きますよー――って、キャッ!?」


 最初に目に入ったのは真っ白な太もも。

 次に鮮やかな赤い濡れ髪。

 頭頂部には大きな猫耳と。


「きゃー、ちかーん!」


「バカッ、違う!」


 突然大声を出した女の子――バスタオル一枚巻いただけ――が、ペタンとその場にしゃがみ込む。


 自身の肩を抱き、固く目をつぶってフルフルと本気で震えている。

 俺は「はあ」と溜め息を一つ、上着を脱いで頭から被せてやった。


「え――この匂い――タケオくんッ!?」


「うおおッ!?」


 いきなり跳ね起きた女の子――瑠依は、俺にヘッドバッドをするような勢いで急接近する。キラキラとした瞳――赤い虹彩が散る美しい瞳が俺を捉えると、ぱああっと、モノのたとえではなく、本当に目が輝いた。


「どどど、どうしてこんなところにタケオくんがいるの!? え、ヤダ、嘘、私月曜日になったらタケオくんに新しい住所教えようと思ってたのに、もしかして私のことが心配で――」


「ストップ、待て、一旦落ち着け、ハウス!」


「え、はい」


 瑠依はキョトン、としながら、トレーニング指導のときの癖そのまんまで急に大人しくなる。あ、あぶねーな、お前今自分がどんな格好してるのか忘れてるだろ。


「まずは服を着ろ。というかいくらピンポンされたからって女の子がそんな格好でホイホイ出てくるんじゃない!」


 俺は極力瑠依の方を見ないように、明後日の方を見ながら叱りつける。

 だが、シーンと、まったく反応がない。


 なんだ、まさかこいつ立ったまま寝てんじゃないだろうな、と思い、チラっと見てみる。


 するとどうしたことだろう、瑠依は目を見開いて、口も半開きになり、ものすごく驚いた顔をしていた。なんだ、どうしたんだ……?


「タ、タケオくん……え、もしかして私のこと、ちゃんと女の子として見てくれてるの……?」


「はあ?」


 何を言ってるんだこいつは。

 もしかして俺がお前のことペット扱いしてるとでも思ってたんじゃないだろうな。


「そんなの当たり前だろ。というか屋上で初めて会ったときからそう思ってたわ」


「――ッ!?」


 猫のような瞳を限界まで見開く瑠依。

 そして胸元から頭の天辺までがサッと朱色に染まる。


「お、おい、大丈夫か――」


「ご、ごめんなさい、着替えてくるね!」


 ドダドダと、家の奥へと走り去っていく瑠依。

 なんなんだあいつは……などと思っていると、ガシャーンと盛大にずっこける音がした。


「ブニャーッッ!」


 踏んづけられたドラ猫みたいな悲鳴が聞こえてきたが、俺はもう無視することにした。

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