第111話 ライバルと嫉妬と初恋篇2③ 妹たちの嫉妬は洒落にならない?
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「というわけだから、今日から私があんた達の護衛をするから。まあマネージャーみたいなもんだと思ってちょうだい」
朝食の席にて、芽依さんがそう言った。
「ええッ!?」と瑠依は大きな声で驚き、アレスティアとエウローラは「ふーん」「いいですね」とごくごくフラットな感想を口にしていた。
「えっと、その前に護衛って何……?」
未だ驚きの表情のまま、瑠依がちらりと俺を見てくる。
ちなみになのだが、俺達が食事を摂るダイニングテーブルは八人がけのもので、キッチン側、リビング側と縦長になっている。
俺はリビング側に一人で座り、俺から見て右側にまずエウローラ、その隣にアレスティア、さらに隣に瑠依が座っている。
俺から見て左側には芽依さん、その隣にはアリスさんが座っていた。アリスさんも俺たちと同じ朝食を食べている。今までは「私はメイドですから」と遠慮して一緒に食べてくれなかったのだが、芽依さんが「そんな固くなることないでしょ」と言い、これはチャンスだと判断した俺も「ぜひ一緒に食べましょう」とお願いして今に至る。これからもずっと一緒に食べてくれないかなあ……。
「ああ、まあそんなおっかない話じゃないのよ。ただあんた達もマクマティカーズとして活動していくと、変なファンが寄ってくることもあるでしょう? そういうの、私なら簡単にあしらえるからってね」
忘れがちではあるのだが、マクマティカーズには現在三つの勢力が絡んでいる。
まずはカーネーショングループ。そして十王寺商店会。さらに総務省第七特殊地域担当課と。
その総務省第七特殊地域担当の統括事務次官、秋月楓さんが政府からも協力は惜しまないと言っていたのだ。
今回その協力が芽依さんによる護衛――マネージャーという形で叶えられたと見るべきだろう。
芽依さんは極秘ではあるが異世界難民であり、そして本来の彼女は魔族種鬼戒族のお姫様。鬼戒族とは生まれながらにして鬼のような角を身体に宿して生まれる種族であり、身体とともに成長する角を元服の際に切り落とし、加工することで、自分だけの唯一無の剣を持つ種族だという。
総じて暇さえあれば日がな一日中剣を振るっている種族であり、鬼戒族の里は決して裕福ではないが、その戦闘力は比類なきもので、他種族や商人の用心棒として雇われることもあるという。
今回の芽依さんも、地球に瑠依の両親を護衛し、それを全うしたことでかなりまとまった報酬を得ることができたそうだ。
「私としてはしばらくバイトはいいかなーって思ってたんだけど、秋月さんにどうしてもって頼まれちゃってね。ま、あんた達のことは気になってたし、心配だったから引き受けることにしたの」
芽依さんは実に朗らかなものだった。
どうやらアレスティアとエウローラは以前から芽依さんとは知り合いらしく、「うん、いいんじゃない」「芽依さんなら安心ですね」と言っていた。
「瑠依は何か不満がある?」
「え、いえ、そういうのじゃなくて」
一人咥え箸をしていた瑠依は芽依さんに突っ込まれ、慌てて居住まいを正す。というか咥え箸はやめなさい。行儀悪いから。
「私たちって護衛が必要なほど有名になってたんだなあって、改めて自覚したというか……」
「そうね。本当は護衛なんて無いのが一番だけど、相手はこっちの都合なんてお構い無しで来るしね」
芽依さんの言うとおりだ。本気で襲ってくる連中はこっちの都合なんて考えてはくれない。備えあれば憂いなしって本当なのだ。
「じゃあそんな瑠依にプレゼント」
「え?」
そう言って芽依さんは細長い小さな筒がついたペンダントを瑠依に渡した。
「これからはそれをずっと身につけておきなさい」
「わあ、なんか綺麗。ありがとうございます。いいのかな私だけこんな……」
瑠依はウキウキしていたが、瑠依以外の全員がそれがなんであるのか一瞬で理解したので特にいいものだとは思わなかった。
「あのな瑠依、それペンダントじゃないからな」
「え、そうなのタケオくん?」
「犬笛、ですよね」
アリスさんがそのものズバリ正解を言ってしまう。
「い、犬笛〜!?」
瑠依は仰天しながら、手元の銀色の筒――犬笛をまじまじと見た。
実に小さいコンパクトタイプのもののようだ。瑠依は試しに口をつけて吹いてみる。
「ふしゅーって音がするだけね」
「芽依さん、これ聞こえてるんですか?」
「もうバッチリよ」
アレスティアとエウローラに聞かれた芽依さんはビッと親指を立てた。
普通、人間が聞ける可聴域は2万ヘルツまで。
犬笛は2,2万ヘルツまで出せるのでヒトの耳には聞きづらいが、犬……芽依さんには聞き取れる音が出せると。
「で、でもなんで犬笛?」
「アレスティアとエウローラは最悪自分の身は自分で守れるけど、一番心配なのはあんただからね。ピンチになったらそれを吹きなさい。どんなに小さく吹いても、一度覚えた音なら私は聞き逃さないから」
そしたら暴漢なんて一発よ、と芽依さんは拳を握った。
うーん、実に頼もしい。でも――
「暴漢に襲われたなら普通のホイッスルとか防犯ブザーとかでよくないですか?」
襲われたときに大事なのが、「助けてくださーい!」と、自分が危険に晒されていると周りに知らせることだ。
犬笛では芽依さんにしか伝わらず、返って瑠依がピンチにならないだろうか――と俺が聞くと、「あ」という声が芽依さんから漏れた。
「ま、まあ、そういう場合もある、かもね……」
じーっと、アレスティアとエウローラ、瑠依の視線が突き刺さる。
芽依さんは「おほん」と咳払いをすると、ビシっと俺に指を突きつけてきた。
「ふふん、よくぞ気づいたわねタケオくん。私はキミを試したのよ。この盲点に気づくかどうかをね。さすがキールと瑠依ちゃんを巡って戦った男だわ」
素直にごめんなさい、間違えました、と言えない大人って恥ずかしい。
俺は生暖かい目で芽依さんを見る。彼女は「ふん」と唇を尖らせた。
「なにさ、今朝は私のおっぱいをマジマジと見てたくせに、生意気よ」
ちょ、あんたそれは――!?
「タケオ」
「兄さん」
「タケオくん」
ガタン、ガダガダっとアレスティア、エウローラ、瑠依が一斉に立ち上がっていた。
「おっぱいっておっぱいのこと?」
「芽依さんのこの推定Gカップバストを見たんですか?」
「しかも生で? 裸で? 芽依さんは人妻だよ? 犯罪だよ?」
「ち、違う、事故だ事故! 何も俺は見たくて見たわけじゃ――」
「まあ、そうよね事故よね。私もキミのオチンチン見ちゃったし、お相子よね」
ヒッ――と俺は悲鳴を飲み込んだ。
アレスティアの身体には、全長数メートルにまで巨大化した精霊獣のルルがまとわりつき、エウローラの頭上では翼を大きく広げたピピ――こちらも大鷲くらいのサイズが顕現していたからだ。
「タケオくんのエッチ!」
瑠依がそう叫ぶと、三人は「ごちそうさま」と出ていく。
言い訳も弁解もさせてくれないようだ。
この日一日、俺は妹たちから完全無視を決め込まれた。
とほほ……。




