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第17話 シェアハウスの管理人篇① 四代目襲名

第一章の開始です!

 その日、世界が彼女の声を聞いた。


「皆さん、初めまして。私がこのたび、カーネーショングループの四代目会長に就任いたしました、カーミラ・カーネーションです」


 カーネーション。それは女性の憧れ。

 カーネーション。それは女性の誉れ。

 カーネーション。それは女性の象徴。


 カーネーショングループとは、日本発祥のビューティーカンパニーであり、国内外関連会社合わせて302社、連結営業売上高は3兆円にも上る多国籍企業である。


 元々は上野のアメ横に薬局を開いたのが始まりであり、スキンケア、メイクアップ、フレグランスなどの化粧品を中心とした事業展開を行いながら、ファッションブランド、装飾品、さらにレストラン事業や教育分野にまで幅広く手をのばす会社である。


 その頂点に立つカーネーショングループ・グローバル本社会長は、代々創業者一族の長女が就任することが決まっており、代々初代会長である「カーミラ」を名乗ることが慣例となっている。


「私は誓います。母の意思を継ぎ、世のすべての女性たちに美を届ける役割を全うすることを――」


 北欧の血を引く初代カーミラ会長は、戦後日本の闇市から、裸一貫でのし上がった生粋の商人であり、フロンティア精神に溢れた人物だった。


 代々会長に就任する娘たちもまた、その精神を受け継いでいるのはもちろんのこと、カーネーションの顔ともいうべき美貌が求められてきた。


「そのために皆さん、どうか私に力を貸してください。あなた方一人ひとりの力が、カーネーションには必要なのです」


 十年前、三代目カーミラ会長が突然の引退をしてしまい、長らく会長職は不在で、日本本社社長が代理を行ってきた。


 だが今日この日、成長した三代目カーミラの娘が、四代目カーミラとして会長を襲名することとなった。


 この中継は可能な限り全世界の支社――日本はもちろん、米州、欧州、中国、アジアパシフィック、そしてトラベルリテール各店舗。


 カーネーションの名のもとに、社員、研究者はもちろん、カーネーションブランドと顧客とを繋ぐ店員――キャストたちにも全て中継されている。


 彼ら彼女らは、食い入るように四代目会長の演説に耳を傾けていた。


「あなた方の心の中にもカーネーションの花言葉であり、大いなる理念でもある『無垢なる愛』があることを、私は信じております。共に未来を切り開いて歩んで参りましょう――」


 演説はクライマックスを迎えていた。

 四代目カーミラが結びの言葉を終えると、誰からともなく拍手が起こった。

 世界中のカーネーションに名を連ねる者たちが万雷の拍手を送っていた。


 カーネーションの未来は盤石である。

 翌日の新聞、テレビ、ネット記事にはそのような見出しが飛んだ。


 何故なら若く美しい女神を取り戻したから、と恥ずかしげもなく書かれていた。

 人々はカーネーションの女神とやらに興味を持ち、こぞって就任演説の映像を動画サイトで見た。女神の名前に偽りは無し、と誰もが納得せざるを得なかった。


 桃色がかかったゴールドブロンドのロングヘア。

 肌はシミひとつ無い白さであり、均整の取れたプロポーションはユニバースクラスのスーパーモデルを彷彿とさせる。


 切れ長の美しい眼に長いまつげ、スッと鼻梁の通った高い鼻と、魅惑の唇。

 男性はもちろん女性ですら見惚れてしまうほどの美貌の持ち主。


 ああ、安泰だ。

 それどころかカーネーションはますます繁栄していくことだろう。

 四代目カーミラの姿を見て誰もがそう確信していた。



 *



「はあ、やってらんねえ……」


 もしもこのとき、カメラの中継が繋がったままだったら。

 もしもこのとき、事情を知らぬ第三者がいたら。


 きっと自分の目と耳を疑ったことだろう。

 聡明で美しく、そしてどこか儚さも醸し出していたカーネーションの女神。


 紛うことなき四代目会長カーミラから、そのような男勝りの野太い声が聞こえてきたのだから。


「ちくしょう、何が悲しくてこんな格好――」


 バッと、ウィッグが取られる。

 中から出てきたのは――またゴールドブロンドだった。


 ウィッグと同じゴールドブロンド。

 それもそのはず、このカツラは、()の髪を利用して作られた長髪なのだ。


「俺はこんな、社員だけじゃなく、世間様まで欺いて……!」


 どこからどう見ても女顔。

 だがその正体は男――少年である。

 もっと言うなら彼の名前はタケオ・カーネーション・フォマルハウト。


 普段ボサボサの黒髪に分厚い眼鏡をかけているのが常の彼は、実はウィッグを取れば、母親譲りの女顔と切れ長の目、さらには淡桃のゴールドブロンドをショートヘアにした容姿をしている。


 彼は今、十万人からの社員と、全世界を騙したことへの罪悪感に引っ潰れそうになっていた。だがそれは仕方のないことだった。


 カーネーションの社員たちのためにも、カーミラの一人息子である自分が象徴となり、客寄せパンダにならなければならない。そのための女装。そのためのに続けてきたトレーニングと節制だった。


「失礼します! カーミラ会長、演説お疲れさまでした、お茶をお持ちしま――」


 しまった。今のタケオはウィッグを外している。

 こんな姿を見られたら男とバレ――


「か、会長、ショートカットもお似合いです!」


 秘書の女性は素のタケオの姿を見ても全く動じることなく、むしろ自分だけが会長の本当の髪型を見ることができて感激した様子だった。


「ちくしょう……ちくしょう……!」


 淹れたての紅茶は泥のような味がしたのだった。

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