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第14話 迷い猫をプロデュース⑭ 迷い猫のデビュー!

 *



 豊葦原学院。

 小・中・高と一貫制を取るマンモス校である。


 同じ学区内にそれぞれの校舎があり、全体集会を行う場合は、高等部の大講堂に集まることが多い。


 地域交流や海外交流、部活動も盛んで、全国大会常連がいくつも存在する。

 本日はもうすぐホームルームを控える時間とあって、生徒たちの波は途絶えない。


 そんな中、一つの事件が巻き起こった。


「お、おい、あれ……」


「あ、なんだよ――えっ!?」


「おは――は?」


「昨日ユーチューブ――でっ!?」


 朝の何気ない登校風景。

 生徒たちは誰もが目を丸くして足を止める。


 いつもの通学路に、突如として奇跡の美少女が舞い降りた。

 鮮やかな赤色の髪に、キラキラと輝く同色の瞳。口元にはうっすらと笑みを浮かべながら、他の生徒たちと同じ中等部の校舎を目指し、優雅に歩いている。


 ――あれは誰だ、あんな子、学校にいたか?


 同じ制服を着ているのに、自分たちとは何もかもが違う。

 脚の長さ? 腰の高さ?


 違う。スタイルの良さはもちろんだが、何よりも姿勢の良さが際立っており、それがまるで猫のようなしなやかな足取りで歩いている。


 そう、猫。

 その美少女は猫耳(・・)だった。

 赤毛の猫耳美少女だった。


 頭の上には鮮やかな赤い髪よりも若干薄い体毛に覆われた大きな猫の耳が鎮座している。


 髪はウィッグなどではない。

 猫耳はカチューシャなどではない。


 すべてが本物だ。

 何故なら生徒たちには心当たりがあった。


 地球ではない別の世界。

 つまり異世界においては、獣人種という獣の特徴を持った種族がいること。それは、あまりにも有名な話だったからだ。



 *



「あーあ、退屈だー」


「早く放課後になんないかなー」


「あー、今日カラオケ行くー?」


 とある教室。

 始業までの僅かな時間。

 三人の少女たちがだらけきった声を上げていた。


 彼女たちは瑠依をイジメていた少女たちであり、瑠依の鞄に落書きを施した翌日、担任教師から瑠依がしばらくの間休学することを知らされ、「えー、うそー」「何かあったんですかー」「心配ですー」と内心ヒヤヒヤしていた。


 だがどうやら自分たちがしていたことをチクられたわけではないとわかり、その日の放課後には「むしろせいせいしたんじゃね?」「臭いのとおさらばできてよかったわー」「カラオケ行く?」などと話していた。


「なんか面白いことないかなー」


「あーあ、また宇宙人攻めてこねーかなー」


「カラオケ……」


 結局少女たちは暇なのだ。

 担任教師から面倒を押し付けられたとはいえ、瑠依をイジメていたのも退屈しのぎの一環にすぎない。


 退屈を解消できれば、世界が16年前に被った大災害がもう一度起こってもいい。それくらいの軽い心持ちでいるのだった。


「ん? なんかうるさくね?」


「そういや廊下の方がザワザワ言ってるな」


「なんかあった?」


 三人の少女たちがいる教室に遠くの方から喧騒が届く。

 それはさざ波のように、やがて大きなものとなっていく。


「ななな、なんだ!? 今日避難訓練とかあったっけ!?」


「わ、わかんない、なんにもなかったはずだけど――」


「ちょ、これ見て!」


 少女が見せたのは自分のスマホ。

 そこにはSNSのタイムラインが開かれており、学校関係者の投稿が表示されている。


 そこには中等部の制服を着たとんでもない美少女が現れた、という情報と共に、遠巻きに撮影された写真もたくさん投稿されていた。


「え、ありえなくない! 何この子!」


「マジすご! しかも猫耳!?」


「ま、まさか異世界の、魔法世界(マクマティカ)から来た――」


 ガラっと、勢いよく教室の扉が開かれる。

 現れたのは、今閃光のごとく校内を駆け巡っている噂の美少女だった。


 しーん、と教室内が静寂に包まれる。

 美少女は大きな瞳で教室中を見渡し――隅っこで呆然としている三人の少女に目を留めると、ツカツカっと、迷いのない足取りで近づいてくる。


「おはよう」


 ニコっと笑顔の花が咲いた。

 とても魅力的な笑顔だった。

 教室中――どころか廊下の方まで「おお〜」っとざわめきが起こった。


「は、はひっ、お、おはひょうございましゅ!」


「ななな、何かごごご、ごようですかっ!?」


「あのあの、えっと、あの……!」


 突然の挨拶に少女たちは大いに慌てた。

 なにせこちらが狼狽えるほどの本物の美少女である。

 しかも猫耳に赤毛という、日本人ではありえない容姿をしている。


 屈託なく笑う口元には、白い八重歯が覗いており、それがまたコケティッシュというか、とても愛らしく魅力的に見えるのだ。


 でも、初対面の私たちに一体なんの用だろう。

 三人の少女が頭の中に疑問符を浮かべていると、赤毛の美少女が自分の鞄を机の上に置いた。


 置いた、と言うよりはドンっと乱暴に乗せた、というのが正しい。

 通学用の紺色のボストンバッグ。その表面にはよく見ないとわからない、黒色のマジックで何か文字が書いてあった。


『ばーか』


『しね』


『ブス』


 と。


「――えっ、えええ〜ッ!?」


「はあ――!?」


「…………え。……うええ!?」


 三人は改めて猫耳の美少女を見上げる。

 そして誰からともなく「嘘でしょ」と放心した声でつぶやいた。


「一ヶ月ぶりだね。私のことなんてもう忘れちゃった?」


「い、いや、その……!」


「わ、忘れた、というか、えっと……!」


「あわわ、あわわわわ……!」


 三人はすべてを理解した。

 落書きを見たときはまさかと思ったが、改めて声を聞いたらわかってしまった。


 黒森瑠依。

 クラスでも浮きまくってた地味系女子。

 ボサボサの黒髪で小汚くて、うっすら変な匂いがしていたクラスメイト。


 それがこんな、ツヤツヤの赤髪に、制服越しにもわかるかっこいいプロポーション。さらに自信に満ち溢れた表情で自分たちを堂々と見下ろしている。


 周囲の生徒たちはざわざわとしながら、瑠依と三人の少女たちのやり取りを見守っている。


 不味い。自分たちが瑠依をイジメていたということがバレたら、今度はこっちがイジメられる。


 いや、イジメていたのは今の瑠依ではなく、汚かった頃の瑠依なのだが、そんな言い訳通じるはずがない。私たちの学校生活終わった――


「ねえ、ここ見て」


「え?」


 瑠依が鞄の一点を指差す。

 そこには『ブス』と書かれていた。

 さああああ、っと三人から血の気が引く。


「ねえ、私ってブスかな?」


 ことさら声を潜め、瑠依はグッと身を乗り出して、三人の顔を覗き込んだ。


「あ、いや……」


「そんなことは……」


「ちが……」


 ブスだなんてとても言えない。

 顔を近づかれただけでいい匂いがした。


 目鼻立ちはとても整っていて、お肌はツヤツヤ。

 瞳は黒い色の中に赤い虹彩が散っていて宝石みたい。

 逆に瑠依の瞳に映る自分たちの醜さと言ったらなかった。


「ち、違います」


「全然、ブスじゃないです」


「ご、ごめんなさい」


「うん、わかった」


 パッと、瑠依は顔を上げ、ニコっと屈託なく笑う。

 三人から言質を引き出しただけで満足とでもいうように、邪気のない笑みだった。


「ほら、ホームルーム始めるぞー」


 そのとき、担任教師が教室に入ってくる。

 そして「お、黒森、来てたのか」と言った。

 ザワっと、今まで一番のどよめきが起こった。


「あー、ホームルームの前に、みんなに伝えておくことがある。実は黒森は異世界人――魔法世界(マクマティカ)のヒトだったそうだ」


「はーい、獣人種赤猫族(せきびょうぞく)でーす!」


 ええええッ! と悲鳴が上がる。

 あの地味な格好をしていた瑠依が美少女だったことにも驚いたが、まさか異世界の住人だったなんて。


「黒森は所謂、『異世界難民』と呼ばれる存在で、みんなも知っているように、16年前の大災害のとき、地球と魔法世界(マクマティカ)との間で住人同士がシャッフルしてしまった事件があった。黒森もその一人だったらしい」


「この一ヶ月間、色々手続きがあって大変だったよー。でも暇は暇だったからイメチェンしてみたの。どう、似合う?」


 瑠依がその場でポーズを取ると何故か拍手が巻き起こった。

「いいぞ!」などと囃し立てたり、「ヒューヒュー!」と口笛を吹くものもいる始末だった。


「本名もね、ルイス・ヴァレリアっていうらしいんだけど、今まで通り黒森瑠依ってことで、ひとつみんなよろしくね!」


 それからはもう、ホームルームなどできる状態ではなかった。

 教室はおろか、廊下で息を潜めていた生徒たちによって、瑠依を取り囲んでの質問大会が始まったからだ。


 瑠依はたくさんの生徒たちに囲まれて、戸惑いながらも全員の質問に答えていく。

 どうやって異世界人だとわかったのか、とか、どうやってそんなに綺麗になれたのか、などなど。


 瑠依は自然と笑い、その笑顔に釣られ、周りの生徒達も全員笑顔になっていた。

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