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第12話 迷い猫をプロデュース⑫ 年上好きと女の友情

 *



 ――タケオさんは世界的大企業、カーネーショングループのご子息様なのです。


 アリスからもたらされた情報に、瑠依はショックを受けていた。

 タケオが超絶お金持ちなのはこの家の大きさからも知っていたが、それでもまさか世界を股にかける大企業の息子だとは思わなかった。


「……世界的大企業、カーネーション」


 アリスの手ほどきにより、風呂上がりの瑠依のお肌はプルプルもちもちになっていた。


 顔だけではなく全身を保湿された彼女は、今まで感じたことのない体中の違和感を覚えていたが、カラカラに乾燥して服の下で身体が擦れていたときとは違い、痒みや痛みはないので我慢していた。


「タケオくん、凄すぎるよう……」


 部屋を出た瑠依はトボトボとダイニングへと向かっていた。

 アリスは食事の準備があるからと言って先に一階に下りていった。

 少ししたら瑠依も来るようにとのことだった。


 キレイになる。少しでも女の子らしくなって、タケオくんにアピールする。

 そう決意した矢先にタケオの家のことを聞いてしまった。


 タケオ・カーネーション・フォマルハウト。

 本来の名前はそういうらしい。


 カーネーションとは瑠依が世間知らずなだけで、とても有名な企業だという。なので普段はカーネーションの名前は伏せて生活しているんだとか。


「だから私のことも助けてくれたのかな……」


 つまり、お金持ちの道楽だったのだろうか。

 瑠依からすれば、なんの打算もなく他人を助けるなどありえない。


 タケオのように生活になんの心配もないほど金銭的に恵まれているなら、遊びの感覚で他人を助けたり、ちょっと汚い可哀想な猫を見つけたら、気まぐれに保護したくもなるのかもしれない。


「ううう……」


 よくない。よくない感情だ。

 フラッと屋上に導かれたときも、瑠依はこのようなメンタルだった。


 陰々滅々(いんいんめつめつ)と、自分で自分を貶めて、勝手に悪い方向へと物事を考え続けてしまう。


 そうして、もう会えないはずの祖母に会いたくなって、つい屋上のフェンスを越えてしまった。タケオが止めてくれなければ瑠依は今生きてはいないだろう。


「うん、こんなことぐらいじゃ挫けない……やってやるぞ!」


 例えお金持ちの道楽であっても、タケオが恩人であることは事実。

 彼によって救われた命。ならば、彼を信じて頑張ってみよう。


「タケオくーん、私お腹空いちゃ――」


「ほぎゃあああああっ!」


 ダイニングがある扉を開けた途端、赤ん坊の泣き声が瑠依を貫いた。

 あまりの元気な声に耳がキーンとする。


「え? えええっ?」


 扉を開けると、そこには、小さな赤ん坊――1歳くらいを腕に抱えるタケオの姿があった。


「おー、よしよし!」と、一生懸命身体を揺らしながら変顔をしつつ、なんとか赤ん坊を泣き止ませようとしている。


「タ、タケオくん、その赤ちゃんは一体……!?」


「あ? 決まってるだろ、アリスさんの子供だよ」


「ア、アリスさんとタケオくんの子供!?」


「なんでだよっ!」


 タケオが瑠依にツッコミを入れると、ビックリした赤ん坊が再び泣き始める。

 タケオは「ああ、ごめんな、よーしよし!」と言ってあやし始めた。


「申し訳ありませんタケオさん。主人に子守などさせてしまって」


 キッチンの方からアリスが顔を覗かせる。

 カウンター越しに見やれば、トントントンと、包丁がまな板を打つ規則正しい音が聞こえてきた。どうやら調理中らしい。


「何言ってるんですか、織人(おりと)は俺の弟も同然です。これくらい当然ですよ!」


「まあ、そう言っていただけると助かります。本当に。子持ちの私を雇ってくださるところなんて、もうここぐらいしか……」


「いいんです、気にしないでください! 家だけは無駄に広いですから、アリスさんが掃除をしてくれるだけで本当に助かってますんで! その間に織人の面倒くらい、俺がいくらでも見ますって!」


「ふぎーっ!」


「ああ、また……大声出して悪かったなあ……!」


 タケオは「よちよちよち」と再び赤ん坊をゆらゆらとし始める。

 その明らかに手慣れた様子を見ながら、瑠依は呆然としていた。


 なんだかタケオくんがいつものタケオくんじゃないみたい。

 いや、タケオが実は優しい男だとは知っていたが、でも照れ隠しなのか、普段はそれを表に出すことはない。


 彼の優しさは丸わかりだけど、素直じゃないと言うか……。

 でも今のタケオは全然違った。


 赤ちゃんの面倒を見ながら、アリスに何かを必死にアピールしているようにすら見える。キッチンの中に入っていかないのは、調理中の彼女を邪魔しないためだろうか。


 とにかく、瑠依は言いしれないモヤモヤとした感情に襲われる。

 正直こんなタケオの姿は知りたくなかった。


「全く見ていられないですね」


「愛理ちゃん」


 ソファにはブッスーとした顔の愛理が、腕を組みながらタケオを方を見ていた。

 眉間にシワを寄せて、口もへの字になっている。リビングの窓を見やれば、そこには全く同じ顔をした瑠依が映っていた。


「相手は人妻だというのに。あんなに一生懸命アピールなんかしちゃって。我が兄ながら情けない。あー情けない」


 まるで苦いものでも噛み潰したみたいに、愛理は終始渋い顔をしながら愚痴を零していた。


「ね、ねえ、愛理ちゃん、タケオくんってまさか――」


「ええ、お察しの通り。年上好きです。それも超がつくほどの」


「と、年上好き……! 超がつくほどの!」


 なんてことだ、と瑠依は頭を抱えた。

 また瑠依にとって不利な条件が増えたからだ。


「つ、つまりタケオくんは年齢が上のヒトが好きなんだよね!?」


「つまりが全然つまってませんが、つまりはそういうことです」


 ガーン、と本日最大級の衝撃が瑠依を襲う。

 せっかく決心した矢先にこれである。


 どんなに頑張っても、同級生である瑠依や、そして年下である愛理はタケオの恋愛対象からは外れてしまっている……ということだからだ。


「あ、愛理ちゃん」


「瑠依さん……」


「い、今まで辛かったね」


「わかってくださいますか、私のこのやるせない気持ちを……!」


 ヒッシっと、瑠依と愛理は抱き合った。

 そしてお互いの頭をナデナデして慰めあった。


 そんな二人にも気づかず、タケオは赤ん坊――アリスの息子である織人を相手にしながら、調理を続けるアリスに猛アピールの真っ最中である。


「アリスさん、今度また俺に料理教えて下さい」


「いいですよ。タケオさんは料理の才能があります」


「いやあ、アリスさんの教え方が上手いんですよ」


 二人の会話を耳にして、ガーン、と瑠依は再び衝撃を受けた。


「タケオくんの料理は、アリスさんから教わったものだったの……!?」


 ワナワナと震える瑠依の手をを愛理が強く握りしめる。


「その気持ちよくわかります。恋のライバルとこちらが一方的に敵視しても相手は人妻。圧倒的包容力でこちらの嫉妬も憎悪も全てにこやかに受け止められてしまうのです。そんな相手から教わった料理を得意げに振る舞われたときのこちらの気持ち。お兄様の手作りで嬉しいやら悲しいやらでもう……!」


「わかる、わかるよ愛理ちゃん……! 私も今全くおんなじ気持ちだよ!」


 二人は涙を流しながら心の深い部分でお互いを理解し合った。

 瑠依と愛理の気持ちなど知りもしないタケオは「あの二人、あんなに仲良かったっけ?」などとのんきなことを思っていた。


 その日の夜、ディナーとして振る舞われたアリスの料理は、高タンパク質・低脂質、低カロリーと。まさに今の瑠依に必要な食事であり、味も最高に美味しかった。


 栄養管理士の資格も有しているという彼女を呼んだのはもちろんタケオであり、本格的なトレーニングを始めた瑠依への彼なりの配慮だった。


「織人、美味しいですか?」


「あー、だっ」


「そっかそっか。お前の母ちゃんの料理は最高だよな。いっぱい食べて早く大きくなれよ」


「…………」


「…………」


 ダイニングテーブルを囲んでみんなでの食事。

 主人とかメイドとかは関係なく、まるで家族の団らんのようなひととき。


 そして赤ちゃんは可愛い。

 我が子の食事の世話をするアリスはまさに慈母の表情だった。


 でも、アリスにデレデレのタケオの姿を見せつけられている瑠依はおもしろくない。それは愛理も同じで、まるで親子のように織人を挟んで談笑する三人を不満そうに見つめていた。


「どうしたおまえら。まさかアリスさんの料理が口に合わないなんてことはないだろうな。お前らは今日本一の料理を口にしてるんだからな。ちゃんと味わって食えよ、贅沢者め」


「……それはタケオくんの方だと思う」


「まったくもって瑠依さんの言う通り」


「ねー」とうなずき合う二人に、タケオは目を丸くして驚いた。


「お前らいつの間にそんなに親しくなった?」


「愛理ちゃんは共通の敵を持つ仲間なんだよ」


「瑠依さんは志を同じくする強敵()ですから」


 疑問符を浮かべるタケオに対して、アリスは「クス」っと笑みを零した。


「タケオくんのばーか」


「お兄様のあーほ」


「何だ急に!?」


 突然の罵倒にタケオはギョッとした。

 アリスは「まあまあ」とタケオをたしなめる。


「タケオさんってば、そういうところ、うちの夫に似てますね」


「え、それってアリスさんの好きなヒトと俺が同じってことですか!?」


「ええ、そうですね」


 ニコっと極上スマイル。

 タケオは顔を赤くして「よっしゃあ!」とガッツポーズした。

 そんなタケオに瑠依と愛理はげんなりとするのだった。

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